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25年前、声の温度を下げて隣に並んだ"涼しい応援歌" 明日のために今夜を生き延びるための一曲

  • 2026.7.1

再生してすぐに、甘くかすれた声が立ち上がる。聴く側が曲の輪郭を掴むより先に、歌い手の体温だけが部屋に流れ込む。そんな景色と温度をもったバラードを紹介したい。

Fayray『Baby if,』(作詞・作曲:Fayray)ーー2001年6月6日発売

日本テレビ系のドラマ『明日があるさ』の挿入歌として書き下ろされた一曲。画面の合間に差し込まれた数十秒の手触りを覚えている、という視聴者は少なくないはずだ。

デジタルポップから自分で書く側へ

Fayrayのキャリアにおいて、本作の位置はわかりやすい。1998年7月、彼女は浅倉大介の作曲・プロデュースによる『太陽のグラヴィティー』でデビュー。打ち込みの粒立ちと細い高音を組み合わせるデジタルポップ。歌い手の役回りは、与えられた楽曲に色をつけて声を乗せていく側にあった。

その後、彼女は作詞・作曲、さらにはプロデュースまでを自身で担うシンガーソングライターへと舵を切っていく。誰かが用意したメロディを上品にまとう仕事は、ここではもう過去の景色だ。

編曲には、佐橋佳幸を迎えている。小田和正『ラブ・ストーリーは突然に』や藤井フミヤ『TRUE LOVE』のアレンジ、山下達郎・竹内まりやのバンドメンバーといった仕事で知られる、生楽器の呼吸を編曲に持ち込む名手だ。

打ち込みの硬質さで楽曲を組み上げていたデビュー期から、ジャジーな手触りの大人びたAORへ。本作はその新しい音像の入り口にあたる一枚なのだ。彼女自身がメロディと言葉を担い、佐橋がその輪郭をアコースティックな音像で受け止める。役割分担としても、新しい関係が始まったあとの一作にあたる。

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Fayray-2001年7月撮影(C)SANKEI

迷う相手の背中に、胸を張ってと差し出す

曲の冒頭「全て失って 明日が見えなくて」と切ないフレーズが紡がれる。語りかける先は、足元を見失った誰か。そして、報われない時間そのものに寄り添う構造で全編が組まれていく。別れの予感に揺れる女性の歌ではなく、立ち止まる相手のかたわらに、声の高さを変えず低い視線で居続ける側の歌だ。

声を張って前向きに引き上げる定番の励ましとは違う経路を取り、励まされる側の体力に合わせて、歌い手のほうから歩幅を合わせてくる。ドラマで、失敗を笑いに変えながら明日を踏ん張る登場人物のかたわらに、この曲が挿入歌として置かれていたのも、こうして聴き直すと自然な配置として腑に落ちる。

元気を出せと拳をあげるのではなく、明日のために今夜を生き延びる曲。応援歌というラベルの中でも、ずいぶん奥行きの深い区画に置かれた一曲なのだ。

クールな佇まいの奥にある柔らかい声

そして、それを歌う声と佇まいの組み合わせが、本作を独自の名曲にしている。Fayrayはモデル的に涼しい目元と、声を張ってはしゃがない雰囲気を持つ歌い手だ。そのイメージのまま再生に入った耳が、冒頭の数秒で甘くかすれた声と出会う逆転がまず効く。

声質は子音から立ち上げてやわらかく落ち、語尾は息で押し切らない。Aメロでは言葉ごとに小さく息を残し、サビでも力まずに張る。誰かに書かれた音に色をつけていく歌い方ではなく、自分が書いたフレーズを納得して置いていく配分で、デビュー期の歌い方と比べると一音ごとの間の取り方が明らかに違っている。

編曲側もこの抑制の歌に温度を合わせている。鍵盤とアコースティックギターが押しの強くないリズムで揺れ続け、弦のロングトーンが煽らない厚みでふくらむ。励ましの歌に、励ましの温度の伴奏が用意されている。

当たり前のようでなかなか揃わない一致が、ここでは静かに成立しているのだ。米国育ちの来歴を持つ歌い手が、英語のフレーズを日本語の余韻に違和感なく滑り込ませる芸も、この均衡の上でこそ活きてくる。日本語と英語の継ぎ目で、言葉のテンションが揺れない。耳に入ってきた英語が、外国語の見せ場ではなく、もう一つの素顔のように響く設計だ。

その日のうちに何かが解決するわけではない。ただ、自分よりすこし涼しい顔をした誰かが、声の温度だけ下げて隣に並んでくれているように映る。明日のことは明日にして、まずはここで休んでいい。そう小声で言われたような心持ちで、もう一度ボタンを押し直したくなる。

一曲が音と詞でそういう設計を持っている時点で、十分に名曲と呼んでいい一枚なのだ。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。

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