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60年間”学術上”存在しなかった埼玉の「県の魚」、ついに認められる

  • 2026.5.29
60年越しに新種として記載された「ムサシトミヨ」 / Credit:Totti,Wikipedia Commons, CC BY-SA 4.0

埼玉県の「県の魚」に指定され、地元では長年親しまれてきた小さな淡水魚「ムサシトミヨ」。

ところが国際的な分類学の世界では、この魚は長らく“存在しない魚”でした。

図鑑にも載り、保護活動まで行われていたにもかかわらず、正式な種として記載されていなかったのです。

そんな奇妙な状態が、ついに終わりを迎えました。

鹿児島大学総合研究博物館の研究チームは、ムサシトミヨを新種 Pungitius nakamurai(プンギティウス・ナカムラアイ)として正式に記載しました。

研究成果は2026年4月29日付で、学術誌『Ichthyological Research』に掲載されています。

目次

  • 県の魚なのに、なぜ“正式な種”ではなかった「ムサシトミヨ」
  • 60年越しの「新種記載」が持つ意味

県の魚なのに、なぜ“正式な種”ではなかった「ムサシトミヨ」

ムサシトミヨは、トゲウオ科トミヨ属に属する体長3.5〜6センチメートルの淡水魚です。

水温10〜18度ほどの冷たくきれいな湧き水があり、水草が茂る細い川に生息しています。

背ビレ、腹ビレ、尻ビレにはトゲがあり、敵から身を守るときに役立つと考えられています。

そして寿命は約1年と短く、「オスが巣を作って子育てをする」珍しい魚としても知られています。

この魚は、埼玉県では特別な存在です。

1991年には埼玉県の「県の魚」に、2011年には「熊谷市の魚」に指定されました。

また現在、野生での生息地は熊谷市にある元荒川の上流部に限られており、環境省や埼玉県のレッドリストでは絶滅危惧IA類に分類されています。

つまりムサシトミヨは、地域では昔から「守るべき貴重な魚」として扱われてきたのです。

しかし、分類学の世界では事情が違いました。

ムサシトミヨは1960年代初めには、関東地方に生息する未記載のトミヨ属魚類として報告されていました。

にもかかわらず、正式な新種記載は行われないまま、60年以上が過ぎていたのです。

生物学では、ある生き物が「新種らしい」と知られているだけでは正式な種にはなりません。

標本をもとに形や骨格を詳しく調べ、他の種とどう違うのかを示し、基準となる標本を定め、論文として公表する必要があります。

今回の研究では、国立科学博物館、東京大学総合研究博物館、鹿児島大学総合研究博物館などに収蔵された標本に加え、さいたま水族館から提供された生きた個体も調査されました。

その結果、ムサシトミヨは近縁種と似ている部分を持ちながらも、ヒレの数、鱗板、椎骨、骨格構造、体色、繁殖期のオスの色などの組み合わせによって、他のトミヨ属魚類と区別できることが示されました。

では、なぜこの魚はこれほど長く正式記載されず、今回ようやく新種として認められたのでしょうか。

より詳細な結果と、その意義を次項で見ていきます。

60年越しの「新種記載」が持つ意味

ムサシトミヨが長らく正式記載されなかった大きな理由は、トミヨ属そのものの分類が非常に難しかったことにあります。

トミヨ属の魚たちは、地域ごとの違いが大きく、近縁種同士で形が似ているうえ、種間や集団間で交雑が起きやすいとされています。

そのため、「これは別種なのか」「地域差なのか」「近縁種との中間的な集団なのか」を判断することが難しく、分類体系そのものが長く混乱していました。

ムサシトミヨも、形態的には Pungitius sinensis に似た魚とされてきました。

しかし今回の論文では、単に見た目の印象ではなく、複数の形態的特徴を組み合わせて比較しています。

たとえば、ヒレを支える細いすじの数、尾の近くにある硬い板のような部分、背骨の数、トゲの傾き、骨格の形などが詳しく調べられました。

魚の分類では、このような細かな特徴の組み合わせが、別の種かどうかを判断する重要な手がかりになります。

そのうえで、ムサシトミヨは他のトミヨ属魚類から区別できる特徴の組み合わせを持つことが示され、新種 Pungitius nakamurai として記載されたのです。

特に興味深いのは、繁殖期のオスの色の変化です。

論文によると、成魚のオスでは腹ビレのトゲの膜が白くなり、求愛行動時には青く変化します。

尻ビレのトゲの膜も白っぽく、白い斑があり、求愛時には青くなるとされています。

このような生きているときの色彩は、固定標本だけでは十分に残りません。

そのため、さいたま水族館から生きた個体の提供を受けたことは、ムサシトミヨの特徴を記録するうえで重要でした。

今回の成果は、地元の人々が長く知り、守ってきた魚が、分類学の手続きを経て、世界の研究者が共通して使える学名を得たというものです。

こうして学術的な種として記載されることには、大きな意味があります。

学名は、研究者が世界中で同じ生き物について話すための共通語です。

これにより、ムサシトミヨは国際的にも独立した種として扱われやすくなり、今後の研究や保全政策の土台がより明確になることが期待されます。

とくにムサシトミヨは、現在では埼玉県熊谷市のごく限られた場所にしか野生生息地が残っていません。

冷たい湧き水や水草のある環境が保たれなければ、生息を続けることは難しくなると考えられます。

今回の新種記載は単なる分類学上の整理ではなく、「この魚をどう守るか」を考えるうえでも重要な一歩だったのです。

参考文献

学術上“存在しない魚”だった希少淡水魚ムサシトミヨ 60年を経て、ついに「新種」として記載される
https://www.atpress.ne.jp/news/598895

元論文

A new species of ninespine stickleback, Pungitius nakamurai (Gasterosteiformes, Gasterosteidae), endemic to Honshu Island, Japan
https://doi.org/10.1007/s10228-026-01062-1

ライター

矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。

編集者

ナゾロジー 編集部

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