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このスタミナと香ばしさは実は「切ない憧れ」だった…!北海道グルメ「豚丼」のヒミツ

  • 2026.5.27

皆さんが抱えている「なぜ?」「どうして?」を調査する、HBC「もんすけ調査隊」。
北海道内には、おいしいものがいっぱい!
十勝の人気メニューの秘密に迫ります。

北海道を代表する名物の豚丼は、いつどこで誕生したのでしょうか?豚丼誕生の陰には、開拓民を思う熱い気持ちと、当時の庶民には手の届かなかった、あの高級料理の存在がありました。

帯広市民のソウルフード

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したたる脂、炭火で焼く香ばしい煙…
北海道を代表する「豚丼」。

誕生から、およそ1世紀。
道民に愛され、今や北海道グルメの頂点に君臨する郷土料理です。

しかし、その影に「あの高級食材」への熱い憧れがあったことは、意外に知られていません。

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帯広市内を調査すると、専門店はもちろん、居酒屋、バー、天ぷら店でも豚丼が幅を利かせています。

帯広市に本店を構える人気豚丼店「いっぴん」。
国産の厳選豚にこだわり、タレを2度くぐらせて焼く調理法が、食欲を刺激します。

東京からの観光客は「帯広に来たら豚丼かなと。東京には豚丼店があまりないので」と話します。
また、地元の常連客は「2~3週間に1回は来ている。たまに疲れたときに体力がつく」とその魅力を語ってくれました。

いっぴんを運営するソラチ飲食事業部の千葉伸一課長は「帯広市民には幼少期から食べているごはんのメニュー、ひと言で言うとソウルフード」と表現します。

勝負メシで全国区へ!

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帯広市民の生活に深く溶け込んだこの「ローカルフード」が、なぜ全国区になったのでしょうか?

そこには、将棋界の「勝負メシ」が深く関わっていました。

帯広市地域おこし協力隊の吉田萌葵さんは、「2010年の第21期竜王戦で、渡辺竜王(当時)が対局前日から当日にかけて豚丼を選んだ」と教えてくれました。

豚丼は、居飛車穴熊(いびしゃあなぐま)が代名詞の渡辺九段が「勝負メシ」に選んだことで全国にも知られるようになりました。

世代を越えて受け継がれる食文化として、文化庁は「100年フード」に認定。

そのルーツをたどると、さらなる驚きの真実が待っていました。

豚とひとつ鍋の精神

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帯広百年記念館 1883年

帯広百年記念館の大和田努学芸員は、明治のころ十勝地方を開拓した依田勉三率いる晩成社の3幹部の写真を見せながら、「1885年(明治18年)ごろから豚を飼い始めたという記録がある」と説明します。

彼らが、豚を持ち込んだことが養豚の始まりです。

当時、牛は牛乳、馬は農作業の動力で、貴重なタンパク源として食べられたのが豚でした。

大和田学芸員は「依田勉三が『開墾の初めは豚とひとつ鍋』という句を残している。『豚と同じようなものを食べながら、私たちもがんばる』というエピソードとして伝わっている」と話します。

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帯広百年記念館 1963年

豚肉は、過酷な開拓を支える貴重なスタミナ源だったのです。

では、いつ「豚丼」へと進化したのでしょうか?

調査は、ついに「始まりの一軒」にたどり着きました。

大和田学芸員によると「豚丼は今も続く『ぱんちょう』が発明したと語り継がれている」といいます。

ウナギへの切ない憧れ

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1933年創業。帯広駅前に店を構える「ぱんちょう」が、豚丼発祥の店です。

しかし、取材には厳しい店としても知られています。

今回は顔を写さない条件で、特別に取材許可がおりました。
ついに、草分けの豚丼と対面です。

90年以上守り抜かれた秘伝のタレが黄金色に輝く、これが元祖豚丼です。

元祖豚丼の「ぱんちょう」山田美鶴店主は「戦争前、祖父がみんなに元気がつくものを作れないかと考えて、十勝に多くいる豚を使おうと考えた」と明かします。

創業者の阿部秀司氏は、過酷な気候の中で働く開拓者たちに活力をつけて欲しいと願っていたといいます。

精がつく、スタミナのつく食べ物はないか?
…そのヒントになったのが、ウナギでした。

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「スタミナがつくといえばウナギ。試行錯誤のうえ、できあがったのが豚丼で、完成までには10年かかったのではないかと」

なんと、豚丼は「ウナギへの切ない憧れ」が生んだ、知恵と想いの結晶だったのです。

庶民には手が出ないウナギの代わりに、身近だった豚肉をウナギのタレで焼き、誰もが手軽に食べられるスタミナ料理を生み出しました。

さらに、全国へと広がった理由には、初代の驚くべき決断がありました。

「ご自由に」の博愛精神

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山田店主によると「祖父は特許を勧められましたが、取らなかった。『どうぞご自由に自分なりの豚丼を作ってください』という感じだったので、それで広がって独自の豚丼が広がっている」とのこと。

熱い情熱から生まれた十勝の豚丼。
そこには、無欲な精神と人々を思う優しさが込められていました。

それにしても、豚丼の『炭火で焼く』スタイルや『甘辛いタレ』がウナギ料理にインスパイアされたものとは意外でした。

そして、元祖『ぱんちょう』のメニューにはもう一つの物語が隠されています。

メニューのグレードは、松・竹・梅・華の4段階。
豚肉の枚数の違いですが、『梅』が『松』よりも上のグレードになっています。

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これは、戦争中に店を守って7人の子どもを育て上げた創業者の妻・ウメさんへの感謝の思いが込められているんだそうです。

メニューの歴史や背景を知るとおいしさもひとしおです。先人たちの知恵と工夫に思いをはせながら絶品のグルメを楽しんでくださいね。

文:HBC報道部もんすけ調査隊
編集:Sitakke編集部あい

※掲載の内容は「今日ドキッ!」放送時(2026年4月26日)の情報に基づきます。

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