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32年前、古畑任三郎に激しく翻弄された“伝説の部下刑事”。ベルリン受賞作に抜擢された「名俳優」とは

  • 2026.7.3
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2024年7月、東京サンシャインボーイズの新作舞台製作発表に出席した西村まさ彦(C)SANKEI

主役の隣で、一段下の温度で芝居をする俳優がいる。声を張らず、画面の真ん中も取らず、それでもその人がいないと場面が締まらない。西村まさ彦という俳優は、そういう位置にずっと立ち続けてきた。

立ち位置を一言で言うなら、板挟みの真ん中。上司と部下のあいだ、主役と現場のあいだ、先代と次代のあいだ。誰かと誰かのあいだに挟まれる役を任せると、この人の芝居は他の俳優では届かない厚みで立ち上がる。中間管理職を背負わせたら右に出る者がいない、というのが西村まさ彦の現在地である。

完璧主義の上司に十二年仕えた部下

中心線はやはり、1994年から始まったフジテレビ系『古畑任三郎』シリーズだ。役は田村正和演じる古畑警部補に振り回される部下刑事・今泉慎太郎。曲者の上司に翻弄され、観客と現場のあいだで右往左往する刑事だった。

シリーズは2006年まで続いた。足かけ十年以上にわたって同じ部下を背負った経験は、この俳優の体に一つの呼吸を植えつけている。上を立て、現場の混乱を引き受け、それでも自分の仕事は淡々と運ぶ。台詞の量ではなく、視線の置き方や肩の落とし方で、部下という立場の重さをにじませる芝居だ。

主役の隣に立つだけの部下は、ともすれば舞台装置になる。西村はそれを生身の身体で動かしてみせた。三谷幸喜が長期にわたってこの役を西村に預け続けた事実そのものが、この立ち位置の説得力を物語っている。

副の肩書きで揺れの芝居を立ち上げる

1995年、同じくフジテレビ系『王様のレストラン』で水原範朝役を任される。ベル・エキップというレストランの副支配人。松本幸四郎演じる伝説のギャルソンと、若いシェフたちのあいだに立ち、厨房の意地とオーナーの方針のあいだで揺れる男だった。

副という肩書きは、それだけで芝居が難しい。優秀すぎてもいけないし、無能でもいけない。プライドを持ちながら立場は常に揺れていなければならない。西村はその揺れを声の高さと姿勢の傾きで滑らかに見せた。注文の伝達ひとつでも、相手によって声色をわずかに変える。中間の立場の人間が日々こなしている細かい呼吸が、画面にそのまま出ていた。

ここで西村は、板挟みになる人の役を任せたら誰よりも巧い、という評価を決定づける。表彰台に立つ役ではなく、表彰台の脇で誰かを支えている役の機微。それを画面に立ち上げる技術が、この時期に固まった。

戦国の家中にも中間管理職はいる

時代劇でも、西村の手は中間に伸びる。2020年のNHK大河ドラマ『麒麟がくる』で任されたのは、明智城主・明智光安。長谷川博己演じる主人公・明智光秀の叔父であり、家中の年長者である。

光安は斎藤道三の死後、家督を甥の光秀に譲って自害する役どころだ。家を守らねばならない立場と、次世代に道を譲るべきだという覚悟。年長の家臣たちの顔と、若い光秀の理想。家中の中間に立たされる人物を、西村は大河の重い枠で引き受けた。

時代劇の中間管理職は、現代劇のそれよりずっと体に負荷がかかる。鎧と裃を着て、低く据えた声で家のことを語らねばならない。それでも西村の光安は、家を継ぐということの重みを、過剰に説明することなく身体で示していた。

組織がある場所であれば、時代を問わずこの俳優に呼ばれる役は必ず生まれる。中間管理職の系譜は、戦国の世にも確かにあった。

場を支配する側にも板挟みはある

そして2026年公開の映画『チルド』で、西村はこれまでとは違う側に立つ。岩崎裕介監督、染谷将太主演。第76回ベルリン国際映画祭フォーラム部門に出品され、国際映画批評家連盟賞を受けた話題作だ。

西村の役どころはコンビニのオーナー。店の秩序を厳しく取り仕切る側の人物である。上と現場のあいだで挟まれてきた俳優が、画面の中で場を支配する側に立つ。位置取りとしては、これまでの仕事のちょうど反転にあたる。

それでも、この俳優の芝居の核は変わらないはずだ。支配する側の人間にも、その人なりの板挟みがある。本部の方針と店の現実、利益と店員の感情、客の都合と自分の信念。位置を変えても、組織のなかで誰かが誰かと折り合いをつけている呼吸を、西村は読み取ってしまう。

部下から、副支配人から、城主の補佐から、店を取り仕切るオーナーへ。立ち位置は変わっても、組織のなかで一人の人間がどんな細かい呼吸をしているのかを観客にわかる形で立ち上げる作業はずっと同じだ。西村まさ彦の芝居の重心は、いつも誰かと誰かのあいだに置かれている。


※記事は執筆時点の情報です

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