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35年前、騒がしい初夏の片隅で放たれたシティポップの系譜 いまゆっくりと掘り起こされる名バラード

  • 2026.7.3
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※ChatGPTにて作成(イメージ)

シティポップという呼び名のもとで、80年代から90年代頭のおしゃれな曲たちが、いまゆっくりと掘り起こされている。日本盤の中古に国境を越えた値段がつくことも珍しくなくなった。聴かれ直したアーティストの隣で、まだ十分に光が届いていない一枚がある。

障子久美『あの頃のように』(作詞・作曲:障子久美)ーー1991年5月9日発売

聴き直してみるとすぐに分かる。同じ時期に大量に並んでいた派手な曲群とは、別の温度を持った歌だ。低めの中音域を、跳ねずに、息を含ませて床へ置いていく歌い方。書いた本人がいちばん前で歌うときにしか出ない、感情の出どころから喉までの距離の短さがある。

押し殺した声をサビでひと息だけほどく呼吸

歌の組み立てが、過剰でない。Aメロは、息を多めに含ませた語りに近い置き方で始まる。低めの音域を、跳ね上げずに、すっと床へ置いていくように映る。Bメロでひとつ階段を上がる。サビで、初めて胸の高さまで声がひらく。張り上げるのではない。押さえていた息を、ひと息だけほどく。その一段の開き方が、聴き手の体温と同じ歩幅で上がっていくから、こちらの呼吸まで連れていかれる。

母音が濁らずに伸びていくように聴こえる。語尾は次の小節へ細く残って、息のように消えていく。サビの高い音へ届く瞬間、ほんのわずかな揺らぎが、こちらにも届いてくる。完璧に整っているわけではない。完璧でないからこそ、つくりものの強さで押してこないと感じる。

過剰なテクニックで耳を奪う設計ではなく、声がいちばんよく鳴る空間を、伴奏が一歩ずつ退いて空けているように聴こえるのが、聴き終わってから分かる。書いた本人が歌うとき、声の前にわざわざ音を立てる必要がないことを、この録音は静かに証明している。

家を建てる物語の幕切れに戻りたい場所

書き手の出自を、少しだけ。障子久美は、OL勤めをしながら音楽活動をし、ヤマハポピュラーソングコンテストの滋賀大会で最優秀をとり上京。上京後もOLとして働きながら、松任谷正隆が主宰する音楽工房「マイカ・ミュージック・ラボラトリー」で腕を磨いていった。詞を書き、曲を書き、編曲の作法を仕込まれ、1990年にCDデビューしている。系譜でたどれば、荒井由実から松任谷家を経て育っていったシティポップの系譜に、この人は座っている。

時代の音は騒がしかった。シングルが出た1991年5月は、なお派手なダンスビートやバンドの轟音がチャートを覆っていた頃で、街にもテレビのCMにも、勢いのある電子音が氾濫していた。人々の耳はまだ景気のいい音に慣れていた。

その騒々しさのなかに、これほど音数を絞った1曲が、毎週のテレビの中にひそやかに置かれていた。TBS系ドラマ『それでも家を買いました』。三上博史と田中美佐子が、社宅暮らしの若い夫婦を演じた連続ドラマだ。

地価高騰のさなか、無理を承知でマイホームに踏み込む過程を描いていた。背伸びをして手にしようとするその過程で、ふたりが当たり前に持っていたはずの夕方の時間や、笑い声の軽さを、少しずつ削っていく。家とは何を引き換えに手に入れるものなのか、という問いを画面の隅にずっと置いたままの連続ドラマだった。

その毎週の幕切れに、この声が流れる。歌そのものは、家の話ではない。離れてしまったふたりが、もう一度やり直そうとする恋の歌だ。『あの頃のように』が、徐々にドラマの主題と響き合う。手に入れる過程で失っていく時間。背伸びと引き換えに遠ざかる軽やかさ。番組の幕引きにこの言葉が降りてくる瞬間、歌そのものは恋の歌のままでも、聴かれた場所の力で、もう一段広い意味を背負う1曲になっていった。

あの頃のようにと名指された先

歌詞の主語は、終始ふたりだ。あの頃のように無邪気に笑いたい、もう迷わない、あなた以上に愛せる人はどこにもいない。歌は、別れに足をかけた者の戻り道を、ひとつずつ歩いて描いている。離れた距離を、もう一度埋め直す。傷を抱えたまま、無邪気に笑えたところまで戻る。「背伸びの結末」を歌うのではなく、「背伸びを経たうえで戻りたい場所」を、はっきり名指している歌なのだ。

家を建てる夫婦のドラマの上でこの言葉が流れたとき、戻りたい場所の名が、画面のなかの家族にも、画面の前の聴き手にも、それぞれの像で結ばれてしまった。家を建てた人もいる。建てない選択をした人もいる。どちらの耳にも、この中音域は同じ重さで届く。

書いた人が自分の体温で、自分の喉でひと粒ずつ並べたから、年月でほどけない芯がある。この声に出会った世代の胸の奥に、いまも、低い熱で点っている。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。

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