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かつて、一人芸で爆笑をとっていた“怪しい中年男”。数々の賞を獲得してきた「孤高の怪優」とは

  • 2026.7.3
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WAHAHA本舗在籍時の吹越満(C)SANKEI

吹越満の役には、いつも特定の温度がある。物語の本流から半歩だけ外れた場所に立ち、声と視線の置き方を少しだけずらして、画面の手触りそのものを変えてしまう。一癖ある人物、奇妙な訪問者、社会の枠から少し外れた存在。そうした役どころが、この俳優のもとへ繰り返し流れてくる。

奇人や変人を引き受け続けてきた俳優というと、芸の幅が狭く聞こえるかもしれない。だが吹越の場合は逆だ。半歩のずれを身体で正確に出せる俳優が少ないから、ずらしたい現場の側が彼を呼ぶ。脇に置かれて、脇のままで作品の質感を変えてしまう。そういう稀な強度のある俳優だ。

笑いの現場で目盛りを学んだ俳優

吹越満のキャリアは、舞台のコメディから始まっている。WAHAHA本舗の創立メンバーとして名を連ね、ソロ芸『ロボコップ演芸』で知られた一人だ。WAHAHA本舗を退団して以後は、俳優として個性派の立ち位置を映像の側にも固めていく。

笑いの現場で身につけた身体の使い方を、お笑い的な誇張のまま持ち込まなかったところに、この人の知性がある。舞台で開いた引き出しを、映像の現場ではもっと細かい目盛りに付け替え、俳優の精度として転用してきた。

声の高低、立ち位置、視線の宙づり、笑顔のタイミングの半拍ずれ。極端な顔芸でなくとも、画面のリズムが微妙に揺れる。お笑いの身体を持ち込んだ俳優というより、笑いの現場で目盛りを学んだ俳優、と読むほうが筋がいい。

嫌悪の奥に空白を滑り込ませる

映画の側に吹越の引き出しが届いたのが、1998年の『ラブ&ポップ』ヨシムラ役だ。庵野秀明の実写映画初監督作で、女子高生の援助交際相手として登場する中年男を演じている。

普通の俳優が演じれば嫌悪が先に立つ役どころだ。だが吹越の声と身振りは、嫌悪の奥にある奇妙な空白のような温度を画面に滑り込ませた。怖いだけでも、滑稽なだけでもない、どう受け止めればいいか分からない手触り。観客が一拍だけ判断を保留する、その一拍を作れる俳優は当時の現場にそう多くなかった。庵野が実写の初監督作でこの役にこの人を当てた事実が、その一拍の希少さを裏づける。

同じ年に日本テレビ系ドラマ『殴る女』で第19回ザテレビジョン ドラマアカデミー賞助演男優賞を受けている。脇の佇まいに賞が追いついた最初の節目だ。ここから先、奇妙さを必要とする現場に呼ばれる頻度がはっきり一段上がっていく。

外側から異物として入ってくる

2018年、沖田修一監督の映画『モリのいる場所』では、水島役を任された。山崎努が演じる老画家・熊谷守一の家に、突然訪ねてくる人物だ。

吹越の佇まいは、家の静かな日常に外側からの異物として入っていく。声の置きどころも、視線のどこを留めるかも、その家の住人とは半歩ずれている。だがそのずれは居心地の悪さで終わらない。画面に小さなさざ波を立て、住人と観客の呼吸を一度浅くしてから、また外へ出ていく。本作は第10回TAMA映画賞特別賞を受けた。アンサンブルとして讃えられた一本のなかで、吹越が担っていた触媒のような機能が、映画祭の側にも届いた格好になる。

庵野秀明、沖田修一。作家性の強い監督たちが、別々の現場から繰り返しこの俳優を呼んでいる。同じ外側からの異物を、わざわざ吹越の身体で出したい現場が途切れない。型としての変人ではなく、その都度の異物を作り直せる俳優として信頼が積まれてきた結果だろう。

臨床の湿りを切るための変わり者

2026年6月からNHK BSドラマ『勿忘草の咲く町で〜安曇野診療記〜』で、吹越は三島清一役を任される。夏川草介の小説を原作にした医療ドラマで、福本莉子が主演をつとめる。吹越の役は、信濃山病院・消化器内科の指導医という設定だ。

人物像は、少々変わり者。研修医の指導役という骨組みのなかに、また半歩ずれた温度を運ぶ俳優が置かれることになる。医療ドラマは放っておくと臨床のシリアスに全体が湿っていく。そこを湿らせきらないために、芯のあたりに変わり者を据えるという配役の判断は理にかなう。吹越の引き出しは、ここで最も効率よく光る位置に座る。

30年以上かけて磨いてきた、奇妙さを身体で立たせる精度。それが安曇野の臨床の風景でも、ほかの誰にも代替できない手触りとして観客の側に届くはずだ。奇人・変人の引き出しを開き続けてきた俳優が、いま、安曇野の指導医として画面の温度を一段だけずらしにいく。


※記事は執筆時点の情報です

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