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医学部受験、不合格、それでも青春してもいい。予備校で3人の男女が織りなす青春群像劇『飛距離の長い青春』【砂村かいり インタビュー】

  • 2026.5.25

※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2026年6月号からの転載です。

「サクラチル」という現実から始まる、ほろ苦い春がある。

「志望していた大学に現役合格できなかった。そんな挫折感を抱いて予備校生になったとしても、そこで豊かな人間関係を築くこともできるし、青春だってしていい。高校生でも大学生でも社会人でもない、浪人生という不安定で微妙な立場の人たちにささやかな光を当てる小説を書きたいと思いました」

『飛距離の長い青春』は医学部の受験に敗れ、予備校の医学部専門コースに通うことになった3人の男女が織りなす青春群像劇だ。

「以前に仕事の関係で医学部を目指す受験生たちと関わったことがあるのですが、そのときに『こんな世界もあるのか!』と驚きました。医師になるという目標は皆共通しているけれども、動機や背景は千差万別。血を見るのが苦手なのに親の医院を継がなければならない人もいれば、得意の文系科目を捨てて苦手な理系科目で勝負せざるをえない人、十年以上も医学部浪人を続けている人もいて、それぞれが現実に向き合っていた。予備校生という人生のエアポケットのような時期を生きる彼らのような人たちのことをいつか書かせてほしいと、心のどこかで思っていたのかもしれません。担当編集者の弟さんが医師だったので、現役医学部生やお医者さん、予備校にも取材させていただけて。自信満々で先輩たちと合格発表を見に行って胴上げされるつもりが不合格だった、という冒頭のエピソードは実際の体験談を使わせてもらいました」

人生を躓いた先で生まれる友情もある

〈浪人生。そんな不思議な生き物に、僕はなってしまった〉。胸の内でそう嘆きながらも、4月が始まれば感傷に浸っている暇はない。親の医院を継ぐために医学部を目指す千浩。医師になるという目標のため、努力を厭わず邁進するストイックな睦。裕福な家庭と恵まれた容姿を持ち、流れでなんとなく医学部受験の波に乗ってみた耕平。親の期待や重圧、一足先に大学生になった友人への羨望を飲み込み、予備校生になった3人は勉学の日々に身を投じる。

「3人のキャラクターは、さまざまな事情で医学部を受験をする人たちがいる現実を反映させています。歴史が大好きなのに、親の医院を継ぐという義務感から医学部を目指さざるをえない千浩は、実際にそういう方に出会った経験を投影しています。そんな千浩とは対照的に、睦は自分の意志でまっすぐ医学部を目指している努力家。『女の子なのに医学部を目指さなくても』と周囲から言われると反発をおぼえるタイプです。御三家と呼ばれる名門男子校出身の耕平は、ふたりとはまた違う立ち位置で、『周りが医者か弁護士を目指すから』という雰囲気に流されるパターンの象徴として描きました」

千浩はおにぎり、睦はみかん、耕平はサンドイッチ。視点が切り替わるたびに、各キャラクターを象徴するアイコンが明示され、交互にエピソードが進展していく。最初の頃は周囲と距離を取っていた3人だったが、予備校近くの道で倒れた女性に救命処置をしたことがきっかけで言葉を交わすように。自分の弱さをさらけ出し、時にぶつかり合い、労り合いながら生まれた友情は、3人それぞれの心の支えになっていく。

「18歳ですから、受験の失敗が人生初の大きな挫折という人も多いですよね。そこから心を立て直して、自分を律して、次の春に向けて勉強に邁進していくということは、大人にだって難しい。だから浪人が許される家庭事情だったり、親の圧力で逃げられない状況だったりしたとしても、浪人をすると決めた時点で、その人は強い。そんなリスペクトも込めて彼らの姿を書きました」

けれども、心をずっと強く保ち続けることは難しい。移りゆく季節に流されるように、3人のうちひとりは違う進路を選ぶ。次の春には踏みとどまったふたりの明暗も分かれ、得難い友情で繋がれた3人は、また別々の道を歩き出すが……。

「浪人生活の1年間だけを書いて終わらせるのではなく、医学部に合格できた後の大学生活のこともしっかり書きたいし、読んでほしいという気持ちがありました。一浪を経て無事に合格できた人が順風満帆に人生を歩めるかというと、必ずしもそうとは限らない。取材させていただいた現役医学部生の方が、『あんなに難関だった受験を乗り越えて医学部に入れたのに、まだまだこんなに勉強しなきゃいけないのかよ!って思いました』と語ってくださったのが印象的だったので、それもエピソードとして盛り込んでいます」

勉強は続く。だが、ようやくたどり着いた医学部のキャンパスには、青春もしっかりと待ち受けていた。恋愛、遊び、アルバイト、一人暮らし、すべてが初めてに彩られた新天地で、若者が自由を謳歌しないわけがない。甘酸っぱいときめきから怠惰で危うい性欲まで、恋愛描写のリアルさは『炭酸水と犬』『アパートたまゆら』の恋愛小説2作品でデビューした砂村かいりさんの本領発揮とも言えるパートだ。

「大学生って、人生で一番恋愛をしやすい条件が揃う時期だと思っていて。でも誰もが甘くて切ない恋愛ばかりするわけじゃない。不安定な中で欲望に走ることもあれば、惨めに揺れ動くこともある。そんなリアルな部分も描いています」

一緒に過ごした時間がその先の人生を支えてくれる

物語は中盤以降、それぞれに浮き沈みを繰り返しながらも、自らの居場所を見出そうともがく3人の姿が描かれる。予備校という狭く閉じた、けれども守られていた空間の外に出ることは、社会に根深く残る不平等や不条理に直面することでもある。

「医学部というテーマで描く以上は、睦のパートで数年前に発覚した医学部の不正入試問題についてもどこかで触れようと決めていました。性別を理由に女子受験者の得点を一律減点していた事実への怒りは、私の中で今もずっと燻っています。そこを無視したら、ただの綺麗事になってしまう。SNS上で女性を攻撃し、それを収益化するミソジニーが過熱している現状も同じです。どれだけいい加減でだらしなくても、超えてはいけない線がある。そのことが少しでも伝えられたら」

誰かに光があたれば、誰かに影が落ちる。その繰り返しの中でも千浩、睦、耕平の3人は、誠実に互いの居場所であり続けようとする。タイトルの「飛距離」という言葉には、そんな思いも込めた。

「最初は『飛距離の長い言葉』というイメージが自分の中にありました。誰かの中に長く残り続けて、その後の人生にも影響を与えていくような、飛距離の長い言葉。そんな言葉を与え合える関係性を描きたいと思っていたのですが、書き進めていく中でこれは言葉だけではなく、3人が過ごした青春の時間まるごとがその先も影響を及ぼしていく物語だなと思えたので、最終的にはこのタイトルに落ち着きました」

放り投げたボールが着地するまでの時間は、ゆっくりでもいい。最短距離でゴールした人には、見えない風景に出会えることもあるのだから。絶望していた18歳が、時を経て「現役合格しなくてよかった」と心から思える日が来たように。

「私が小説を書き始めたのも、人生ですごくつらかった時期でした。小説家を目指すなんて気持ちはまったくなくて、派遣社員として通勤するバスの中で、ただ息抜きを兼ねた趣味としてスマホのメモ帳に親指でひたすら文章を打ち込み続けていた。そのうち長い物語が完成し、気づけば商業作家になっているのだから、人生ってどうなるのか本当にわからないですよね」

取材・文:阿部花恵 写真:首藤幹夫

すなむら・かいり●2020年、第5回カクヨムWeb小説コンテスト恋愛部門〈特別賞〉を『炭酸水と犬』『アパートたまゆら』で2作同時受賞し、翌年デビュー。その他の著書に『苺飴には毒がある』『マリアージュ・ブラン』『コーヒーの囚人』『へびつかい座の見えない夜』などがある。

『飛距離の長い青春』

(砂村かいり/幻冬舎) 1870円(税込)

〈青春なんて、予備校生には最も必要ないもののひとつだろうけど〉。開業医の息子という責任感を重荷に感じる千浩。不器用なほどに真面目で努力家の睦。恵まれたスペックゆえに周りに流されやすい耕平。医学部受験専門の予備校で出会った3 人の挫折と成長の軌跡を描く。小ネタとして、『へびつかい座の見えない夜』と密かにリンクしている。

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