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いい映画には体臭がある。撮影監督・芦澤明子が語る、映画の美しさの見つけ方

  • 2026.5.22

映画の美が一番端的に表れるのが映像。ならばその映像を撮影する撮影監督は、どんなところに映画の美しさを見出すのか。これまでさまざまな監督の作品で撮影を手がけてきた名シネマトグラファーに聞いてみた。

photo: Shu Yamamoto / text: Ichico Enomoto / special thanks: Shoichi Kuroyanagi

映画『復讐は私にまかせて』撮影風景 シネマトグラファー・芦澤明子
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「映画の美しさとは何か。それは私にとっては“体臭”です」そう明快に話すのは、黒沢清監督作品をはじめ、数多くの作品でカメラを回してきた芦澤明子さん。でも、体臭ってどういうことですか?

「一人一人の人間に体臭があるように、体臭が宿っている映画には人を惹きつける力がある。それが美しさにつながると思うんです」

たしかに、スクリーンから滲(にじ)み出るような、匂い立つような何かを感じるのは、そこに美しさを見ているということかもしれない。芦澤さんが撮影に入る時はまず脚本を読み、監督と話し合いながら、この映画をどういう「ルック」にするのか決めていくという。

「今はデジタルで撮ることが多いですが、この映画は16mm(フィルム)なのか35mm(同)なのか、淡い色なのかはっきりした色がいいのか。まずこの映画には何がふさわしいのかということを考えます。絵描きも油絵もあれば水彩画や水墨画もあるでしょう。パレットで色を混ぜるように、どんな映像にするかという画調を作っていくのが楽しいですね」

デジタル撮影だと、撮影後に映像を加工したり調整したりすることが可能だが、あとで手を加えることはできるだけ減らしたいと芦澤さん。

「やっぱり一番エネルギーがあるのは現場だから。その時の熱い気分、体臭を大事にしたいんです」

撮影現場ではさまざまな工夫が。例えば、なんとアンパンマンのボールが大活躍しているとか。

「カメラと三脚の間にボールを置くと、少し不安定になって、不穏な映像を撮りたい時にちょうどいい。いろいろ探した中で大きさや弾力が一番良くて(笑)。いろんな工夫をするのが楽しいんです」

ほかにもペットボトルでフィルターを作るなど、フィルム時代にはよく見られたような工夫を凝らすことを今も忘れない。そんなところにも体臭が宿るのかもしれない。

映画『復讐は私にまかせて』撮影風景 シネマトグラファー・芦澤明子
『復讐は私にまかせて』撮影中の芦澤さん。構えているのは16mmカメラ。エドウィン監督はアジア随一のフィルムラバーを自称するほどのフィルム好きなのだそう。基本的には通訳を介したコミュニケーションだが、「現場で使う用語はだいたいわかるものですね」。

体臭=美が宿る忘れられない映画

そんな芦澤さんが衝撃を受け、時折観返すというのがベルナルド・ベルトルッチ監督の『暗殺の森』。撮影監督は“光の魔術師”と呼ばれるヴィットリオ・ストラーロだ。

「カメラの動き、明暗のつけ方などすべてが凝縮されている映画作りの原点のような作品。50年以上前の映画ですが、フィルムでこんなことをやっていたんだから、今の技術者はもっと頑張らないと」

フィルム至上主義というわけではないが、最近のお気に入りは、やはりフィルムで撮影された『ワン・バトル・アフター・アナザー』。

「いかにもフィルムという感じではないけれど、何か普通とちょっと違う、胸に迫るものがあるでしょう。それがいいですよね」

なるほど。たしかに、いい映画には体臭がある。

シネマトグラファー・芦澤明子
自身の創作ノートを見返しながら話す芦澤さん。話し忘れたことはないか確認する様子に、プロの撮影監督の怠らない準備力を垣間見た。

美しさの見つけ方①慎重に検討された被写体との距離に注目

どんな俳優でもカメラの前では孤独。だから「私がそばで見ているよ」と役者に寄り添うように撮るのが芦澤さんの身上。演技経験のないキャストが多い本作はなおさら。胸に迫るシーンはズームやクロースアップもあるが、あるシーンではあえて距離を保った。「寄って撮るのは簡単だけれど、登場人物の気持ちを考えた時に、ここは寄れないなと。そういう距離を大事にしました」

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『ブルーボーイ事件』(106分/'25)監督/飯塚花笑

1960年代、性別適合手術を行った医師が逮捕され、手術が違法か合法かを争う裁判が始まる。実際の裁判に着想を得たドラマ映画。当事者であるトランスジェンダーたちがメインキャストを務める。

美しさの見つけ方②ノイズも、時に映画の匂いにつながる

数々の名監督たちと仕事をしてきた芦澤さんにとって、黒沢清監督との出会いも大きかった。『叫』は日照時間が少ない冬の撮影だったが、「黒沢さんは曇天が大好き。この時期だから光と影が美しいんだとおっしゃったのはさすがだなと」。『岸辺の旅』は雨も多かったがデジタル撮影で生じるかすかなノイズを強調し、ざらつきのある映像にすることで、作品を味わい深いものにしている。

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映画『岸辺の旅』DVD
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『岸辺の旅』(128分/'15)監督/黒沢清

喪失感を抱えた妻の前に失踪した夫が帰ってくるが。妻が死んだはずの夫と共に永遠の別れに向かう旅に出る。湯本香樹実の小説を映画化。深津絵里と浅野忠信が夫婦を演じる。ポニーキャニオン/6,270円(BD)。

美しさの見つけ方③実景が作り出すトーンにも目を凝らす

芦澤さんが大友啓史監督と初めて組んだ作品。夏の盛岡での撮影だったが、大友監督には、単にきれいで爽やかな緑ではなく亜熱帯のような緑にしてほしいと言われたという。「いろいろな思いが重なり合った緑。すると映画全体をそういうトーンに持っていくことになります。大友さんの美意識と私が作ろうとしている体臭が合致して、何かを感じてもらえる映画になったと思います」

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映画『影裏』DVD
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『影裏』(134分/'20)監督/大友啓史

盛岡にやってきた主人公が、同僚の失踪を機に、それまで知らなかった彼の別の顔と向き合っていく。綾野剛、松田龍平が共演。沼田真佑の芥川賞受賞作を盛岡出身の大友監督が映画化。アニプレックス/4,180円(DVD)。

美しさの見つけ方④フィルムでの撮影には理由がある

黒沢清監督の『旅のおわり世界のはじまり』はウズベキスタンでの撮影だったが、こちらはコロナ禍のインドネシアで、現地のスタッフ、キャストと16mmでの撮影。日本からはごく少数の参加だったが「その土地に自分の感覚を合わせて作っていくのは好きですね。後でごまかしの利かないフィルム撮影は、現地の体臭がより作品に出ると思います」。インドネシア・シンガポール・独合作。

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映画『復讐は私にまかせて』DVD
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『復讐は私にまかせて』(115分/'21)監督/エドウィン

荒くれ者だが実は性的不能の男が、伝統武術シラットの達人の女性と恋に落ちるが……。愛と復讐のバイオレンスアクション。東京国際映画祭では『復讐は神にまかせて』のタイトルで上映。ツイン/4,378円(DVD)。


profile

芦澤明子(シネマトグラファー)

あしざわ・あきこ/1951年東京都生まれ。自主映画やピンク映画の助監督を経て、CMカメラマンとして活躍。平山秀幸監督の『よい子と遊ぼう』('94)から映画の撮影監督として第一線で活躍中。主な作品に『トウキョウソナタ』('08)、『南極料理人』('09)、『子供はわかってあげない』('21)、『レジェンド&バタフライ』('23)など。

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