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『悲情城市』から『返校』、そして『霧のごとく』へ…白色テロを描いてきた台湾映画の変遷

  • 2026.5.9

2025年の台湾で大きな話題を呼んだのが、白色テロの時代を舞台にした映画『霧のごとく』(公開中)だ。近年の台湾では、その時代背景を題材にした映画やドラマが次々と生まれている。1947年の「二・二八事件」をきっかけに、台湾では1949年から38年間にわたって戒厳令が布かれ、政府は反体制的だと見なした人々を弾圧した。この時代は「白色テロ」と呼ばれ、多くの市民が投獄、処刑された。長いあいだ、こうした歴史は社会のなかで語りづらいものでもあった。

【写真を見る】兄の遺体を引き取るための台北への旅。ロードムービーのような道のりの先に、平凡な人々を押しつぶす社会の理不尽が浮かび上がる

1950年代の台湾を舞台に、「白色テロ」の時代を真正面から描く『霧のごとく』 [c] 2025 Mandarin Vision Co,, Ltd. All Rights Reserved.
1950年代の台湾を舞台に、「白色テロ」の時代を真正面から描く『霧のごとく』 [c] 2025 Mandarin Vision Co,, Ltd. All Rights Reserved.

しかし近年は、当時を経験していない世代のクリエイターたちが、ホラー、青春映画、ヒューマンドラマなど、様々なジャンルを通してこの時代を描き始めている。本稿では『霧のごとく』を起点に、『悲情城市』(89)、『返校 言葉が消えた日』(19)などを振り返りながら、台湾映画がその時代とどのように向き合ってきたのかをたどっていきたい。

『霧のごとく』が描く、白色テロ時代を生きた名もなき人々

『熱帯魚』(95)、『1秒先の彼女』(20)などのコミカルな作品を得意とする陳玉勳(チェン・ユーション)監督の最新作『霧のごとく』は、白色テロ時代を舞台にしながらも、人情味にあふれる持ち味はそのままに、霧に覆われた前の見えない時代を必死に生き抜いた人々の人生に向き合った。

白色テロの犠牲となり亡くなった兄の遺体を探すため、阿月(アグエー)は1人で台北へ向かう(『霧のごとく』) [c] 2025 Mandarin Vision Co,, Ltd. All Rights Reserved.
白色テロの犠牲となり亡くなった兄の遺体を探すため、阿月(アグエー)は1人で台北へ向かう(『霧のごとく』) [c] 2025 Mandarin Vision Co,, Ltd. All Rights Reserved.

1950年代、反政府分子として捕らえられた兄が銃殺されたことを知った少女・阿月(アグエー)は、遺体を引き取るため、たった1人、嘉義から台北へ向かう。引き取りに必要な手数料は高額で、払える見込みはない。それでも阿月は、なけなしの金と、生前の兄からもらった腕時計、さつまいも2つを手に、列車に乗り込む。台北に着いて早々、騙されて遊郭に売られそうになったところを、人力車の車夫・趙公道(ザオ・ゴンダオ)に救われる。若いうちに徴兵され、中国大陸で戦場を駆け回った末、国民党軍の一員として台湾へ渡ってきた公道は、故郷へ帰ることもかなわず、慣れない土地でその日暮らしの生活を送っていた。白色テロの時代の中で仲間を失い、自らの人生の行き場も見失っていた趙公道は、兄の遺体を引き取ろうと必死にもがく阿月の姿に心を動かされ、手を差し伸べる。先の見えない時代の激流の中で出会った2人を待ち受ける運命は…。

遺体を引き取るための金を求め、裏のギャンブル場で運を試す(『霧のごとく』) [c] 2025 Mandarin Vision Co,, Ltd. All Rights Reserved.
遺体を引き取るための金を求め、裏のギャンブル場で運を試す(『霧のごとく』) [c] 2025 Mandarin Vision Co,, Ltd. All Rights Reserved.

犠牲者やその家族は、身内に“犯罪者”がいることを知られないよう、長いあいだ沈黙を強いられてきた。そのため、当時を知らない世代の中には、白色テロについて学ぶ機会がほとんどなかった人も多い。1987年に戒厳令が解除されると、台湾社会の変革を経て、言論の自由が回復されていき、様々な媒体で白色テロの時代について伝えられるようになった。近年は、当時を知らなかった世代が過去と向き合い、この歴史を映画やドラマとして描いている。『霧のごとく』もそんな流れに連なる1本だ。

チェン・ユーション監督は、犠牲者とその家族がたどった過酷な運命を語りながらも、人間のおかしみも等しく描き、観る側に様々な感情を喚起する。決して軽々しいという意味ではない。よく使われる“シリアスな題材をエンタテインメントに落とし込み……”という表現は適切でなく、つらく厳しく悲しい時でも、人は滑稽でおもしろおかしい生き物であることを等しく描いていると言ったほうがいいのかもしれない。台湾で興行収入5億円を超える大ヒットを記録したのは、そうした幅広く受け入れられやすい作風だったことも大きい。歴史を語り継ぐという意味で、大成功といえるのではないだろうか。

多くの市民が反政府と疑われ、逮捕、処刑された(『霧のごとく』) [c] 2025 Mandarin Vision Co,, Ltd. All Rights Reserved.
多くの市民が反政府と疑われ、逮捕、処刑された(『霧のごとく』) [c] 2025 Mandarin Vision Co,, Ltd. All Rights Reserved.

趙公道という名前は“正義を求める”という中国語と同じ音だ。白色テロやその犠牲者について語られ始めた裏で、まるで霧のように何の痕跡も残さないまま消えた趙公道たちのような存在も取りこぼさないという、この役柄に込めたチェン監督の真摯な想いが見て取れる。阿月の兄も、趙公道も、時代に翻弄され、未来を奪われた若者たちだ。スクリーンいっぱいに立ちこめる霧が、この世界に取り残された人々の心残りのようでやるせない。

『悲情城市』『牯嶺街少年殺人事件』に始まる戒厳令解除直後の名作たち

振り返ると、白色テロの時代は台湾映画のいくつかの名作の中でも描かれてきた。

戒厳令の解除からわずか2年後、「二・二八事件」を正面から描いた初めての台湾映画として世の中に衝撃を与えたのが、台湾映画史に輝く侯孝賢(ホウ・シャオシェン)監督の名作『悲情城市』だ。トニー・レオンを主演に迎え、日本が敗戦した1945年から国民党政権が樹立するまでの激動の4年間を背景に、基隆の大家族・林家の人々がたどる運命を描く。

政府を直接批判するわけではなく、あくまで一家族の衰退を描くなかで政治の影響を暗示。ヴェネチア映画祭の金獅子賞を受賞し、台湾ニューシネマを代表する1本として世界的に高く評価されている。

1961年に台北で起きた、14歳の少年によるガールフレンド殺人事件に想を得た『牯嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件』 [c]Everett Collection/AFLO
1961年に台北で起きた、14歳の少年によるガールフレンド殺人事件に想を得た『牯嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件』 [c]Everett Collection/AFLO

楊徳昌(エドワード・ヤン)監督の『牯嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件』(91)もまた、白色テロ時代の空気を色濃く映し出した傑作だ。

混乱と圧迫の時代に生きる少年の純粋さと残酷さ、そして移住者社会の閉塞感が描かれる(『牯嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件』) [c]Everett Collection/AFLO
混乱と圧迫の時代に生きる少年の純粋さと残酷さ、そして移住者社会の閉塞感が描かれる(『牯嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件』) [c]Everett Collection/AFLO

男子中学生がガールフレンドを殺害したという、1960年代初頭の台北で実際に起こった事件を題材にした本作は、大陸から台湾に移り住んだ“外省人”家庭の少年の視点から、抑圧された台湾社会の閉塞感や不安定な時代の空気を冷静に描き出す。

現状、日本で見る術はないが、王童(ワン・トン)監督の『バナナパラダイス』(89)や萬仁(ワン・レン)監督の『スーパーシチズン 超級大国民』(95)といった作品もある。

上記のような作品は、国際的な評価が高く、世界のシネフィルから愛され続けている。しかし、筆者の40代の台湾人の友人は、「初めて鑑賞した当時、自分に二・二八事件や白色テロに関する知識がなく、ピンとこなかった」と話していた。

『返校 言葉が消えた日』以降に広がる、白色テロ映画の新潮流

白色テロの時代を描いた作品が台湾でムーブメントとなるのは、徐漢強(ジョン・スー)監督によるホラー映画『返校 言葉が消えた日』の登場以降だろう。

白色テロ時代を題材に描いたダークミステリー『返校 言葉が消えた日』 [c]Everett Collection/AFLO
白色テロ時代を題材に描いたダークミステリー『返校 言葉が消えた日』 [c]Everett Collection/AFLO

台湾の大ヒットホラーゲームが原作の『返校 言葉が消えた日』は、暗い歴史をエンタテインメントとして再構築し、2019年の台湾映画興行収入1位を記録。第56回台湾金馬奨で最優秀新人監督賞など5部門を受賞した。

大ヒットしたホラーゲームを原作に映画化した『返校 言葉が消えた日』 [c]Everett Collection/AFLO
大ヒットしたホラーゲームを原作に映画化した『返校 言葉が消えた日』 [c]Everett Collection/AFLO

白色テロの嵐が吹き荒れていた1960年代。政府は厳しい言論統制を行い、スパイを捕らえるという名目で、市民が相互に監視し合い、疑わしい者がいれば密告するよう強制していた。女子生徒・方芮欣(ファン・レイシン)は放課後の教室で目を覚ます。誰もいない廃墟と化した校内で、秘密の読書会に参加していた男子生徒・魏仲廷(ウェイ・ジョンティン)と出会い、2人は脱出を試みる。さまよううちに、禁書を読んだだけで命を奪われた権力による迫害と、その引き金を引いてしまった密告者の哀しい真相が明らかになっていくという筋書き。当時の重苦しい空気が恐怖をかき立て、人心の恐ろしさが怪物に姿を変えて人を襲う。

政府から禁じられた本を読む読書会(『返校 言葉が消えた日』) [c]Everett Collection/AFLO
政府から禁じられた本を読む読書会(『返校 言葉が消えた日』) [c]Everett Collection/AFLO

この映画はゲーム好きの10代の若者から実際に白色テロの時代を生きた世代まで、幅広い層の心をつかみ、その後、ドラマ版も製作されて、台湾の人々が白色テロ時代に関心を寄せる大きなきっかけを作った。

一方で、白色テロはいまなお描くことの難しいテーマでもある。『ひとつの太陽』(19)、『瀑布』(21)などで知られる鍾孟宏(チョン・モンホン)監督による2024年のサスペンス『余燼』は加害者と被害者の描き方をめぐって台湾で大きな議論を呼んだ。

当事者やその家族がいまも多く存命しており、立場や記憶が様々である以上、その時代をどう描くかに“正解”はない。だからこそ、この時代を扱った作品が現在の台湾映画で増え続けていること自体に、大きな意味があるのだろう。

なお、『余燼』は日本でも「台湾映画上映会2026」で上映が予定されている。加えて、周美玲(ゼロ・チョウ)監督の『流麻溝十五号』(22)も挙げておきたい。白色テロで迫害された女性政治犯を扱った作品で、日本でも各種動画配信サービスで視聴することができる。

『君の心に刻んだ名前』などが映す、民主化時代の青春

台湾映画には、白色テロの時代以外にも、その時々の社会の空気をうまく背景に落とし込んだ良作が多い。そんななかから、民主化の途上でもがく若者たちを描いた青春映画を2本ご紹介。どちらも日本の配信サービスで見ることができる。

自由な空気が生まれつつも、まだ保守的な社会規範や同性愛への偏見が色濃く残る(『君の心に刻んだ名前』) [c]Everett Collection/AFLO
自由な空気が生まれつつも、まだ保守的な社会規範や同性愛への偏見が色濃く残る(『君の心に刻んだ名前』) [c]Everett Collection/AFLO

『君の心に刻んだ名前』(20)は、38年間におよぶ戒厳令が解除された直後の1987年から物語が始まる。世の中が開放的な空気に包まれ、主人公の阿漢(アハン)とバーディが通う高校も男女共学になり、髪を伸ばすことも許された。しかし、権威的で抑圧的な学校教育や人の意識は簡単に変わるものではない。自身が同性愛者であることを自覚した阿漢は、当時の状況では口が裂けても言葉にできなかったバーディへの愛に苦しむ。

社会的偏見や抑圧的な時代背景のなかで、真実の愛を求める若者の葛藤を描く(『君の心に刻んだ名前』) [c]Everett Collection/AFLO
社会的偏見や抑圧的な時代背景のなかで、真実の愛を求める若者の葛藤を描く(『君の心に刻んだ名前』) [c]Everett Collection/AFLO

『青春の反抗』(23)もまた、戒厳令の解除後も続いた社会的抑圧と、自由のために闘う若者たちの青春を描いた作品だ。舞台は戒厳令の解除から7年後の1994年。芸術大学の学生・季微(チーウェイ)は、表現の自由を訴えるストライキに加わる。学生運動が熱を帯びるなか、季微と学生運動のリーダー阿光(クァン)、そしてその恋人・魏青(チン)の複雑な三角関係が展開する。民主化が進む一方、同性愛への偏見がなお根強く残っていた時代の空気を映し出していく点で『君の心に刻んだ名前』と共通している。

過去を振り返ることで、どう未来に向かうべきかヒントが見えてくる。台湾には、そうした問いを投げかける映画を生んできた土壌がある。

悲劇を描きつつ、希望の光を感じさせる『霧のごとく』が公開中 [c] 2025 Mandarin Vision Co,, Ltd. All Rights Reserved.
悲劇を描きつつ、希望の光を感じさせる『霧のごとく』が公開中 [c] 2025 Mandarin Vision Co,, Ltd. All Rights Reserved.

当事者ではない世代だからこそ、負の歴史と客観的に向き合い、「あの時、なにが起きていたのか」を見つめ、分析し、未来に活かせるのかもしれない。『霧のごとく』は、70年前の悲劇を描きながら、希望に満ちた未来を夢見させてくれる奇跡的な1本だ。

文/新田理恵

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