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不思議な力を持つ男が殺戮を繰り返す『名無し』を犯罪心理学者の出口保行が解説!「主人公の山田太郎は“無敵の人”」

  • 2026.5.13

俳優の佐藤二朗が手掛けた原作を、自ら主演・脚本を務めて映画化した『名無し』(5月22日公開)。本作は佐藤が演じる中年男“名無し”=山田太郎が、“見えない”右手の凶器で無差別大量殺人を繰り返す異色のサイコバイオレンスだ。山田が凶行にいたるまでのいきさつや子ども時代は描かれているが、犯行の動機や心象風景ははっきりとはわからない。そこで、全国の少年鑑別所や刑務所で受刑者たちの心理を分析した経歴を持ち、数々の報道番組にコメンテーターとして出演している犯罪心理学者の出口保行教授を直撃!法廷画家・小野眞智子のイラストと共に、劇中で描かれる凶行と現代の犯罪の背景を解説してもらった。

【写真を見る】不思議な力を持つ山田太郎の右手が意味するものとは…犯罪心理学者の出口保行が解説!

数々の報道番組やバラエティ「全力!脱力タイムズ」などでコメンテーターを務める出口保行教授
数々の報道番組やバラエティ「全力!脱力タイムズ」などでコメンテーターを務める出口保行教授

「失うものがなにもない“無敵の人”が起こす“拡大殺人”が増えている」

映画『名無し』を観た出口教授はまず最初に「この作品が描いているのは、“無敵の人”による“拡大自殺”ですね」とはっきり言い切る。

“無敵の人”?“拡大自殺”? どちらも聞き慣れないワードだが、犯罪心理学の世界では近年増え続けている犯罪の傾向を示す使用頻度が高い専門用語で「“無敵の人”というのは、失うものがない人物のこと」なのだとか。「世の中で起きている殺人の多くは、加害者と被害者の面識率が90%を超えているんです。さらに親族率は60%超。要するに濃密な人間関係のなかで発生したストレスをいっきに晴らすために起きるのが基本的な殺人のパターンで、通りすがりで起きるものじゃないんですよ」。

劇中では山田太郎の心象ははっきりと描かれない [c]佐藤二朗 永田諒 / ヒーローズ [c]2026 映画「名無し」製作委員会
劇中では山田太郎の心象ははっきりと描かれない [c]佐藤二朗 永田諒 / ヒーローズ [c]2026 映画「名無し」製作委員会

だが、劇中の山田が起こす殺戮はそれとは明らかに違う。

「これは、昨年長野の駅前で男女3人が見知らぬ男にいきなり殺傷された事件や、2008年に秋葉原で起きた無差別殺人と同じ“無敵の人”の犯行です」。そう断定したうえで、出口教授は続ける。「誰だって犯罪を起こす動機は山ほどある。でも、やらないのは単純にリスクとコストを考えるから。捕まってしまうリスク、信頼や信用、仕事といった失うもののコストがわかっているので、動機があっても実行しない。でも、“無敵の人”は捕まっても構わない。失うものがなにもないんです。孤独のなかで湧き上がる怒りや不満を一撃必殺で吐き出すことを優先して考えているから怖いものがない。だから“無敵の人”という言い方をしているんですけど、この映画の山田もまさにそのひとりです」。

いつ、どこで、どんな状況で起こるか予測できない“無敵な人”の犯行 イラスト/小野眞智子
いつ、どこで、どんな状況で起こるか予測できない“無敵な人”の犯行 イラスト/小野眞智子

確かに近年、走行中の列車の中で乗客を無差別に斬りつけるような事件が実際に多発している。

「社会性の乏しい人間が多くなっているということですね。人間関係を求めない。社会で生きていこうとする意欲が少ない。逆に、そういった人間を受け入れようとする社会ではなくなってきているのも大きな要因です。社会が受け入れてくれれば救われる人間もいっぱいいるんだけど、社会がそうじゃないから、『どうせ誰にも相手にされない』『生きていても仕方がないし、死んだほうが楽だ』という考えになる。そして、はたと気づくわけです。『なんで俺だけがこんなことを思わなきゃいけないんだろう?』って。それが、誰かを巻き添えにして死んでやろうという“拡大自殺”を引き起こす。自分の怒りや不満を簡単に吐き出せて、いちばん騒ぎがデカくなる方法で発信したいから、従来の犯罪と違ってターゲットは誰だっていい。そんな“無敵の人”が起こす“拡大殺人”が増えているのは事実です」。

「山田の場合は、花子と離ればなれになって以降がダークモードに入る分岐点だったと思います」と出口教授は分析する。「彼が心に闇を抱えるいちばん大きな出来事がその後に起きるわけですから。それ以外のシーンでは山田の感情が伝わらないのに、あのエピソードだけ彼の心が見える。違和感があるんだけど、わざわざあの描写を入れたわけだから、あそこがひとつのターニング・ポイントなんだと思います」。

大人になっても一緒に暮らしていた花子の存在が太郎に大きな影響を与える [c]佐藤二朗 永田諒 / ヒーローズ [c]2026 映画「名無し」製作委員会
大人になっても一緒に暮らしていた花子の存在が太郎に大きな影響を与える [c]佐藤二朗 永田諒 / ヒーローズ [c]2026 映画「名無し」製作委員会

右手で触った物を消し去る特殊な能力を持っている山田。それが彼を苦しめる原因にもなっているわけだが、山田ほどではないにしても、ほかの人とは違うギフト(天才的な能力)があるがゆえに気持ち悪がられたり、社会から孤立してしまう人間は実際にいるし、出口教授も「犯罪者にも非常に優れた能力を持った人はたくさんいますよ」という。「でも、その能力の活かし方は社会適応能力があるかないかで変わってしまう。それと、『セルフエスティーム(Self-esteem)』…要は自分が持っているその能力に対する“自尊心”が高いか否かで状況は違ってくる。自尊心が低いと自分の優れた能力を訴えることができないから、犯罪でその力を使うしかない。同じ能力でも、社会適応能力と自尊心の絡み方でその扱いが分かれるんです」。

「右手の見えない凶器は彼の“心”を象徴していると思うんです」

孤児だった2人の子どもは巡査に引き取られ太郎、花子と名付けられる イラスト/小野眞智子
孤児だった2人の子どもは巡査に引き取られ太郎、花子と名付けられる イラスト/小野眞智子

映画では、幼い“名無し”と少女を見つけた交番の巡査・照夫(丸山隆平)が2人に「山田太郎」と「山田花子」という名前をつけてやるエピソードが印象的だ。照夫が何度も繰り返す「人間はひとりじゃない。みんな繫がっているんだから」という言葉も強く心に刻まれるが、出口教授は「名前は社会関係を作っていくためには必要なものです。社会の一員として受け入れてもらえるというのは非常に大きい」としたうえで、それだけではないことを強調する。

「誰かと紐づいてしまうことが本人にとっては重荷になる場合もある。自分から孤立して、孤独に生きていくことを選択する人間も世の中にはいますから。それに名前をつけられたことによって、人としての認知が進んでしまう。誰かに注目されるのはうれしいことでもあるけれど、それを重荷と感じてしまう。そんなアンビバレンツ(二律背反的)な考え方は当然あるし、人と繋がることを好まない人ももちろんいる。ただ、他人と繋がるのがイヤだと思っている人間ほど“無敵の人”になりやすいです」。

右手に持った見えないバットで人々を襲う山田太郎 [c]佐藤二朗 永田諒 / ヒーローズ [c]2026 映画「名無し」製作委員会
右手に持った見えないバットで人々を襲う山田太郎 [c]佐藤二朗 永田諒 / ヒーローズ [c]2026 映画「名無し」製作委員会

“名無し”=山田太郎の心象をそうひも解いた出口教授は、「佐藤二朗さんのインタビューには『この映画には特別なメッセージはない』とあったけれど、そんなことはないと思います」と訴える。さらに「積もり積もった不安や不満、憤りを凶悪な無差別殺人事件という象徴的な形で提示したいというのがこの物語を書いたいちばんの動機だったんじゃないかな、と私は思います」と、自身の見解を述べ、さらに興味深い持論を展開する。

「山田の右手の見えない凶器は彼の“心”を象徴していると思うんです。“心”って見えないじゃないですか?みんな持っているけれど、可視化することができない。いろいろな解釈がもちろんできるけれど、私は犯罪心理学者だからあの右手に“心”を見てしまう。ダークサイドにある“負”の感情を象徴していて、それを使って攻撃行動に出ているんだという見方をしたんです」。

【写真を見る】不思議な力を持つ山田太郎の右手が意味するものとは…犯罪心理学者の出口保行が解説! イラスト/小野眞智子
【写真を見る】不思議な力を持つ山田太郎の右手が意味するものとは…犯罪心理学者の出口保行が解説! イラスト/小野眞智子

佐藤二朗はインタビューで「こんなことがあっちゃいけない!」という思いで殺戮シーンをよりリアルに生々しく描いたと語っていたが、出口教授も「そこがいまの時代を象徴している」と強調する。

「社会が変わらなければ、ああいう犯罪はなくならない。いまの世の中は犯罪者が更生しにくい環境でもあるということですけど、社会が受け入れてくれないから結局また同じ犯罪をしてしまう。『犯罪者』『悪い奴』と分類される“ラベリング現象”が発生すると、社会復帰は本当に難しい。社会が彼らをどう受け入れるのか?本人が受け入れてもらうためにどう努力するのか?そのふたつを足し算ではなく、掛け算で考えていかないとダメなんです」。

「警察も予測できない “犯罪者の素人化”が進んでいる」

丸山隆平演じる巡査の照夫は孤独な太郎に寄り添うが… [c]佐藤二朗 永田諒 / ヒーローズ [c]2026 映画「名無し」製作委員会
丸山隆平演じる巡査の照夫は孤独な太郎に寄り添うが… [c]佐藤二朗 永田諒 / ヒーローズ [c]2026 映画「名無し」製作委員会

映画の内容から少し離れるが、犯罪者を更生させるためにはどうすべきなのだろう?そう問うと、出口教授は「内省を深める。これに尽きますね」と語ってくれた。

「犯罪者は自分で軌道修正することがほぼできない。反省するのは得意なんですよ。とりあえず謝ればいいって思っているから。でも、内省は自分の何が原因でいまの事態が起きているのかを考えさせる心理療法ですから、反省とはまったく違う。それを徹底的にやる。『考えとけよ!』って言ってできるものではないから、ただじっと座って、頭のなかでいろんなことを考えさせる“内観療法”をするんですけど、そういう手続きを踏まないと内省はなかなか深まるものではないんです」。

「犯罪心理学って犯罪を分析するのが仕事じゃないんです」。出口教授はそう念を押してからさらに続ける。

「そう思っている人も多いけれど、犯罪心理学にいちばん求められているのは犯罪者の心を分析し、その結果から更生させるためのプログラムを作ることなんです。なかには内省を深めて自己分析するのにとても時間がかかる人もいるけれど、そこをちゃんとやらないとその先をやっても意味がない。人の心なんて、自分でもわからないでしょ。だから、毎日のように面接しながら『これはどう思った?』『この時どう感じた?』と聞いて小さなきっかけを作り、その点を線にしてあげる。それが私たちの仕事ですけど、そこに決まったパターンがないから、100人いたら100通りのプログラムを考えなければいけないんです」。

山田太郎を執念深く追う刑事の国枝 [c]佐藤二朗 永田諒 / ヒーローズ [c]2026 映画「名無し」製作委員会
山田太郎を執念深く追う刑事の国枝 [c]佐藤二朗 永田諒 / ヒーローズ [c]2026 映画「名無し」製作委員会

「と同時に、相手の気持ちがわかるようにする。共感性を持たせることも必要です」と語る出口教授の言葉がますます熱を帯びてくる。「対人関係をどうすれば持たせることができるのか?グループ行動の経験がない犯罪者が多いし、刑務所でも独居房を希望して自分の部屋で作業をする人間がいまの時代はいっぱいいるんだけど、それじゃ社会性は身につかない。なので、なるべく外に連れ出して、集団のなかで各々の能力を発揮させていく。刑務所の作業もそうした社会性を身につけるために考えられたものが多いですからね」。

そんな出口教授らの尽力によって、日本で起きる犯罪は平成14年をピークに減少し続け、再犯率も下がっているようだが、“無敵の人”の犯行スタイルが増えてきているのも事実だという。

「“犯罪者の素人化”が進んでいる。これまでは犯罪を起こしそうな人の情報を警察がつかんでいたから、ある程度犯行を予測できていたけれど、いまは突然犯罪者になってしまう人が多い。そうなると防ぎようがないんです。軽い気持ちで犯罪に手を染める人たちとは違う“無敵の人”だから、その行動は察知できない。それに、SNSで自分を支持する意見は取り入れるけれど、非難する意見はすべて捨て去る“確証バイアス”を発動させて自己中な行動を正当化する傾向にもある。これは大きな問題です」。

犯罪心理学者が分析…『名無し』の主人公、山田太郎は“無敵の人”!? イラスト/小野眞智子
犯罪心理学者が分析…『名無し』の主人公、山田太郎は“無敵の人”!? イラスト/小野眞智子

では、どうすればいいのか? そんなに簡単に答えが出る問題ではないのを重々承知で尋ねると、出口教授は躊躇することなく返答した。

「そうした犯罪者に社会的な啓蒙が足りないのは事実。それを伝えなかったら、素人の犯罪はなくならない。社会がどんどん変化しているいまの世の中の状況に対応しきれてないから、“無敵の人”が次々に出てくるわけなんです。日本の社会が現状をちゃんと把握し、人々の暮らしの歪みをなくしていくことが今後の大きな課題じゃないのかなと思っています」。

取材・文/イソガイマサト

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