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【阿泉来堂×嗣人 ホラー対談】本当に怖いのは家の中? 家の外? 新進気鋭のホラー作家2名が、互いの「恐怖」の描き方の違いを語る

  • 2026.5.2

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ホラーとミステリーを横断しながら、読者の胸にじわりと残る“怖さ”を描き続けている作家、阿泉来堂さんと嗣人さん。民俗的なモチーフ、心の襞に分け入る人間描写、そして魅力的なキャラクター――その共通点から、両者を並べて語る読者も多いのでは。

初対談となる今回は創作の出発点から恐怖の原風景、そして「怖さ」を物語へ変える方法まで、じっくり語りあっていただきました。

読みたい本が見つからなかったから、自分で書くしかない

――お二人が小説を書きはじめたきっかけから教えてください。

嗣人さん(以下、嗣人):僕は16歳のときです。上遠野浩平先生の「ブギーポップ」シリーズと出会ったのが大きかったですね。それまであまりライトノベルは読んでいなかったのですが、あの作品には“剣と魔法”ではなく日常の延長線に怪異がある。そこに一気に引き込まれ、自分もこういうのを書いてみたいな……と。巻末に電撃大賞の募集要項があり、「(締め切りまで)あと2週間あるなら書けるかもしれない」と思って短編を書きました。それが最初です。

阿泉来堂さん(以下、阿泉):僕の方はもう少し消極的なきっかけです。22、23歳のとき本屋へ行ったんですが、2時間探しても読みたい本が見つからなかったんです。それがなぜか、とてもショックで。「じゃあ自分で書くしかないな」と思い、書きはじめました。

――「書きたいから書く」ではなく、「読みたいものがないから書く」という発想だったんですね。

阿泉:そうですね。当初は(書いたものを)友人に読んでもらって楽しむくらいだったのが、次第に書くこと自体が面白くなっていって。気づいたら続けていました。

――デビューへの道のりも対照的ですね。嗣人さんはWebでの作品発表が、阿泉さんは賞の受賞がデビューのきっかけでした。

嗣人:当時はとにかく忙しく、一日15時間くらい働いていたので、長編に取り組む時間的余裕も精神的余裕もなかったんです。だからnoteで少しずつ発表する形で執筆しました。それで『夜行堂奇譚』(産業編集センター/角川ホラー文庫)のように短話を積み重ねていく構成になり、時系列もバラバラという形に。

――状況的な制約が、そのまま作風になっていった。

嗣人:そうですね。後から「こういう構造にしよう」と考えたのではなく、続けられるやり方を選んだ結果、このスタイルになった感じです。

阿泉:僕は嗣人さんとは逆で、書いている途中の状態でネットに公開すると、最後まで書ききれなくなっちゃうんですよ。完結するまで人に読んでもらいたくなくて。だから賞に応募するというのが合っていたんだろうな。

それぞれ違う「恐怖」の描き方

――お互いの作品への印象について伺いたいです。「自分には書けない怖さ」を感じた点があれば教えてください。

阿泉:嗣人さんの作品は、安易に怪物を“出さない怖さ”がいいですよね。出てきそうで出てこない。存在は感じるのに、はっきりと姿を見せない。その余白で恐怖を生みだしている。僕は怪物をガンガン出しちゃう方なので。

嗣人:ありがとうございます。

阿泉:それと、恐怖についてではないんですが、嗣人さんの話の構成の仕方は独特ですよね。例えば『夜行堂奇譚』。先ほどおっしゃったように時系列が大胆に崩されて、なのに読みにくくならず、別の断片が後から差し込まれることで過去のエピソードがふっと違う顔を見せる。苛めをめぐって複数の視点から語られるエピソード(『夜行堂奇譚 上(角川ホラー文庫)』より)なんて、まさにそう。一つ一つの話は短いのに、それらが積み重なって大きな物語を読んでいるような感覚になりますね。

嗣人:僕は逆に、阿泉さんの“しっかりと見せる怖さ”に惹かれます。例えば『冥船ステラ・ブルー』(産業編集センター)は、あの冒頭からして好きなんですよ。

阿泉:血まみれの(笑)。

嗣人:そうそう(笑)。阿泉さんは血の表現や怪物をつぶさに描写されますよね。そして、それを読者に受け取らせる力がある。僕はそういったものを淡く描くことが多いので、「こういう書き方はできないなあ……」と、阿泉さんの小説を読むたびに思わされます。短編集『骸ノ時計』(産業編集センター)もいいですよね。時計を手にした人たちが、それぞれの形で地獄に落ちていくじゃないですか。あれがすごく生々しくて。後味がまた悪い。最高です。

阿泉:あまり表では言いづらい部分を褒められてますね(笑)。でも、そこが刺さってもらっているのは嬉しいです。

嗣人:刺さる怖さを生むのは難しいですよね。

――ちなみに、お二人にとって“恐怖の原風景”はありますか?

嗣人:あります。祖父母の家です。阿蘇の高森にあるのですが、古い日本家屋なので昼でも薄暗く、どこに何があるかも分からない感じがうっすら怖かった。使っていない部屋とか、汲み取り便所とか。田舎だから鍵をかけていないので、ご近所さんがいつの間にか家に入ってくるんですよ。子どもの頃、僕がひとりで留守番をしていたら、見知らぬおばあちゃんが野菜を持って上がり込んできたんです。阿蘇の方言で話しかけられても、さっぱり分からなくって。そういうのも怖かったですね。

阿泉:相手の言ってることが分からないって、怖いですよね。

嗣人:そうなんです。家のなかよりも外の方が明るくて安全に感じられて、できるだけ外で遊ぶようにしてました。

阿泉:僕の場合は映画や小説などのエンターテインメントから恐怖を覚えました。うちの実家は食卓でも平気でホラー映画が流れている家だったんです。父親が、そういうのが好きな人で。

嗣人:それはなかなかですね。

阿泉:CG以前の特撮的な質感や身体が壊れる映像、異形の存在がこちらへ迫ってくる感覚。そんな、視覚面からの恐怖を刷り込まれたんだと思います。あと、嗣人さんとは反対に僕にとっては家のなかが安全で、外は怖いものという感覚があるんです。家から一歩外へ出たら、何が起こるか分からないじゃないですか。事故や災害、通り魔に熊。無数の危険が待ちかまえている。そう考えると、外出することすら、ちょっと怖くなる。

嗣人:家のなかが怖い僕と、家の外が怖い阿泉さん。真逆だ。

阿泉:最新作『くがいの聲』(産業編集センター)をはじめ、自作の多くが「外に出るほど危険が増す」構造になっているのは、この感覚からきているんでしょうね。

くがいの聲 阿泉来堂 / 産業編集センター
くがいの聲 阿泉来堂 / 産業編集センター

自分が親になり、恐怖の捉え方に変化が

――ここでアイスブレイク的な質問を。執筆が行き詰まったときはどう対処していますか。

嗣人:いったん机から離れます。美術館へ行ったり、公園を歩いたり、海辺を散歩したり。なるべく小説のことを考えない空間に身を置いて、頭をゼロにする。すると自然とアイデアを“受信”することが多いかな。

阿泉:僕はとことんまで粘りますね。書けなくても、とにかく机に向かい続ける。それでもどうにもならないところまできたら、諦めて、ゲームやプラモデル作りをします。手作業、いいですよ。指先を動かしながら頭のなかの別回路を使うというか、思考をいったん別方向へ流すんです。

嗣人:頭のなかに答えはあるけど引き出せていないだけっていうこと、ありますよね。

阿泉:そうそう、だからいったんリセットする。

――リセットの仕方も対照的ですね。ホラー小説を書き続けていくなかで、恐怖の捉え方に変化はありましたか。

嗣人:自分に子どもが生まれてからは大きく変わりました。親の気持ちが分かるようになったぶん、子どもがひどい目に遭う描写は前ほど書けなくなりました。かつては自分が怖いと思うものをそのまま書いていたけど、今は「読む人がどう感じるか」をより意識しています。

阿泉:なるほど。自分の怖さを書くというより、読む人にどう届くかを考えるようになったんですね。僕は日々恐怖について考えているうち、日常のなかで怖いものがどんどん増えてきたんです。恐怖を探す行為は、自分にとって安全と感じられるものを、一つずつ剥いでいくことかもしれません。

嗣人:それはしんどそうですね(笑)。

阿泉:そうなんです(笑)。一方で「では恐怖と遭遇した人間は、どうなってしまうんだろう」と考えるようにもなってきて。

嗣人:分かります。怖い体験って、その瞬間だけじゃ終わらないですからね。そのあとに何が残るのか、どう変わるか、そこが大事なんだと思います。

――ホラーとミステリーのバランスはどのようにとっていますか。

阿泉:割合はあまり意識していません。それより物語としてのまとまりを大切にしています。書いていてホラーが足りない、ミステリーが足りないと感じることはあっても、それを無理に足し算していくのではなく、むしろ引き算することが多いです。肝心となる人間ドラマを損なわない、ぎりぎりのバランスを意識しています。

嗣人:僕は色で考えるんですよ。ホラーが黒、ミステリーが灰色というふうに感覚で配分します。気をつけているのは、濁りが出ないこと。文章や展開に濁りを感じたら、ぜんぶ消して書き直してるんです。

阿泉:“濁り”という言葉は非常に嗣人さんらしいですね。気配や空気や暗がりへの感覚が鋭いからこそ、物語が澄んでいるか、濁っているか気になるんですね。

――キャラクターの魅力でも読者を惹きつけているお二人ですが、人物造形についてはいかがでしょうか。

阿泉:必ず「毒」を持った人物を作るようにしています。清廉潔白で欠点がなく、常識的に正しい人というのは人間としては素晴らしいけども、小説のキャラクターとしては面白くないですよね。反対に、ここは素晴らしいのに、ここはどうしようもない。そんな歪さのある人物が自分としては好きでして、書いてても楽しいですね。

――『くがいの聲』の探偵役・比留真はまさにそんな人ですね。頼りがいがある反面、自らの好奇心を最優先しがちな危うさがあって。一方、嗣人さんの最新作『木山千景ノ怪顧録 弐』(産業編集センター)は、「夜行堂奇譚」シリーズの人気キャラクター・木山千景を主人公に据えた番外編の第二弾です。若き日の千景の屈折ぶりがいっそう際立っています。

木山千景ノ怪顧録 弐 嗣人 / 産業編集センター
木山千景ノ怪顧録 弐 嗣人 / 産業編集センター

嗣人:僕はキャラクターの「過去」を徹底的に考えるんです。その人物がどんな生い立ちで、何を経験してきたから、この場面ではこの選択をする、といった具合に。作中で見えている部分は(その人物の)氷山の一角でしかなく、その下には膨大なバックグラウンドがあるのだと。読者に「木山千景はこんなこと言わないはずだ」と思われないように。キャラクター性がぶれないようにしています。

阿泉:作者と読者の間で解釈違いが起きないように。それ、大事ですね。

――ここまでお話を伺ってきて、お二人は恐怖の捉え方も創作の方法も、驚くほど対照的だと感じました。

嗣人:そうですね。でも最終的に書きたいものは、そんなに変わらないのかもしれません。

阿泉:ええ。恐怖そのものを見せたいというよりも、そのあとに人がどうなるのかを描きたい気持ちは共通している気がします。

――恐怖は“入口”であって、“目的”ではない。

阿泉:そうですね。

嗣人:だからこそ、いろんな書き方があっていいと思います。

取材・文=皆川ちか

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