1. トップ
  2. 運動会の“花形競技”がナシ?令和ならではの“光景”をめぐり賛否「盛り上がりが減った」「活躍の場がなくなる」

運動会の“花形競技”がナシ?令和ならではの“光景”をめぐり賛否「盛り上がりが減った」「活躍の場がなくなる」

  • 2026.5.22
undefined
出典元:PIXTA(画像はイメージです)

運動会シーズンを迎え、各地の学校で子どもたちの元気な声が響いています。そんな中、SNSでは「選抜リレーがない運動会は少し物足りない気がした」という投稿が話題になっています。

かつて運動会の“花形競技”とも言われた選抜リレー。しかし最近では、「全員が平等に楽しめる形にする」「指導する先生側の負担軽減」などの考え方から、学校によっては廃止したり、形式を変更したりするケースも増えているようです。

一方で、「盛り上がりが減った」「足が速い子の活躍の場がなくなる」と惜しむ声もあり、SNSではさまざまな意見が飛び交っています。

「昔より盛り上がりが減った?」選抜リレー廃止に驚く声も

「運動会のプログラムから選抜リレーがなくなって残念」といった投稿には、多くの共感する声が集まりました。

  • うちの学校もリレーがなくなって何だか盛り上がりに欠けた。
  • 確かに運動会の最後の選抜リレーが一番盛り上がっていた記憶がある。
  • 今どきの小学校の運動会ではリレーやらないの?!驚き…。
  • リレーがない運動会はつまらないよね。
  • ダンスとかお遊戯が中心の、全体的にかなり“やさしい運動会”になっている。
  • 自分の子どもが出ていなくても見ているだけでおもしろいのに!

保護者世代にとっては、“学校代表が走るリレー”が運動会の象徴だったという人も多く、時代の流れを感じる人も少なくないようです。

「全員リレーも楽しい」の声も 参加型スタイルに共感

一方で、「選抜ではなく全員でリレーをした方が楽しい」という意見も見られました。最近では、クラス全員が走る“全員リレー”を取り入れる学校も増えているようです。

  • うちの子の学校は全員リレーだけどかなり盛り上がる。
  • 足が速くない子も出番があるのは良い。全員出るなら平等だし。
  • 代表だけじゃなく、みんなで頑張る感じが好き。
  • 応援する側もクラス全体を見られて楽しい。

選抜リレーはどうしても“速い子中心”になりますが、全員参加型にすることで、「誰かだけの運動会ではなくなる」という考え方も広がっているのかもしれませんね。

 「足が速い子が輝ける場が減る」惜しむ意見も根強い

しかし、「得意な子が活躍できる場が減ってしまう」という意見も根強くあります。

特に運動が得意な子にとって、選抜リレーは努力の成果を発揮できる大切な舞台だった、という声も少なくありません。

  • 勉強が得意な子が評価されるなら、運動が得意な子も評価されていい。
  • 足の速さって立派な才能だと思う。
  • 選抜リレーに選ばれるのを目標に頑張っている子もいるしね。
  • 得意分野で輝ける機会をなくす必要はあるのかな。

「みんな平等」という考え方を大切にしながらも、子どもがそれぞれの得意分野で輝ける舞台を残してほしいという思いを抱く人もいるようです。

「社会に出れば選抜はある」競争経験の必要性を指摘する声

さらに、「選抜される経験」や「競争する意味」に対しての意見も見られます。

  • 社会に出たら結局は競争がある。子ども時代に選抜される・されないを経験せずに大丈夫なの?
  • 努力して選ばれる体験は自己肯定感にもつながるのでは。
  • 「公平・平等」はそういう意味じゃないんじゃないかな…。

といった考えや、

  • スポーツに順位がつくのは自然なこと。
  • 勝ち負けを経験することも教育だと思う。
  • 勝敗や記録を競わせることにも意味があるのでは。

という声が寄せられていました。

学校生活では配慮が重視される一方で、社会に出れば受験や就職など、何らかの“選ばれる場面”は避けられません。また、“競争をなくす”ことと“挑戦する機会を減らす”ことは別ではないか、と受け止めている人もいるようです。

運動会の形は変化中 “みんなが納得できる形”はある?

かつての運動会では当たり前だった選抜リレー。しかし今は、「公平性」「多様性」「心理的な負担への配慮」といった価値観を重視する中で、その形も少しずつ変わってきています。

一方で、「競争があるからこそ盛り上がる」「得意な子が輝く場も必要」という声があるのも事実です。

どちらが正しいと簡単に言い切れる話ではありませんが、時代とともに運動会に求められる役割が変わってきているのかもしれません。

の記事をもっとみる