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震災で祖母を失い「遺体のケアができない」→担当した遺族からのまさかの一言に涙【作者に聞く】

  • 2026.4.30
「エンゼルケアができなくなった私に…」01 画像提供:ナース専科
「エンゼルケアができなくなった私に…」01 画像提供:ナース専科

漫画家として活動するアヤさんは、看護師・看護学生向けの総合Webメディア「ナース専科」で看護師のエピソードを基にした漫画を連載中だ。今回は同メディアで公開された「エンゼルケアができなくなった私に…」を紹介し、アヤさんに話を聞いた。

02 画像提供:ナース専科
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03 画像提供:ナース専科
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2011年(平成23年)3月11日の東日本大震災。津波は主人公・相沢の祖母が営む理容室を飲み込み、最愛の祖母の命を奪った。当時看護師だった相沢は訃報を聞きながらも現場で働き続けたが、祖母に何もできなかった後悔から、亡くなった患者の遺体を整える「エンゼルケア」ができなくなってしまう。

遺族の言葉で知った「祖母の床屋」という奇跡

転機は同僚の真摯な説得だった。再びエンゼルケアに向き合う決意をした相沢が、ある患者を担当したときのこと。付き添いの遺族が「津波で流された地区に親族がいて、小さな床屋によく通っていた」と語り始めた。

驚くことに、そこは相沢の祖母の理容室だったのだ。祖母を知る人と巡り合った奇跡に、遺族も涙して喜んだという。この出来事を通じ、相沢は「看護師を続けなさい」という祖母からのメッセージを受け取ったように感じた。

現場で闘う医療従事者への敬意と、災害への備え

2024年(令和6年)1月に発生した能登半島地震。非常時でも医療従事者は不安を抱えながら患者を優先している。アヤさんは「混乱の中で安心を与えるべく動き続ける姿には感謝と尊敬しかありません。そうした方々を十分にケアする環境が整うことを願っています」と語る。

自身の備えについても「今回の地震を機に、避難バッグの中身を改めて見直す必要があると感じています」と気を引き締める。いつ起きるかわからない災害への対策は不可欠だ。現場の苦悩と希望が詰まったエピソードに、ぜひ触れてみてほしい。

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