1. トップ
  2. 朝ドラ『風、薫る』序盤の山場!二人の選択はきっと「間違い」ではないはずだ——という希望が強く響いた

朝ドラ『風、薫る』序盤の山場!二人の選択はきっと「間違い」ではないはずだ——という希望が強く響いた

  • 2026.4.27

朝ドラ『風、薫る』序盤の山場!二人の選択はきっと「間違い」ではないはずだ——という希望が強く響いた

1日の楽しみは、朝ドラから! 数々のドラマコラム執筆を手がけている、エンタメライター田幸和歌子さんに、NHK連続テレビ小説、通称朝ドラの楽しみ方を毎週、語っていただきます。近代看護界の先駆者となった2人の女性を主役とする物語。「風、薫る」のレビューで、より深く、朝ドラの世界へ! ※ネタバレにご注意ください

一度は断った二人がどう決意していくのか

『明治のナイチンゲール 大関和物語』(田中ひかる・中央公論新社)を原案とし、激動の明治時代を駆け抜けた二人のナースを、見上愛・上坂樹里のダブル主人公が演じるNHK連続テレビ小説『風、薫る』の第4週「私たちのソサイエティ」が放送された。

はじめに言ってしまうと、これまで本連載でも何度か指摘した展開の早さは今週も同様で、りん(見上愛)と直美(上坂樹里)に、一気にトレインドナースへの道が開かれることとなった。「いったいいつになったら『怪談』を書くのか」「『アンパンマン』の登場は?」「ウイスキーはいつ作るんだ?」などなど、史実をもとにして制作された朝ドラは、本来のテーマのようなものにとりかかるまで、想像以上に〝引っ張る〟ことがある印象を持つ方も少なくないのではないだろうか。

朝ドラのひとつの見せ所ともいえる結婚・出産にしても、りんに関しては猛スピードで離婚からの上京まで描かれているという、まだ放送開始1ヶ月としては異例ともいえるテンポ感だ。

ある日、直美は捨松(多部未華子)とともに炊き出しの手伝いに参加した。そこにはりんと牧師の吉江(原田泰造)の姿もあった。その炊き出しの場で、一人の少年が突然体調を崩す。何らかの感染症などの恐怖もあり周囲が手を出すのをためらうなか、少年に駆け寄ったのがりんと直美だった。その姿を見た捨松は、何かを確信したかのようにこう言った。
「トレインドナースになりませんか?」

これまで少しながらの接点はありつつも、生まれも育ちも全く違う二人の主人公の歩む道が、この一言で1つに合わさることが捨松の直感によって提案された。ナース、看護師とは、人のためとなるエッセンシャルワーカーのひとつ、現代の視点からは素晴らしい職業であるという感覚がある。しかし、舞台となる明治時代の前半、看護の仕事は貧しき者がつく仕事という認識があった。りんの母・美津(水野美紀)は「下女」と言い捨て、元家老の家系の娘がやるようなものではないとされるような扱いである。

そういった状況から、二人がどう新たな道を切り開いていくものなのかと、本作のテーマが感じられてくる。しかし、そんな時代背景もあり、二人はいったん捨松の提案を断る。

ところで捨松の言う「トレインドナース(trained nurse)」とはどういう存在なのだろうか。「近代看護の母」と呼ばれたフローレンス・ナイチンゲールは「ナース(看護師)」を職業として確立させた。「トレインドナース」とは、正式な教育や訓練を受けた看護師を指す言葉である。つまり、看護という概念を、奉仕から職業に変えたわけである。捨松が「トレインドナース」と言うのは、まだまだ偏見のようなものが存在する「看護」というものを、二人にそれを職業としてほしいと見込んだからだ。ここからも、時代の大きな転換点、文明開花の側に立つ捨松という存在が導く、現代に連なる近代看護という新たな視点の重要さ、そして二人にそれを担ってほしいという思いが窺い知れるところだ。一度は断った二人がどう決意していくのか。序盤の山場といっていい展開だ。

二人それぞれは、どう気持ちを変容させていくのか。

二人それぞれが、同じ方向を目指して歩き始めた

まず、直美はといえば、海軍中尉・栄介(藤原季節)との交際が進み、結婚へと話が進んでいく。しかし、この栄介が詐欺師の勘太であったことが判明する。アメリカに行って成功するという夢がいったん潰えた直美の選ぶ逆転人生の希望は、結婚によってのものだったが、それが崩壊してしまったことになる。しかし、そんな直美自身もまた、自らの身分を偽ってきたわけでもある。この一件が直美の気持ちを根っこから大きく揺らがせる。鹿鳴館に向かった直美は、捨松にこれまで身分を偽ってきたことを告白する。偽りなく、自分の力で立って生きていく、トレインドナースへの道へと大きく一歩を踏み出すきっかけとなった。

いっぽうのりんはどうか。前述したように、「看護」への認識の理解度の低さ、地位の低さ、加えて女性が働くこと、職業婦人というものも世間的には理解があるはずもない時代だ。偏見というよりも、それが当たり前とされた時代だ。男女雇用機会均等法が制定されるのは、戦後からもだいぶ時期を要するような、この作品からは遥か遠い未来の話である。そんなところに自然なかたちで切り込んできたのが、謎多き青年・シマケンこと島田健次郎(佐野晶哉)だった。シマケンとの会話の中で、看護の本質について何かに気づく。そして、母ばかりでなく、自分自身にも看護に対する偏見があったことに気がつく。

コロナ禍などを経て、現代の世のエッセンシャルワーカーの大切さと大変さ、それに見合うものが今なお十分ではないのではないかという問題も浮き彫りになったが、現代に連なる、人の日常生活の維持のための仕事への理解度をあらためて刻んでいかねばならないと思わせてくれる構成は、そこにさまざまな思いが込められているような気がする。

あらためて亀吉(三浦貴大)との離縁、そして娘の環(宮島るか)の親権の獲得などを経て、「私のすごろくの上りはもう奥様じゃない」と、揺るぎない決意を表明する。ことあるごとに「また間違えた」と後悔し続けてきたりんの人生において、この選択はきっと「間違い」ではないはずだという希望をともないながら強く響く。

そして看護学校入学式。りんと直美は再会する。二人それぞれが、誰かに選ばれるのでなく、自分の足で立って歩くという生き方を選び、同じ目標のもと、同じ方向を目指して歩き始めた。

元記事で読む
の記事をもっとみる