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町田康『家事にかまけて』第21回:寝具の重要性

  • 2026.4.25
寝具を整えるイラスト

人間にとってもっとも重要な物はなにか? と問うたら人はなんと答えるだろうか。ある人は食べ物と答えるかも知れない。ある人は家(house)と答えるかも知れない。そして多くの人がお金の重要性を説くだろう。

この時、人間にとって、という部分を、自分にとって、と変えると、又、答えが違ってくる。ある人は義歯(いれば)と答えるのかも知れないし、ある人は自動車と答えるのかも知れないし、そして多くの人がお金の重要性を説くに違いない。

将又、重要な物、の、物、の部分を、もの、と平仮名で書くと、自ずと答えは異なって、ある人は家族(ファミリー)と答えるかも知れぬし、ある人は公平(fairness)と答えるかも知れぬし、そして多くの人がお金の重要性を説くと思われる。

と言うと、「なんや、結局、金かいっ」と突き込んでくる大坂人があるのかも知れない。それに対しては、「然り。真に重要なのは金である」と答えるより他ない。なんとなれば、今の世の中は金力の世の中、それが物であろうが「もの」であろうが、大体は金と交換できる。それは貧乏人にとっては悲しいことだが事実である。

しかし、これを、人間にとって、或いは、自分にとってもっとも重要な事はなにか? とすると、金とは言い切れなくなってくる。なぜなら、お金は物であり、それと同時に概念ではあるが、イベントではないからである。

これは貧民にとっては心温まる考えだ。なぜなら必ずしも金がすべてではない、と思えるから。

で、その上で改めて、人間にとってもっとも重要な事はなにか? と問えば、そんなものは人それぞれで、一概には答えられない。だが、「自分にとって」なら答えられる。と云うか、自分にとって「しか」答えられない。

俺にとってもっとも重要な事はなにか。

明確に言える。それは睡眠である。

俺は実は食をあまり重要視していない。理由はいろいろあるが、マア一言で言うと、面倒くさいからである。又、俺は異性(ご婦人)との交際を重要視しない。理由は種々あるが、マア一言で言うと相手にされないからである。

しかし睡眠は、睡眠に関してだけは若い頃から重視していた。

その頃、俺は無頼な生活を送っていて、人の家に雑魚寝をすることがよくあった。そんな折、誰よりも睡眠を重視する俺は、あらゆる奸計と術策を用いて、数少ない布団を我が物とし、もっとも安眠できそうな場所を確保して睡りに就いた。そんな俺の悪行にやがて気がついた仲間は、「利己主義者」「我利我利亡者」など言って批判、そんな風に言われて、俺の心は随分と傷ついたが、それでも俺は良質な睡眠を確保したかったし、実際にした。

つまり何が言いたいかと云うと、さほどに俺は睡眠を重視してきた、と云うことを言いたいのである。

では睡眠にとってもっとも重要なものはなにか、というとそれは今も言うとおり、安眠できそうな寝場所と布団などの寝具であるが、この二つのうちより重要なのは、はっきり言って寝具である。理由はいろいろあるが、マア一言で言うと、問題は睡りに就くまでで、睡ってしまえば場所は関係なくなるからである。これは死んでしまえば自分を煩わせていた多くの問題が、煩わしく思う主体がなくなることを主たる理由として、どうでもよくなるのと同一である。

という訳で、事から敷衍すれば、俺にとってもっとも重要な物は、寝具、ということになる。ところが。

少し前、俺はその重要な寝具について、随分と無頓着に過ごしてきた、ということに気がついた。俺はこれまでずっと、木枠にマットレスを置き、その上にパッドの如きもの、その上にシーツ、を敷いて横たわり、なんだかよく訣らない布団を布団カバー、ってものに突っ込んでひっかぶり睡眠してきた。マア、それ自体は平均的というか、普通というか、そういう風にして寝ている人は少なくないと思う。だがしかし。

それをいつ、幾らで、どういう経緯で購入し、その結果、家にあるのか、ということについての記憶がない。ということはつまりマットレスに何にしろ間に合わせで購入した安物、ということである。あかんではないか。

ならば。睡眠を人生の最優先課題とする俺はとしては、これを早急に買い替える必要がある。そこでマットレスを買い替えるべく、さまざまの買物サイトでこれを検索してみた。その際、俺は、当たり前の話だが、「価格‥高い順」の釦を押した。睡眠をなにより重視しているので。それで一番上に出てきたマットレスの価格を見て俺は我と我が目を疑った。あろうことか、三一万九〇〇〇円とほざいていやがるのだ。舐めているのか。俺はそんなものは高くても三万円くらいだと思っていた。なので、これは俺の見間違いではないか、と思い、改めてよく見ると、確かに見間違いで、実際には三一九万円であった。

ココココココココ。マットレスに三一九万円。バカなのか?

そんな考えが頭に浮かんだ。それはしかし自らの思想の否定であった。それをバカと言ってしまったら、なによりも睡眠を大事にしてきた自分。仲間を裏切ってでも睡眠だけは守り通してきた自分。その自分の人生がなんの意味もなかったと認めることになる。なってしまう。

そうならない為にはこれを「ポチッとする」しかない。そうすると銀行口座から三一九万円がなくなる。そうすると、俺が所有し、保持している、人間にとってもっとも重要な物と概念の大半が霧消してしまう。果たして睡眠と引き換えに、そんな大事なもの・物を失ってよいのか。しかし世の中には一夜の愉快の為にそれくらい使う人間もいる。マットレスだったら十年は愉快に睡ることができる。え? 愉快に寝るってなんだよ? 寝ているときは意識がなく、死んでいるのと変わらない状態だ。愉快もなにもない。それに三一九万円? ふざけるな。

思いは千々に乱れ、懊悩の揚げ句、俺はシーツ二枚を購入した。被害額は五九九〇円に留まった。シーツはこれまで使っていた、平の一枚布であったが、今度のはボックス型で、寝ていてくしゃくしゃにならず、又、なんといっても新品のシーツは清潔感があり、気持ちがよく、俺にとってもっとも重要なイベントを毎晩、開催している。

はずなのだが、その実感は日ごとに薄れ、ことに最近は夜中にふと目が覚め、「俺の人生、こんなことでいいのだろうか」と考えて、そのまま眠れぬことも間間あって、やはり三一九万円のマットレスを買わぬとあかぬのか、とも思うのだが、それを買っても駄目だった時のことすら考えてしまい、やむなくシーツと布団カバーを洗濯する回数を増やそうとは思っているが、シーツや布団カバーの交換は死ぬほど面倒くさく、思うだけでなかなか実行に移せない。酔生夢死。そんな言葉が頭に浮かぶ。馬酔木が咲いている。

profile

町田康

まちだ・こう/1962年、大阪府生まれ。作家。『くっすん大黒』でBunkamuraドゥマゴ文学賞、野間文芸新人賞、「きれぎれ」で芥川賞、『告白』で谷崎潤一郎賞、『宿屋めぐり』で野間文芸賞など受賞多数。他の著書に「猫にかまけて」シリーズ、『しらふで生きる』『口訳 古事記』『俺の文章修行』『口訳 太平記 ラブ&ピース』など。

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