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「おはよう!」41歳で短大入学。初日、教室を凍りつかせた挨拶から、最後は「ママ」と呼ばれるようになるまで

  • 2026.4.16

41歳、離婚を機に保育士を目指し短大へ入学。18歳の若者に囲まれ「何この人」と浮いていた筆者が、いかにして周囲と打ち解け、最後には「ママ」と呼ばれるまでになったのか。人生を塗り替えた2年間の物語です。

画像: ftnews.jp
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41歳からのリスタート。選んだのは「保育士」への道

離婚が決まったとき、私は41歳でした。
悲しむ暇もなく頭をよぎったのは、「これから息子とどうやって生きていくか」という切実な問題でした。

「手に職をつけなければ」。そう決意した私が選んだのは、保育士の資格を取るために短大へ入学することでした。
40代にして、もう一度「学生」に戻る。
それは、自分の人生を根底から作り直すための、負けられない挑戦の始まりでもありました。

浮きまくった入学初日

入学初日、気合は十分でした。

大きな声で「おはようございます!」と挨拶をして教室に入りました。

しかし、そこに広がっていたのは18〜19歳の若者たちだけの世界でした。
私の声が響き渡った直後、視線が一斉に集まり、教室は一瞬の静寂に包まれました。
遅れて小声で「おはようございまーす……」と返ってきた、あの何とも言えない気まずい空気感。周囲の視線は困惑に満ちていました。

「場違いだったかもしれない」と思った私は、翌日から忍者のように気配を消し、誰の目にも留まらないようコソコソと後ろのドアから教室に入るようになりました。

「何この人」という無言の壁。それでも私は諦めなかった

最初の数週間は、見えない壁が存在していました。
周囲から漂ってくる「何この人」という空気感。
グループワークの際も、親子ほど年齢が離れた私に対して、学生たちはどう接していいか分からず、なんとなく私だけが輪の外にいるような孤独感がありました。

それでも、私は臆せず話しかけ続けました。
お友達を作るために、ここに来たわけではない。資格を取って、息子と生きていくために来たのだから。
その必死さが、少しずつ私の背中から「余計な緊張感」を消していったのかもしれません。

実習を機に縮まった距離

実習やさまざまな活動を共にするうちに、壁はどんどん低くなっていきました。
ある日、一人の女の子と実習で一緒になった際、子育て経験のある私に、彼女が「子供への声かけ」について相談してくれました。それをきっかけに距離が縮まり、彼女が私を頼って相談してくれるようになったのです。

それに倣うように、周りの子たちも少しずつ話しかけてくれるようになりました。
気づけば「ママ」と呼ぶ子まで現れ、「いや、お姉さんでしょ!」と笑って突っ込めるほどの仲になっていました。彼女たちの若々しい感性に触れるうちに、凝り固まっていた私の心もほぐれていきました。

冷たい空気を塗り替えた。あの2年間が今の私の誇り

2年間の大学生活を経て、無事に保育士の資格を取得しました。
何歳からでも、人生はやり直せます。
あの教室で感じた冷たい空気ごと、私は自分の力で塗り替えることができたのだと、今では誇りに思っています。

41歳で飛び込んだあの場所は、資格だけでなく、「どんな場所でも、自分次第で居場所は作れる」という自分を信じる力まで与えてくれた場所でした。

【体験者:40代・筆者、回答時期:2026年2月】

※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

FTNコラムニスト:森奈津子
海外生活や離婚、社会人での大学再入学など、多彩な経歴を持つライター。現在は幼稚園教諭として保護者の悩みに寄り添うほか、日々の人付き合いの中から生まれるリアルな本音に耳を傾け、多様な価値観に触れてきた独自の視点でそれらを記事にしている。

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