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【黒柳徹子】フィギュアスケート選手「ドロシー・ハミル」の“心の強さ”の秘訣とは

  • 2026.3.29
黒柳徹子さん
©Kazuyoshi Shimomura

私が出会った美しい人

【第47回】フィギュアスケーター インスブルック冬季五輪金メダリスト ドロシー・ハミルさん

みなさん、オリンピックはご覧になりましたか? 今回はとくにフィギュアスケート勢の活躍が話題でしたが、私も大好き! オリンピック競技ではあるけれど、技を競うというより、美しさに心を揺さぶられるところは、スポーツというより氷上の芸術と呼ぶほうが相応しい気がします。他の競技と違って音楽があって、振り付けがあって、衣装があって、ヘアメイクがあって……。短い時間の中で、美しさの粋(すい)を結集した世界観を生み出すなんて、まさに総合芸術ですね。曲がりなりにも音楽大学を出た私は音楽のことも気になりますし、舞台女優でもあるので、衣装にも目が行きます。そして髪型! 今回は、ポニーテールにしている選手が目立ったように思います。もしかしたら、フィギュアスケーターの髪型にも、流行があるのでしょうか。

そもそも、世間がフィギュアスケートに注目するようになった札幌オリンピック(1972年)やオーストリアのインスブルックオリンピック(76年)では、女子スケーターの髪型はショートカットが主流でした。日本でヴィダル・サスーンさんというヘアドレッサーが有名になったのも、札幌オリンピックで一躍スターになったジャネット・リンさんというスケーターの髪型を、彼が担当していたことがきっかけ。次のオリンピックでは、私の大親友で、ニューヨークで大成功を収めたヘアドレッサーの、須賀勇介さんが、アメリカ代表のドロシー・ハミルさんのヘアを担当し、見事金メダルに輝きました。ドロシーさんの髪型は「ハミル・カット」と呼ばれ、一世を風靡したのです。

須賀さんがドロシーさんのヘアを手がけるようになったのは、ご本人からの「コンペティション用のヘアを作ってほしい」という指名があったから。まだ19歳だった彼女は、年相応に無邪気だったけれど、その時点でもう何年間も毎朝5時前に起きて、一日8時間の練習を一日も欠かさなかったそうです。すごい。

「普段はもうちょっと長いほうが似合うけど、氷の上で回転すると、髪が広がって実際より5センチほど長く見える。それが重たい。でも、短くしすぎると髪の揺れがなくなって面白くない」と思った須賀さんは、試行錯誤の末に、ショートカットとミディアムの中間みたいな、ボブヘアにたどり着きます。その髪型で全米チャンピオンになると、次のオリンピックで、見事金メダル! 須賀さんは、彼女がスピンしたときの髪型を、「氷上を回転する髪が、鳥が翼をふわりと広げて、彼女の頭上で舞うように八方に広がって光の輪を描き、やがて彼女が静止すると、何事もなかったかのように翼をおさめて、元に戻る」と表現しています。激しい動きで滑り終えたばかりなのに、きちんと元のヘアスタイルに戻るのは、高等テクニックがないと難しいことを、ドロシーさんもわかっていたのでしょう。優勝した直後に、「サンクス、ミリオン・フォー・ザ・ラッキー ヘアカット・ラブ」という電報が届いたそうです。

アメリカに帰国したドロシーさんは、真っ先に須賀さんのサロンにヘアカットに向かいますが、そのときにはテレビや雑誌の取材の人が大勢ついてきて、須賀さんのサロンは大変な騒ぎに! スピンする彼女の髪が、鳥の翼が回転して光を集めているように見える写真が「タイム」誌の表紙を飾ったこともあり、ゴールドメダリストへの質問なのに、ヘアカットについても質問攻めにあって、ビックリしたみたい。

アメリカに帰国したドロシーさんは、真っ先に須賀さんのサロンにヘアカットに向かいますが、そのときにはテレビや雑誌の取材の人が大勢ついてきて、須賀さんのサロンは大変な騒ぎに! スピンする彼女の髪が、鳥の翼が回転して光を集めているように見える写真が「タイム」誌の表紙を飾ったこともあり、ゴールドメダリストへの質問なのに、ヘアカットについても質問攻めにあって、ビックリしたみたい。

なぜそんなにも「ハミル・カット」が注目されたかを、須賀さんは、冷静に分析しています。

「もちろん、ドロシーが金メダルを取ったことが最大の理由だけれど、それまでアメリカではずっとロングヘアが流行っていて、新しいスタイルを求めていた。アレンジ次第では、誰にでも似合う髪型だったことも良かったんじゃないかな」

ドロシーさんはその後プロに転向しますが、須賀さんは彼女に呼ばれたらどこへでもヘアカットをしに行ったんですって。恋愛して結婚して、破局が訪れたときもそばにいたけれど、ドロシーさんは、須賀さんに一言も愚痴をこぼさなかったそうです。

オリンピックを見ていると、「たくさん練習してきたんだから私は大丈夫」と、自分を信じる強さが大切なんだろうなと思います。でも、フィギュアスケートの場合、その「大丈夫」の中に、衣装や音楽や振り付けやヘアメイクなどなど、関わってくれた全てのものに対して、「大丈夫」と思えることがお守りになるんじゃないでしょうか。私にとっても、須賀さんと一緒に考案して、のちに久米宏さんが名前をつけてくれた「玉ねぎヘア」は、人前に出るときの、大事な大事なお守りです。

ドロシー・ハミルさん

フィギュアスケーター インスブルック冬季五輪金メダリスト

ドロシー・ハミルさん

1956年シカゴ生まれ。1976年インスブルック冬季五輪フィギュアスケート女子シングル金メダリスト。オリンピック後、世界選手権で優勝し、プロに転向。シャンプーのCMなどでも活躍。1983年から87年まで、世界プロフィギュア選手権で5連覇達成。2000年にフィギュアスケートの世界殿堂入りを果たした。

─ 今月の審美言 ─

金メダルを取った直後、ヘアドレッサーの須賀さんの元に、「ヘアカット・ラブ」という電報が届いたそうです。

取材・文/菊地陽子 写真提供/Getty Images

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