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客「前のバスを追って!」→予想外の理由と展開に、タクシー運転手「今でも忘れられません」

  • 2026.4.9
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出典:photoAC ※画像はイメージです。

こんにちは。現役タクシードライバーのけんしろです。

ドラマなどで、「前の車を追ってください!」という場面を見たことがある方は多いと思います。
私にはそんな劇的な経験はありませんが、一度だけ言われたことがあります。

「前のバスを追ってください!」

そう言われたのは、平日の午後3時ごろ。
小走りで乗ってこられた50代くらいの女性のお客様でした。
ドアが閉まるなり、そうおっしゃったのです。

車ではなく、バス。

片側2車線の道路を走るそのバスは、約200メートル前方。間には一般車も何台も入っています。

1時間に1本のバスに乗りたい

事情をうかがうと、そのバスは郊外へ向かう1時間に1本の路線とのこと。

目的地まで行くとなると、バスなら約700円、タクシーなら約7000円かかります。

だから何とか途中の停留所からでも乗りたい。そういう事情でした。

理由がわかると、こちらも「何とかしてあげたい」という気持ちになります。
ただ、気持ちのままアクセルを踏み込めないのが、この仕事の難しいところです。

急ぎたい。でも急げない

タクシーは安全第一です。デジタルタコメーターで運行状況も厳密に管理されており、制限速度を超えるような無理な運転は絶対に許されません。車にはデジタルタコメーターがついていて、速度も運行状況も記録されます。

「少しくらい大丈夫」は通用しません。

何より、無理な追い越しは危険です。

そこで私は制限速度の範囲内で、周囲の交通状況を見極めながら、可能な限りスムーズでロスのない走行を心がけました。お客様には『急いでいますからね』という空気だけでも伝えたかったのです。

基本的には流れの良い右車線を走行し、右折車が多く詰まりやすい交差点では左車線へ進路変更しました。
そうやって経験を頼りに冷静に距離を詰めていきました。

「追いつけそう?」

バックミラー越しに不安そうな声が飛びます。

「たぶん大丈夫ですよ」

そう答えながら走り、目的地までの中間あたりで、ついにそのバスに追いつくことができました。

忘れられないバス運転手さんの表情

私は停留所付近の駐停車禁止エリアを避け、バスの運行や他車の妨げにならない安全な場所にタクシーを停めました。お客様が慌てて財布を出そうとされている間、私は急いでバスの運転手さんのところへ行き、

『出発時刻までにお客様が乗られますので、よろしくお願いいたします』とお伝えしました。

あのときの運転手さんの顔は、今でも忘れられません。

驚いたような、あきれたような、それでいて事情は察してくださったような、なんとも言えない表情でした。
たぶん、運転手さんから見ても、かなり珍しい光景だったと思います。

それでも少し待ってくださり、お客様は無事にバスへ乗り継ぐことができました。

寄り添いたい気持ちと、安全の現実

あの日あらためて感じたのは、タクシー運転手はお客様の気持ちに寄り添いたい仕事でありながら、何でもその通りにできる仕事ではない、ということです。

もし事故でも起こしてしまえば、お客様を助けるどころか、もっと大きな迷惑をかけてしまいます。

「タクシーは公道が仕事場だ。だからプロとして模範的な運転をしなければならない」
新人研修のときに何度も聞いた言葉です。

「急いであげたい」という気持ちと、「安全に目的地までお送りする」という現実。

タクシー運転手は、お客様の気持ちに寄り添いながらも、最後は安全を優先しなければならない。
そんな当たり前を、あの少し大きめのエンジン音と、バス運転手さんの忘れられない表情が、今でも思い出させてくれます。


ライター:けんしろ

現役タクシードライバー。
日々さまざまなお客様と向き合う。現場での経験をもとに、移動の裏側にある人間模様や、サービス業における対応力について発信。密室空間だからこそ見える感情の機微を大切に、実体験をもとにしたコラムを執筆している。


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