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山上徹也被告はなぜ安倍氏を狙ったのか。教団からの5000万の返金とSNSの記録から深層に迫る『絶望の凶弾』【書評】

  • 2026.3.22
絶望の凶弾-安倍元首相銃撃事件山上被告を追った1294日 読売新聞大阪本社取材班 /中央公論新社
絶望の凶弾-安倍元首相銃撃事件山上被告を追った1294日 読売新聞大阪本社取材班 /中央公論新社

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2022年7月8日、速報で流れたニュースに、みなが目を疑った。民主主義の根幹である選挙中に、元総理の安倍晋三氏が銃撃されるという未曾有の事件が起きたからだ。

懸命な治療が行われるも、安倍元首相は逝去。現行犯逮捕された山上徹也被告が語った“旧統一教会への恨み”という動機は当初、奇異に聞こえた。

だが、被告の生い立ちや宗教2世としての苦悩が明らかになると、彼に向けられる世間の視線には変化が生じていった。

『絶望の凶弾-安倍元首相銃撃事件 山上被告を追った1294日』(読売新聞大阪本社取材班 /中央公論新社)は、この事件の背景を徹底的に取材した1冊だ。取材班は周囲への取材だけでなく、山上被告がSNSやブログに書き込んでいた言葉も掘り起こし、彼が凶行に至るまでの「空白」を徹底的に調べ上げた。

真面目で正義感が強い、優等生。それが、同級生などによる山上被告の印象だ。視力の低さにより消防士の夢を諦めた後は海上自衛隊に入隊。献金によって困窮する家族を助けていた。

宗教にのめり込んだ母親が多額の献金を行ったことで起きた凶行――。この事件は世間で、そうラベリングされているだろう。だが、取材班は新たな切り口から、犯行の動機を考察。献金問題だけが凶行の理由だったのだろうか、という疑問を読者に投げかける。

実は山上被告、自身の自殺未遂を機に教団から献金のほぼ半分である5000万円を返金されていた。山上被告の自殺未遂で事の深刻さを知った弁護士の伯父が返金を要求したからだ。教団からの返金は、2005年から9年にわたって行われたという。

もちろん、こうした対応で心が完全に落ち着いたとは考えにくい。だが、返金により、金銭的な問題は解決へ向かい、山上被告も前向きに人生を生きようと思えたという。

では、なぜ事件は起きたのか。その答えと思えるような出来事や山上被告の心理が、本書には詳しく綴られている。山上被告の裁判での供述だけでなく、取材班や犯罪心理学者の客観的な考察も本書に明記されているため、多角的な視点から事件の背景を考えることができるだろう。

本書では最大の疑問である“標的が安倍氏になった理由”も考察している。取材班によると、山上被告は、かつてSNSで安倍氏を「統一教会と同視するのはさすがに非礼」と投稿したことがあったそうだ。にもかかわらず、なぜ安倍氏を銃殺したのか。本書を手に取ると、その答えに少し触れられたように感じ、より一層この事件が起きた意味を考えさせられた。

なお、事件の本質を知る上では、山上被告の母親が取材や裁判で語った言葉にも着目してほしい。事件後、母親は親子関係を振り返り、物分かりのいい山上被告を後回しにした自覚があったことや家族間の話し合いが足りなかったことへの反省を語ったそうだ。

実際、山上被告は親子関係の希薄さをSNSで明かしている。

引用----

《言葉では心配している、涙も見せる。だが現実にはどこまでも無関心。(中略)こんな人間に愛情を期待してもみじめになるだけ》(P257~258/引用)

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母親自身も宗教被害者ではあるが、この思いを投稿した時、山上被告は何を考え、どう生きていたのだろうか。

妹の学費を稼ぎ、母親への兄の暴力を止めていた山上被告は家庭の中でも優等生。まるで、歪な家族関係を繋ぎ止める接着材のような存在だった。だが、一方で彼の心を気にかける存在はおらず、高校の卒業アルバムに書いた将来の夢は石ころだったという。

もし、子ども時代に彼の心を気にかけ、じっくり話を聞く大人がいたら、未来は違ったものになっていたかもしれない。この事件は宗教2世問題として捉えられているが、彼の半生にはきょうだい児問題や家庭内暴力、父親のアルコール依存症など、他の社会問題も詰め込まれていたように感じられた。

だからこそ、同様の事件の再発を防ぐには宗教被害者や宗教2世への救済法を打ち出すだけでなく、他の社会問題に対する社会的な支援を手厚くしていくことも大切だと私は思う。

どんな理由であれ、山上被告の凶行は許されるものではなく、彼を宗教2世の英雄として神格化するのも被害者感情を無視した行為だ。ただ、彼が殺人を犯すまで追い詰められていたのは事実。重大事件が起きると、人は自然と悪者探しをしてしまうが、本当に大事なのはひとりで苦しみを抱えすぎないよう、社会の仕組みを整えることだ。

今後の裁判で、山上被告はどんな表情を見せ、何を語るのだろうか。前代未聞の銃撃事件は、重い学びを授ける。

文=古川諭香

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