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【豊臣兄弟!】新たな面白き世を作ることを夢見る豊臣兄弟(仲野太賀、池松壮亮)。異彩を放つ竹中半兵衛(菅田将暉)の動向はいかに?

  • 2026.3.20

【豊臣兄弟!】新たな面白き世を作ることを夢見る豊臣兄弟(仲野太賀、池松壮亮)。異彩を放つ竹中半兵衛(菅田将暉)の動向はいかに?

2026年のNHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」。今まであまりスポットライトの当たることのなかった豊臣秀長を主人公に、戦国時代がどう描かれるのか? ここでは、ストーリー展開が楽しみな本ドラマのレビューを隔週でお届けします。今回は、第9回「竹中半兵衛(はんべえ)という男」と第10回「信長上洛」です。

第9回「竹中半兵衛という男」

第8話では、祝言直前に許嫁である直(なお/白石聖)を亡くした小一郎(仲野太賀)。それでも悲しみに浸る暇もなく、兄・藤吉郎(池松壮亮)を通じて、主君である織田信長(小栗旬)からの命は途切れなく降ってくる。姉・とも(宮澤エマ)にも、「わしは大丈夫。兄者が次から次へと無理難題を押し付けてくるので気落ちしている暇がない」と、新たな使命に向かっていくのだ。小一郎の気持ちとは裏腹に、戦国の世はすさまじい勢いで移り変わっていく。

この物語で兄弟を颯爽と見せているのは「新たな面白き世をつくる」という織田信長の考えに彼らが共感して、それを信じて明日を夢見ているところだ。もちろん戦続きの戦国時代ではあって、信長を敵に回せばこれほど怖い者はいないのだが、しかし気働きができ、自ら工夫をして役に立っていく者は引き立てていくという、信長ならではの「公平性」や「機会均等」のようなものが、この兄弟を通して描かれている。

百姓の身分を捨て、そうした世の流れに賭けてみたいと思う小一郎の気持ちを、誰よりも理解し、後押ししたのが直だった。この回はその支えを失った小一郎がこの先どう生きるのか、それが見どころのひとつ。そして、タイトル通り、前回から登場した男、山中に庵を結び、謎の言動をとる竹中半兵衛(菅田将暉)とは何者か、これからこの乱世をどう動くかというところが、もうひとつの注目ポイントだ。

竹中半兵衛の素性は、美濃の斎藤龍興(たつおき/濱田龍臣)の家臣で天才的な軍略家だった。主君である龍興との不仲により亀裂が生じ、現在は美濃の山中に蟄居(ちっきょ=自宅謹慎の刑)を命じられている。そして信長は藤吉郎、小一郎の兄弟に、この半兵衛を調略せよと命じてきた。そのため、二人は蜂須賀正勝(はちすかまさかつ/高橋努)とともに、龍興方に気取られないように猟師の格好で美濃領内を歩いていった。

一行はその庵に入って早速話し合いを始める。半兵衛は自身について、幼い頃から病弱で、戦場に出ることがかなわなかったので、戦術を考えることに専念したと話した。庵の中には、数々の戦に関わる絵図や書物、そして小牧山城の模型までが置かれていて、それらや言葉の端々からも、この人物の異才が感じられるのだった。

小一郎たちは、半兵衛が信長の味方になってくれたら、竹中家の城である菩提山城を修復するための金銀を出すと約束するが、半兵衛ははっきりとした答えは出さない。

翌日、稲葉山城の斎藤龍興は、織田の家臣が半兵衛に接触したとの情報をすでに得ており、安藤守就(もりなり/田中哲司)にこう命じる。「本来のところ切腹のところを、お主に免じて改易(かいえき=身分の取り上げの刑)、蟄居ですませてやったのじゃ。が、それもここまでじゃ。竹中半兵衛を殺せ」

小一郎たちは再び、菩提山城に逃げていた半兵衛を訪ね、説得を試みるが、「古代中国・宋の書物に登場する有名な軍師が、三度の礼を尽くされて初めて誘いを受け入れた」という話をして、またしても答えをはぐらかされてしまう。そして帰り道、小一郎たちは守就の家来たちに捕らえられ、その居城である北方城に連れていかれた。

どんな手荒な逆襲を受けるのかと戦々恐々としていると、彼らの前に、安藤守就、稲葉良通(よしみち/嶋尾康史)、氏家直元(なおもと/河内大和)の美濃三人衆が現れ、意外にも現主君である斎藤龍興に対する不満を吐露したうえで、「われらは今このときより織田様に従いまする」と述べて驚かせる。

小一郎たちは、守就たちを従えて三度、半兵衛を訪ねる。険しい山道の中、藤吉郎が抜け道を見つけ、そこを一行は通って半兵衛を訪ねるが、半兵衛の姿はなかった。

美濃三人衆が寝返ったという知らせを受けて、信長は稲葉山城への攻撃を始める。城下に火が放たれ、炎が燃え広がっていく中で、龍興が慌てふためいていると、そこに半兵衛が現れる。半兵衛は「この半兵衛が御屋形(おやかた)様をお助けする」と伝える。

城の外では、そんな半兵衛の策に織田方となった稲葉良通率いる兵が苦戦していた。引き上げるべきかと信長に問うと、攻め続けろと指示される。そんななか、龍興は一人抜け道を通って逃げ出そうとして、半兵衛に見咎められる。

そこへ抜け道の逆方向から小一郎たちが姿を現した。「なぜこの抜け道を?」と訝る半兵衛に小一郎が答えた。「安藤殿が教えてくれたのじゃ。あの菩提山城、以前、竹中殿が手を加えた部分が稲葉山城の造りとよく似ていると。それで思い当たった。もしやあの城は、竹中殿が稲葉山城を攻略するために実物を模して作ったのではないかと。とすれば同じ抜け道がこの稲葉山城にもあるはず。読みが当たったわ!」

そして、藤吉郎が続ける。「竹中半兵衛殿、これが三度目じゃ! われらの仲間になってちょーだい!」半兵衛もついに観念して頭を下げた。「まことに強い相手とは、お味方になるよりは戦ってみたかった。参りました。これよりは織田家のために尽くしまする」

気の張る使命を終えた小一郎は、美濃攻略の成果を報告しに直の墓を参っていた。だが、「お前がおらんのやったらどうでもええ。わしも少し休みたい」と言って、腰の刀を抜いて墓前に置いてしまう。そこへ背後から叱責が飛んできた。「死ぬんか。それとも侍を辞めるっちゅうことか」。驚いて振り向くと、声の主は直の父・坂井喜左衛門(きざえもん/大倉孝二)であった。直を村から連れ出したあげく、死なせてしまったことをひたすら詫びる小一郎を、喜左衛門は「やめい、うっとうしい」と一喝。「銭をよこせ、直と賭けをしたのじゃ」

聞けば、生前、直は喜左衛門にこう小一郎のことをこう伝えていたのだった。「あの人はいつも皆が満足しないと気がすまないんです。これで万事円満でござる!って得意げに言うの。戦だって争いごとはなくならないかもしれないけど、無駄な殺し合いはなくすことができるって。とことん話し合って、考えて考えて考え抜けば必ず道はあるって」

それを父・喜左衛門は「ばかばかしい。そんな世なぞ来るはずなかろう」と一蹴。すると直は「できるほうに五百文。私のへそくりのすべてじゃ。いつも調子のいいことばっかり言って、でも、もしかしたら本当にそういう世にできるんじゃないかと騙されたくなる。それが私の旦那様じゃ」

喜左衛門の言葉にはっと我に返った小一郎は、「まだ終わっておりませぬ! その賭け、必ずや直に勝たせてみせまする!」と力強く宣言するのだった。

永禄10(1567)年9月、信長は居城を稲葉山城に移し、その地を岐阜と改めた。その城から城下を見下ろし、小一郎はこうつぶやく。「直、わしは兄者とともに、もっと強うなる。強うなってお前の見たかった世を作ってみせる」。すると直が、隣に立って、いつものあの台詞を言いながら、微笑みかけるのだった。「私すごいな。小一郎ならきっとそう言うと思った」

第10回「信長上洛」

第10回はいよいよ「信長上洛」である。美濃を平定した直後から、信長は「天下布武(ふぶ)」という言葉を打ち出す。天下布武とは、京の都に幕府を再興し、畿内五国(山城・大和・河内・和泉・摂津)を平定し、武士の力で再び世に秩序をもたらすことを意味するものだ。

信長が稲葉山城へ居を移した頃、一人の男が信長のもとを訪れた。明智十兵衛光秀(みつひで/要潤)、後ろには従者も控えていた。藤吉郎と小一郎は、信長の命で明智光秀一行に岐阜城下を案内した。光秀が信長を訪ねた用向きはひとつ、足利義昭(よしあき/尾上右近)を擁して上洛してほしい、そのために協力を仰ぎたいというものだった。その頃、畿内を支配する三好一族が将軍・足利義輝(よしてる)を暗殺したことで、室町幕府は将軍不在という異常事態となっていたのだ。

家臣たちが「殿、ここはよく吟味を」と息巻く中、信長はあっさりと「お引き受けいたす」と返事をする。「心配無用じゃ」と切り捨てると、つかつかと光秀の前に突き進み、いきなりその頭上に太刀を振り下ろしかけた。そして、光秀の素振りを見て、「やはり足利義昭様でございましたか」と、その後ろに控えている従者に話しかけるのだった。皆が驚く中、従者はきまり悪そうな笑いを浮かべて「参ったなぁ。なぜわかった」とその正体を明らかにした。

「今、この乱れた世を救えるのはわししかおらぬ。力を貸してもらいたい」という義昭に、信長と家臣一同はひれ伏してこう答えた。「この織田信長、必ずや義昭様を京へお連れし、天下布武を成し遂げてみせまする」

しかし、藤吉郎から上洛を知らされた小一郎は、状況の厳しさを口にする。京に上るには、その手前にいる大名の六角家と浅井家と争いになると言うのだ。だがそれに対して信長は、妹・市(いち/宮﨑あおい)を浅井家の当主・浅井長政(ながまさ/中島歩)に嫁がせるという手を打っていた。

ある日、市から藤吉郎に直々にお呼びがかかる。すぐに行けない藤吉郎に代わって小一郎が出向くと、「浅井長政殿に文を書こうと思うのだが、うまく書けない。作り話が得意なそなたら兄弟に代筆を頼みたい」と言われる。それは畏れ多いのでできかねると小一郎が断ると、市は頼みを取り下げるが、その表情から不安を察した小一郎はこう告げる。「聞いた話では、浅井長政殿は、秀麗なお顔立ちにて、気性もお優しく、物静かで穏やかな、誰からも慕われるお人とのこと、お市様はきっとお幸せになれまする」

「私も男に生まれたかった。さすれば、そなたのように兄とともに戦うこともできたであろう。周りの男どもが元服し、初陣を飾るたび、いつもうらやましく思うてきた。この婚礼は私の初陣じゃ。これほどめでたきことはない」。小一郎は明るく声をかける。「ならばお市様、どうかご武運を」

一か月後、市は浅井長政に嫁いだ。初めて会う長政は、小一郎の言葉通りの穏やかな気遣いのある優しそうな人物で、市の表情も少しほどけていく。祝言のあと、「我らは帰りますが、お困りごとがあればすぐに駆け付けます」と告げにきた信長の重臣・柴田勝家(かついえ/山口馬木也)に、市は小一郎への言伝を頼む。「嘘から出た誠じゃと。そなたのせいで私は不幸になったと」。冗談がわからず真剣に怒る勝家に、市は「相変わらず無骨な奴じゃなあ。でも長政殿より、私に合うていたかもしれぬ。いっそお前と一緒になるほうがましであったな」とからかい半分に言うと、無骨な勝家は急に口ごもって、慌ててしまうのだった。

市はその後、戦国の乱世に運命を翻弄され、長政との間に三人の娘を産み、長政が姉川の戦いで敗北し自害することとなった後、信長の死後、この柴田勝家と再婚することになる。政略結婚ながら、長政との夫婦仲はよかったと伝えられているが、勝家とも最後まで離れることはなく、勝家が賤ケ岳(しずがたけ)の戦いで敗れた後、市には城外退去をすすめたもののそれを拒み、ともに自決したと言われている。これはまだ先の物語であるが、そう知ってこの場面を見ると、もう一味違う感慨が湧いてくる。

永禄11(1568)年9月、信長は足利義昭を奉じての上洛戦を開始した。信長連合軍はひと月も経たないうちに京へ進軍して、京を支配していた三好三人衆と対決。摂津の芥川(あくたがわ)城での戦いに勝利して、上洛を果たした。

数日後、義昭は朝廷により、第15代将軍に任ぜられた。義昭は、信長を副将軍にしようとするも、信長に固辞されてしまう。義昭は信長の腹の底が見えないことに不安を隠しきれない。

信長は、重臣・丹羽長秀(ながひで/池田鉄洋)に命じて、諸国の大名に「直ちに上洛し、将軍足利義昭様に拝謁(はいえつ)せよ」との書状を出した。この書状にどう応えるかで、誰が敵となるのかが明らかになると踏んでいたのだ。書状を受け取った武田信玄(高嶋政伸)、上杉謙信(工藤潤矢)、徳川家康(松下洸平)ら各大名たちは、それぞれの表情を見せる。

一方、小一郎たちは、信長の計らいで、すっかりすさんでしまった京都の町に立って、民に向けて「ご祝儀じゃ!」と言って、銭を撒いていた。

信長は城から城下を眺めてこうつぶやくのだった。「天下布武など、ただの通り道じゃ。わしはこの日の本を一つにする。天下一統じゃ」

いよいよ本格的になっていく信長の天下一統への野望。これに対してまだまだ純粋な思いで従っている豊臣兄弟だが、やがて彼らも戦乱の中に巻き込まれて、苦い水も飲まなければいけない日が来ることだろう。直に誓った思いを、小一郎がこの先どうやって持ち続けるのか、そこにこの「青春譚」の青空のような希望がある気がする。楽しみに見守りたい。

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