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韓ドラになった歴史人/『薯童謡 ソドンヨ』は出生の謎多き百済の王なのか

  • 2026.3.2

朝鮮半島に古くから伝わる郷歌『薯童謡(ソドンヨ)』をモチーフに、百済(ペクチェ)の第27代王・威徳王(ウィドクワン)の息子である薯童と、新羅第26代王・真平王(チンピョンワン)の娘・善花姫の恋物語を描いたドラマ『『薯童謡(ソドンヨ)』。

同作は時代劇の巨匠イ・ビョンフン監督が、百済の姿を復元させようと、多くのトライを試みた意欲作でもあるが、チョ・ヒョンジェが演じる主人公・扶余璋(プヨチャン)は、実在した百済第30代の武王だ。ちなみに薯童という愛称は、彼が(薯)売りをしていたことに由来する。

(写真=SBS)

武王は謎が多く、本当は誰の子どもなのかもはっきりしていない。さまざまな史料によれば、580年ごろに生まれ、600年に百済第30代王に即位。641年に死去したとされているが、有力なのは『三国史記』による、百済第29代法王の息子であるという説だ。

だが、『三国遺事』の武王列伝には、川辺に住んでいた女性と川のなかの黒い竜とのあいだに生まれた息子が武王という伝説があったり、現在の全羅北道の益山市には、「武王は池に住みつく龍の息子だ」という説話が伝えられている。

さらに、中国の南北朝時代(439~589年)の北朝の歴史を記録した『北史』には、「百済・威徳王の息子である武王が使臣を送った」と書かれており、百済・第27代王・威徳王の息子という説もある。

武王は三国時代末期に、百済を率いる王として高句麗・新羅と激しい攻防をくり広げる一方、外交力を発揮して高句麗と同盟関係を結ぶときもあった。このような背景が、新羅と唐の軍事関係強化につながったとも言われている。

【武王の人物データ】
6世紀後半~7世紀中頃

主な登場作品()内は演じている俳優
『薯童謡(ソドンヨ)』(チョ・ヒョンジェ)
『階伯(ケベク)』(チェ・ジョンファン)

文=韓ドラLIFE

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