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看護師「来月から担当が変わります」訪問看護の人事異動を伝えると…直後、患者が突然涙したワケ

  • 2026.3.18
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出典:photoAC(※画像はイメージです)

こんにちは。現役看護師ライターのこてゆきです。

医療の現場では、「当たり前の出来事」が患者さんにとって大きな出来事になることがあります。

異動、担当変更、部署の配置換え。私たちにとってはよくある出来事でも、それが患者さんの心の均衡を揺らすことがあります。

今回は、訪問看護の担当変更を伝えたときに起きた、ある出来事です。

「看護師さんがくる日だから大丈夫」

訪問看護を利用している女性のAさん。双極性障害で、長く在宅療養を続けている方でした。

Aさんには、過去に希死念慮が強まり緊急入院した経験があります。それ以来、外来通院と訪問看護を併用しながら生活を整えてきました。

現在は大きな波もなく、比較的安定した状態。服薬もきちんと継続できていて、日中の生活リズムも整っています。

訪問時には、お茶を出してくれて、最近見たテレビの話や、近所のスーパーの話をすることもありました。

もちろん、調子が悪い日もあります。言葉数が少なくなり、視線が落ちる日もありました。しかしそんなときでも、Aさんはよくこう言いました。

でも「看護師さんが来る日だから大丈夫」

その言葉を聞くたび、私は少し安心した気持ちになっていました。

年度末による担当看護師の異動

年度末が近づいた頃、事業所内で人事異動の話が出ました。

Aさんの担当看護師が、別エリアへ異動することになったのです。訪問看護では珍しいことではありません。スタッフの配置や地域のバランスを考えれば、よくある人事です。

Aさんの担当も、来月から別の看護師へ引き継ぐことになりました。

その日、いつも通りの訪問を終えたあと、私は自然な流れでAさんに伝えました。

「実はですね、来月から担当看護師が変わることになりました」

Aさんは少し驚いたように目を上げました。私は続けて話します。

「別の看護師が引き継ぎます。Aさんも何度かお会いしている方で、とても優しい人なので、安心してくださいね」

しばらく沈黙が流れました。そしてAさんは、小さく笑って言いました。

「そうなんですね…」

表情は穏やかで、いつもと変わらないように見えました。私はその反応を見て、「大丈夫そうだな」と思ってしまいました。

玄関でこぼれた涙「関係をうまくできるか自信がない」

訪問を終え、玄関で靴を履いているときでした。後ろで、小さく鼻をすする音が聞こえました。

振り返ると、Aさんが俯いたまま立っていました。目から、ぽろぽろと涙がこぼれていました。

私は思わず声をかけました。

「どうしました?」

Aさんは慌てて笑おうとしました。けれど、声は震えていました。

「…すみません」

そして、少し間を置いて言います。

また最初から関係を作るんですよね。何度か訪問に来てくれているかもしれないけど…私からしたら新しい人が来たときと同じなんです」

「担当さんって聞くだけで安心したり…なんでも話せる感じがあったんです」

言葉を探すように、Aさんは続けました。

「私、うまくできる自信がないんです」

玄関の小さな空間に、その言葉が静かに落ちました。

「慣れるまで」が怖い

Aさんは、ぽつりぽつりと話し始めました。

「新しい人が来たときって、最初は何を話したらいいのか分からなくて」

「どこまで話していいのかも分からなくて」

「慣れるまで、すごく疲れるんです」

訪問看護では、患者さんの生活歴や病状、これまでの経過を記録や引き継ぎで共有します。

だから、看護師側としては「必要な情報は伝わっている」という感覚があります。しかし、患者さんにとっては違います。

新しい看護師と関係性を構築するために、自分の人生や病気の話を、また最初から説明し直す必要があります。入院歴、つらかった時期、家族との関係、希死念慮のこと。

そのすべてを、もう一度話すのは、決して簡単なことではありません。

Aさんは静かに言いました。

「担当さんだから話せたこと、いっぱいあるんです。また一から…って思うと、ちょっと怖くて」

専門職としての距離感の難しさ

私はこれまで、「専門職として適切な距離を保つこと」を意識して関わってきました。過度に近づきすぎない、依存関係にならない。それは訪問看護では、とても大切な視点だと思っています。

だから私は、Aさんと担当看護師の関係も、どこかで「専門職としての関係」だと思っていました。

しかし、今回の出来事で気づいたのです。

私たちにとっては業務の一部だった関係が、Aさんにとっては、日常を支える一つの柱になっていた可能性があることに。

「関係が終わる」という出来事

異動や担当変更は、医療の現場では珍しいことではありません。

けれど患者さんにとっては、それは単なる業務の変更ではなく、「関係が終わる出来事」として受け取られることがあります。

特に精神的な支えが必要な方にとって、信頼関係を築くまでには長い時間がかかります。その関係が変わることは、心のバランスを少し揺らす出来事でもあるのです。

あの日、玄関で涙を流したAさんを見て、私は改めて思いました。

私たちにとって「当たり前の交代」でも、患者さんにとっては小さな喪失体験に近いものなのかもしれないと。
年度末は、医療の現場でも多くの変化が起きる時期です。異動、担当変更、環境の変化。その一つ一つが、患者さんの心にどんな影響を与えるのか。

私はこれからも、「業務としての変化」の向こうにある、患者さんの気持ちに目を向け続けたいと思っています。



ライター:こてゆき

精神科病院で6年勤務。現在は訪問看護師として高齢の方から小児の医療に従事。精神科で身につけたコミュニケーション力で、患者さんとその家族への説明や指導が得意。看護師としてのモットーは「その人に寄り添ったケアを」。


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