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「命への想い」は、私とは次元が違う——母が語る、ダウン症の娘・書家 金澤翔子さんの生き方

  • 2026.2.11

「命への想い」は、私とは次元が違う——母が語る、ダウン症の娘・書家 金澤翔子さんの生き方

世界各地で個展や公演を開催する、ダウン症の書家 金澤翔子さんが表現する書。翔子さんを世界の舞台で活躍する書家へと導いた、母であり書の師匠である、金澤泰子さんの文。母と子が奏でる、筆とペンの力をじっくりとお楽しみください。

平等なる命と人間の幻想

郊外で行われた翔子の席上揮毫(きごう・大勢の観衆の前で書を書くこと)に、たくさんの人が見物に来てくれた。

人々のなかに、犬を連れた素敵なご夫婦がいらしていた。翔子はその犬に近づき、「どうぞ」と言って両手で丁寧に自分の名刺を差し上げた。犬も悪びれることなく、名刺の前に神妙に座ってじっとしていた。その様子を見てまわりの人々は笑っていた。とても小さな出来事であったけれど、私はそのとき感動で佇(たたず)んだ。翔子にとっては、犬も、人間も、偉い人も、弱い人も、みんな同じなのだ。

私は「命は皆、同じです」とか「命に尊卑はないのではないでしょうか」などと言ってきたけれど、翔子のこの行為の前では、私の平等感なんてとても陳腐に思えた。翔子の「命への想い」は、私とは次元が違っている。花に手を合わせ、どこからでも付いてきてくれる天空の月に「ありがとう」とお辞儀をして玄関に入る翔子は、本気で月の優しさや花の尊さを信じているのだ。きっと翔子にはそこに、ありありと命が見えるのだろう。生きとし生けるものの命は、真に皆同じなのだ。

効率性や合理性を重んじる社会の通念にとらわれず、純粋度が保たれた翔子の魂はどんな時も、愛と平和を望んでいる。愛を持って平和を求める翔子の不思議な強い意志を傍らで見ていると、この世はきっと愛が最も大切なのだと感じる。

翔子はIQが低いことによって、社会の仕組みに入れなかったし、学歴社会にもはじかれた。今思えばこれらのことは幸いであった。今の生産性を重んじる経済優先の社会に入れず、世俗の埒外(らちがい)で育まれたため、競争もなく、他をうらやむこともない。よごれなき魂が求めるものは愛のみ。水際立った純度の高い魂は、宇宙に満ちている大きなエネルギーと溶け合っているのだと思う。

何にも侵されなかった魂に満ちている翔子は、この世の真理、この世界の摂理そのものではないだろうか。翔子の生き方を見ていると、地球は実は愛と平和で成り立っていて、戦争や対立、勝ち負けなどは、人間が作り出してしまった幻想に思える。

金澤泰子 ● かなざわ・やすこ
書家。明治大学卒業。書家の柳田泰雲・泰山に師事し、東京・大田区に「久が原書道教室」を開設。ダウン症の書家・金澤翔子を、世界を舞台に活躍する書家へと導いた母として、書の師匠として、メディア出演や本の執筆、講演会などで幅広く活躍。日本福祉大学客員教授。

金澤翔子 ● かなざわ・しょうこ
東京都出身。書家。5歳から母に師事し、書を始める。伊勢神宮など国内の名だたる寺社や有名美術館の他、世界各地でも個展や公演を開催。NHK大河ドラマ「平清盛」の題字や国連本部でのスピーチなど活動は多岐にわたる。文部科学省スペシャルサポート大使、紺綬褒章受章。昨年12月、大田区久が原に念願の喫茶店をオープンした。 今年は書家デビュー20周年の記念の年となる。

文/金澤泰子 書/金澤翔子


※この記事は「ゆうゆう」2026年3月号(主婦の友社)の内容をWEB掲載のために再編集しています。

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