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中学受験をしたからこそ分かる。ボリュゾ~底辺の辛い戦いを最後まで戦い抜いた全ての同志に伝えたい事

  • 2026.2.6

中学受験、終わりました。まずは全員、生きています。

中学受験が終わりました。合格・不合格という結果以前に、まずはここまで辿り着いたこと自体が奇跡であり、親も子も「よくぞ途中で投げ出さなかった」と互いの肩をポンポン叩き合いたい、そんな気持ちでいっぱいです。我が家は、最後の模試まで成績上位層とはほど遠く、ボリュゾーンから底辺をウロウロと彷徨いながら、時々ズルっと滑り落ち、たまに「え?今回どうした?」という謎の浮上を見せつつ、関西の中学受験をなんとか完走しました。SNSを開けば、相変わらずキラキラした世界が広がっていて、「爆上がり」「偏差値70」「志望校A判定です」という言葉が並びますが、こちらはというと、勝率は低空飛行、精神状態はジェットコースター、親の心拍数は常に高止まり、そんな日々でした。本当に、しんどかったです。これはもう「経験した人にしか分からないタイプのしんどさ」でした。

我が家は弱小チームでした。私?監督じゃなくて三流マネージャーです

中学受験は「親の受験」だと言われがちですが、ボリュゾ〜底辺家庭において、親は決して名将監督ではありません。むしろ役割は、弱小チームでひたすら下働きをする三流マネージャーです。試合(模試)を申し込み、練習(家庭学習)の段取りを整え、朝練(早起き)に付き合い、メンタルが折れかけた選手(我が子)をなだめ、時には自分の方が先に折れそうになりながらも、笑顔を絶やさない役者の役割も担っています。といっても、時々、崩壊する時もありますが。なんとか日々を過ごしてきました。それなりに練習しているのに、それなりに時間もお金もかけているのに、全然、勝てない。「今日も負けか…」「またダメか…」この繰り返しは、地味に、しかし確実に、親の心を削ってきます。たまにラッキーパンチのような結果が出ると、「いける?」と一瞬だけ夢を見るのですが、次の試合で現実に戻される、あの感じ。あれ、ほんとうに、地味に、でも相当、効きます。ネットやSNSにはとっても優秀なお子さんがぞろぞろ。なんでそんなに成績がよいの?もしかしたら、ワンチャン我が家もいける?このママやパパと同じような対策をすれば、我が子もグーンと上がるの?と何度思ったことでしょう。うん。違うね。地方大会を勝ち抜き、全国大会に出場している選手並みにレアな存在なのよ。本当は。

SNSは「上位層の展示場」だと気づいた話

ここで一度、数字の話をします。偏差値65以上というのは、統計的に見れば【上位約6〜7%】です。仮に受験生が1万人いるとしたら、偏差値65以上はおよそ670人前後。つまり、キラキラ発信をしている層は、全体から見れば、ほんの一握りです。一方、偏差値50までの層は全体の約50%、つまり5000人。実は、圧倒的多数派はこちらです。それなのに、ボリュゾ〜底辺家庭の情報は、驚くほど少ない。なぜかと言えば、理由はとてもシンプルで、発信する余裕がないからです。負け続きの中で文章を書く元気なんて出ないし、成功体験としてまとめることもできないし、何より「誰かを励ます側」に回れるほど、心が回復していない。書き出すのもはばかる成績のオンパレード。すごくしんどい。だからみんな、黙って耐えている。静かに、淡々と、必死に。それ、めちゃくちゃ偉いことです。

成績が伸びないと、親は自分を責め始めがち

成績が伸びない時期が続くと、親は不思議なくらい、全部を自分の責任だと思い始めます。教材が悪いのか、塾が合っていないのか、声かけが間違っているのか、そもそも中学受験を選んだこと自体が失敗だったのか。考えすぎて、夜中に布団の中で反省会が始まり、朝には「とりあえず今日もやるしかないか…」と起き上がる、そんな日々を過ごした方も多いのではないでしょうか。でも、これは何度でも言います。成績が伸びない時期がある子は、何もおかしくありません。むしろ、ずっと右肩上がりの子の方が少数派です。ボリュゾ〜底辺にいる子たちは、今、地面の下で必死に根を張っているだけで、たまたま受験本番までに花が咲かなかった、それだけの話なのです。良い所は沢山ありますし、素敵な子供ばかり。では、ここで疑問。こんなにしんどかったのに、

それでも完走できたのは何で?

正直に言えば、途中で何度も思いました。「もうやめたい」「ここまで追い込む必要、あった?」「この選択、間違ってたんじゃない?」それでも、完全に壊れずに済んだのは、ある時ふと気づいたからです。これは人生の勝敗を決める大会じゃない。偏差値は順位表みたいに見えるけれど、人生の成績表ではありません。今日負けても、明日がある。受験で負けても、人として終わるわけじゃない。ある意味、スポーツみたいなもの。ダメだったらダメだけれども子供の価値が下がる訳でもなんでもない。そう思えた瞬間、ほんの少しだけ、呼吸が楽になりました。

中学受験が、静かに残していったもの

中学受験が終わって、手元に残ったのは、合格通知や不合格通知だけではありません。夜遅くまで一緒に机に向かった時間、思うようにいかずに泣いた日、それでも翌朝また立ち上がった姿、負けを受け入れるという、なかなか得がたい経験。これらは、偏差値には換算されませんが、確実に「生きる力」として残ります。国語が得意じゃなくても、うまくいかなくても、つまづき、転び、前のめって、何度も覚悟をくりかえした。それでも前を向いた子は、ちゃんと強い。それを一番近くで見ていた親も、実は相当、頑張りました。

ボリュゾ〜底辺を走り切った、すべての親へ

最後に、ツライゾーンを彷徨った親として、はっきり言います。あなたは、十分やりました。できることは、やりました。投げ出さず、逃げず、子どもの隣に立ち続けました。結果がどうであれ、それは消えません。SNSの眩しさに心が折れそうになった夜も、「なんでうちだけ…」と思った瞬間も、全部、ちゃんと耐えました。声を上げていないだけで、あなたと同じ場所にいた親は、本当に、山ほどいます。中学受験は終わりました。ちゃんと、戦いは終わりました。どうか今は、「よくやったね」と、子どもにも、自分にも、言ってあげてください。心の底から、本当に、お疲れさまでした。

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