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無口な“認知症患者の男性”にチョコを渡すと…返ってきた一言に、看護師が思わず感動したワケ

  • 2026.2.25
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出典:photoAC(※画像はイメージです)

こんにちは。現役看護師ライターのこてゆきです。

病棟で季節の行事を取り入れることには、いつも少しの迷いがあります。

患者さんにとって楽しい刺激になる一方で、病状や記憶の揺らぎによって、こちらの意図とは違う形で心を揺らしてしまうこともあるからです。

それでも、病棟に流れる時間が単調になりがちな中で、季節を感じられる瞬間は、確かに存在します。

今年のバレンタインも、そんな「ささやかな行事」のひとつでした。

感情表現の少ない、穏やかな患者さん

Aさんは認知症初期の高齢男性

普段は表情の変化が少なく、こちらの問いかけにも短い返答が返ってくる程度。感情を大きく表に出すことはほとんどなく、病棟内でも静かに過ごされている方でした。

ご家族の話を自分からすることもほぼなく、奥様についても、こちらから話題を振らなければ出てこない。

看護師側から見ると、「穏やかで手のかからない患者さん」という印象だったと思います。

バレンタインのチョコを差し出したその時

基礎疾患や嚥下状態に配慮しながら、病棟では患者さん1人ひとりに、ささやかなチョコレートを渡すことになりました。

Aさんのベッドサイドに行き、声をかけながらチョコを差し出すと、Aさんは一瞬こちらを見て、静かに首を横に振りました。

そして、ぽつりと。「…家内がいるから」

思わず、こちらが言葉に詰まりました。

普段、妻の話をほとんどしないAさんから出た、あまりにもはっきりした一言だったからです。

記憶が曖昧でも、残っていたもの

後日、奥様が面会に来られた際その話題が自然に出ました。

奥様は一瞬驚いたあと、目に涙を浮かべながら、静かに笑われました。

面会中のAさんは、いつも通り口数は少なく、反応も乏しい。

正直なところ、「妻」という存在を、どこまで認識できているのかは分かりません。

それでも、「奥さんに悪いから」とチョコを断ったその行動には、

夫である自分という役割意識が、まだ心の奥に残っているように感じられました。

記憶は曖昧でも、関係性の感覚だけが、静かに生き続けている。そんな瞬間でした。

行事が浮かび上がらせる、人としての輪郭

もちろん、認知症の症状は一人ひとり異なり、これはあくまで私が出会った一つの光景に過ぎません。それでも、

病状が進むにつれて、失われていくものは確かに多いです。
けれど同時に、役割意識や価値観、誰かを大切に思う感覚が、形を変えながら残り続けることもある。

バレンタインという何気ない行事が、Aさんの中に残っていた「夫としての自分」を、ほんの一瞬、浮かび上がらせました。

チョコを渡せなかったこと自体は、企画として見れば想定外だったのかもしれません。

それでも私は、あの静かな首振りと一言に、失われていない尊厳を確かに感じました。

季節行事は、患者さんの心を楽しませるだけでなく、その人が大切にしてきた人生や役割を、そっと映し出すことがあります。

あの日のAさんの「奥さんに悪いから」という言葉は、看護師として関わる私の中に、今も静かに残っています。



ライター:こてゆき

精神科病院で6年勤務。現在は訪問看護師として高齢の方から小児の医療に従事。精神科で身につけたコミュニケーション力で、患者さんとその家族への説明や指導が得意。看護師としてのモットーは「その人に寄り添ったケアを」。


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