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相手に敬意を払い「謹んで」日々を送ることで、次のステップへの道が現れる【人生が豊かになる言葉の選択 vol.111】

  • 2026.1.7

京都「両足院」の副住職、伊藤東凌さんは「“言葉”は捉え方次第で、人生をもっと豊かにすることができる」と言います。視点を変えることで選択肢が増え、視野が広くなる。そして、自分自身で選んでいくことで、心がもっと成長する。毎週水曜日に配信するこの連載【人生が豊かになる言葉の選択】では、そんな、プラスの循環へと繋がる思考の変換方法を学んでいきます。

現代のお坊さんが説く“人生を豊かにする、言葉の選び方・捉え方”とは? 今回は、自分の環境や周囲の人々へ感謝し「謹んで」日々を送ることで訪れるニューチャプターについて。

謹むとは、相手に最大限の敬意を払い具体的な行動で表すこと

Yuna Yagi

謹んで新年のお慶びを申し上げます。本年もよろしくお願い申し上げます。私はこの年末年始、建仁寺本山の法要でお経をあげる重要な役割をいただき、身が引き締まる思いで謹んでお受けしました。

ここまでで、「謹んで」という表現を2回使ったことにお気づきでしょうか。謹むとは、相手に最大限の敬意を払い、それを具体的な行動で表すこと。こうして新しい年を迎えられることも、大切な役割をいただけることも、決して当たり前ではなく大変ありがたいことです。そう思うと、自分の環境や周囲の人々への感謝が自然と湧き上がり、言葉遣いや所作も、より丁寧で礼儀正しいものになります。

謹んで心を整えることで、次の行動への迷いや油断が無くなる

反対に、新年は毎年やってくるのが普通だとか、自分がこの仕事をするのが当然だという意識に立てば、謹みとは正反対の、敬意や礼儀を欠いた振る舞いが生まれてしまうでしょう。また「慎む」という言葉もありますが、こちらは自分の行動や言動に注意し、控えめに行動すること。それもまた時により大切な態度ではありますが、自分をへりくだるよりも、周囲への敬意を忘れない態度を常としたいものです。

人間関係も仕事も、まずは「謹んで」目の前の事象を受け止め、感謝や礼儀を尽くすこと。そうやって一度しっかり謹んで心を整えると、次の行動への迷いや油断が無くなり、次のアクションを大胆に起こすことができます。この新しい1年は謹みを土台にして、一歩一歩大切に進んでいきましょう。

12月、街はやわらかな光に包まれ、どこもかしこもクリスマスムードに染まります。お寺で生まれ育った私も、幼い頃からツリーやリースを飾り、イルミネーションに心躍らせてきました。キリスト教徒にとってクリスマスは、イエス・キリストの生誕を祝う神聖な日。一方で多くの日本人にとっては、季節を彩る冬のイベントであり、宗教的な聖性を強く意識することは少ないでしょう。けれど、それは日本人が「聖なるもの」を感じていないからではありません。

「聖なるもの」の存在を感じることで、静かな力が湧いてくる

キリスト教は一神教で、絶対的な神の存在が信仰の中心にあります。人は神によって創造されたと考えるため、自分がする意思決定や日常の行為そのものに、神の意志という神聖さが宿ります。対して日本人の多くは特定の神を信仰していませんが、古くから自然界に八百万の神が存在するという感覚、自然信仰を持ち続けてきました。私たちが感じているのは、唯一無二の神へ対する神聖さではなく、自然や領域に宿る聖性です。

お寺や神社の境内に立ち込める、踏み込んではならない空気。人が動き出す前、早朝に鳥だけがさえずる時間。山と里の境界、夜と朝が入れ替わるとき。生活圏の中で、場所と時間の組み合わせによって生まれる特別な領域に、聖性を感じることがあるはずです。

あなたにとっての「聖なるもの」とはどんなものですか? どんな時と場所に、聖性を感じるでしょうか。クリスマスをきっかけに、改めて確かめてみてください。その気配に触れたとき、心身がすっと引き締まり、静かな力が内側から湧いてくる。そんな感覚を、忘れないでください。

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