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イ・カンホ×中村圭佑、いま高まる空間の力とアジアの存在感

  • 2025.12.28
Takuya Neda

東京・亀有の「SKAC(SKWAT KAMEARI ART CENTRE)」で、韓国のデザイナー、イ・カンホによるインスタレーション「GHOST IN THE SHELL」/「O SERIES」が開催されている。本展について「SKAC」を運営する設計事務所、ダイケイミルズ代表の中村圭佑と、イ・カンホに聞いた。ともにアートスペースを運営するふたりが目指すものは一体なんなのだろうか。

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会場では、韓国のアップサイクルブランド「フォーマット(FORMAT)」とのコラボレーションによる、リサイクルアルミ製のシリーズ“O SERIES”のスツールや椅子、ベンチも同時に展示。両シリーズ合わせて約100点もの作品が並ぶ。

「今回の企画は、とても自然に生まれたものでした」と、カンホは語る。

「まず私たちの関係がありました。互いの考えや、これからやりたいこと、そしてそれぞれの空間でどのような交流ができるのか。そうした話を重ねるなかで、まずは『SKAC』で私の作品を展示することが決まりました。準備を進める過程でも、ふたりで今後についての議論を重ねていきました」

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<写真>“O SERIES”の椅子は、9月に行われた「フリーズ・ソウル」のVIPラウンジでも展示された。

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展覧会のタイトル「GHOST IN THE SHELL」は、士郎正宗原作のコミックを押井守監督がアニメーション映画化した同名作品に由来する。国際的に高い評価を受け、数多くのクリエイターに影響を与えてきた作品であり、カンホ自身も以前から親しんできたアニメのひとつだという。最近、あらためて見返したことも、今回の展示に影響を与えた。

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「この空間自体がもつ、少し非現実的な感覚……。まるで存在しないかのような場所に自分の作品を置く行為そのものが、あのアニメ作品の一部のようにも感じられました。まず高架下という空間に、移動しながら伸びていくような印象を受けたのです。だからこそ、作品においても有機的な拡張性を見せたいと考えました」

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さまざまな素材を編み上げる作品で知られるカンホだが、今回初めて採用したのが、スポンジパイプという素材だ。韓国では建築の断熱材として使われるほか、子どもたちのおもちゃにも用いられる身近な存在だという。一方で、その質感は非常に柔らかく、同時にきわめて脆いという特性も併せ持っている。

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「今回、初めて素材にコーティングを施しました。エキシビション名にもあるように、まるでシェル(殻)の中に魂を閉じ込めたかのように見せたかったのです。ただ作品のみを示すのではなく、会場である『SKAC』そのものも、ひとつの“シェル”として捉えました。この巨大な空間の中に、自分の魂がどのような形で入り込めるのかを考えながら、制作を進めていったのです。この素材は、引っ張るだけで切れてしまうほど脆い一方で、とても柔らかく、触り心地の良さも持ち合わせています。こうした性質が、この空間ともよく響き合うように感じました。個体ごとに色の濃淡や形状が異なるため、意図せずとも作品に差異が生まれますし、コーティングを施すことで、さらにひとつひとつ異なる色合いが立ち上がっていきました。作品がこの空間に集まることで、まるで魂を宿したヒーローたちが集う場面のようにも感じられるのです」

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一方、中村は今回の展示にどのように関わったのか。

「僕はカンホの空間構成力やインスタレーション力を高く評価し、尊敬しています。展示は基本的に彼に任せましたが、常に対話を重ねながら進めてきました。彼とは以前から、いまこそアジアのプレゼンスを高めるべき時期だと話しています。デザインの中心は依然として欧米ですが、これからはアジアがより注目されるタイミング。今回のエキシビションも単発ではなく、継続的なコラボレーションの第一歩として、強いインパクトを与えたいと考えました」

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「SKAC」には世界各国から多くの人が訪れ、現在も各地のデザイナーとのプロジェクトが進行している。

「いまは、自分たちの場所で自分たちの表現を色濃く打ち出していけば、自然と見てもらえる時代。アジアへの関心が高まっているいまは、僕たちがチームアップし、アジアを代表する存在になっていくタイミングかもしれません。韓国をはじめ、シンガポールや台湾など、国を越えて感覚を共有できる動きも広がっています。『SKAC』は、そうした流れのハブとなる場所でありたい。今後はさらに拡張し、現代美術をはじめ、アートや音楽といった分野の表現者にも開かれた、アジアとヨーロッパのブリッジになるような場へと広げていくつもりです。カンホも同じ思いで済州にスペースを構え、さらに釜山での展開も計画しています。ディレクターではなく、表現者自身が場に立ち、運営する。その姿勢こそが重要であり、彼はアジアを率いる存在になり得ると感じています」

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そんな中村の言葉に、カンホは「ケイさんにしっかりついていきます」と笑って応える。

「やはり、私たちは同じ考えを持っています。かつて私たちの活動の多くは、西洋文化に根差し、西洋に目を向けたものでした。私自身も、どこか自信が持てず、どう考えればいいのか分からなかったのかもしれません。でもいまは、志を同じくする友人がいる。私たちの中から、どんなメッセージが生まれてくるのか。それを自分たちの言葉で伝えられる時代になり、時代もまた、それを求めていると感じています。対話を重ねるほど、考えはより強固なものになります。10年後、20年後に、私たちの会話がさらに深まっていくと思うと、まったく怖さはありません。こうした創作は、自らの言葉として発信されるべきだと思うのです」

さらに、現在アトリエとスペースを構える済州島について尋ねると、こう続けた。

「私にとって、済州島は特別な場所です。そこでどんな空間をつくり、その空間で友人たちと対話を共有できたらいいなという思いが、すべての出発点でした。そして、その空間をこれからどのように運営していくのかについても、対話がとても重要だと考えています」

<写真>6月に完成した済州島の「ポート チェジュ」。カンホのスタジオや展示スペースのほか、カフェやゲストルームが入る。

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この作品は、プロダクトなのかアートピースなのか。その境界について、ふたりはどう考えているのだろうか。

「私は、それを明確に規定する必要はないと思っています。ある人にとっては椅子でも、別の人にとっては物を置くための台になるかもしれない。本来の用途とは異なる使われ方によって、ものの意味が変化していくのは、とても面白いことです。私の作品も、この空間では物質として認識されるかもしれないし、空間に調和する塊として捉えられるかもしれない。ただ座れる椅子として受け取られる可能性もある。そもそもこの作品は、『SKAC』のために考えたものなのです」とカンホ。

それに対し、中村はこう続ける。

「まさに『SKAC』は、境界を越えることをひとつの哲学として掲げています。だからこそ、鑑賞者がそれぞれに判断するという考え方にも、強く共感します。僕たちは皆カンホの作品のファンですし、彼自身をレジェンドだと感じています。今回の展示では、これまでかなり実験的なことをしてきた僕らでも、『どう座るか』『コーヒーをどこに置くか』といった新たな問いが生まれました。でも、その悩みこそが思考のきっかけになる。レイアウトを少し変えてみることで、また違った反応が生まれるかもしれないし、そうやって作品を育てていく必要があると感じています」

これほどの熱量をもつ作品であれば、これまでならミラノデザインウィークのような国際的な場で発表されていたかもしれない。しかしカンホは、「ここだからこそ可能な展示だった」と語る。

「この空間だからこそ、私の作品はより際立つのだと思います。作品を見る人であっても、実際に座る人であっても、『SKAC』という場所をより深く理解するための媒介になれたら、という期待があります」

展覧会前日、会場の写真をSNSに投稿すると、世界各地のデザイナーから反応が寄せられたと中村は振り返る。想像を超えるスピードでグローバルにリーチする感覚が、「SKAC」では日々強まっている。いま、アジアから生まれるデザインの最前線を、この機会に体感してほしい。

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GHOST IN THE SHELL / O SERIES
会期/〜2026年2月15日(日)
会場/SKAC(SKWAT KAMEARI ART CENTRE)
住所/東京都葛飾区西亀有3-26-4
時間/11:00 〜 19:00
休館日/月曜日、火曜日
※入場無料、12月29日(月)~1月6日(火)年末年始休み

Photo TAKUYA NEDA

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