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分厚いジョッキだとビールは甘くなる? 触覚と味覚の不思議な関係

  • 2025.12.13
Credit:canva

街にジングルベルが鳴り響き、忘年会やクリスマスパーティー、年末年始でお酒を飲む機会が増える季節になりました。

皆さんはビールを飲むときに、分厚いジョッキで飲むのが好きですか? それとも繊細なグラスで飲む方が好みでしょうか?

こっちのグラスで飲むときの方が美味しく感じるんだよね、という人がいるなら、それは単なる気の所為ではないかも知れません。

日本の中央大学(Chuo University)の有賀 敦紀(Atsunori Ariga)教授らとサッポロビール株式会社(Sapporo Breweries Ltd.)の共同研究チームによると、口に当たるグラスの厚さがビールの味を変化させる可能性があるという。

私たちがビールを口に運ぶとき、液体が舌に届くよりも先に、まず「グラスの縁」が唇に触れます。

この唇が感じるグラスの感触が、実は味覚に影響を与えているかもしれないのです。

確かに一時期、環境への配慮から多くの店舗で採用された紙ストローは、唇に触れる触覚の悪さで飲み物が不味く感じるという不満が数多く聞かれました。

唇に触れる触覚というのは、私たちが味を感じる際に、思いのほか重要な役割を果たしているのかも知れません。

では具体的に、グラスの厚さはどういうメカニズムで、私たちの味覚にどんな影響を与えているのでしょうか?

この研究の詳細は、2025年11月に科学雑誌『Food Quality and Preference』に掲載されています。

目次

  • 同じビールでも味が変わる? グラスの厚さが味覚に与える影響
  • 脳における「触覚」と「味覚」の関係性

同じビールでも味が変わる? グラスの厚さが味覚に与える影響

この研究が着手された背景には、お酒ではなく「お茶」に関する先行研究の存在がありました。

以前の研究で、温かい緑茶を飲む際、湯呑みの飲み口が厚いほど、そのお茶を「甘い」と感じる傾向があることが報告されていたのです。

そこで研究チームは、「この現象は、お茶以外の飲み物でも再現されるのだろうか?」という新たな疑問を持ちました。

もし、アルコール飲料などでも同じことが起きるならば、グラスを変えるだけで飲料の味をコントロールできるかもしれません。

実験は成人48名の参加者がにより、先入観(バイアス)を極力排除する条件を設定して行われました。

まず、実験参加者は「目隠し」をし、視覚情報を遮断します。

これは、グラスの外見やデザインによるイメージが味の評価に影響することを避けるためです。

使用されたのは、形状は同一ですが、唇が触れる「飲み口の厚さ」のみが異なる2種類のグラスです。

実験で使用した飲み口の厚いグラス(左)と薄いグラス(右)/Credit:中央大学

一つは飲み口が約1ミリの薄いグラス、もう一つは約3ミリの厚みのあるグラスです。

注がれているのは同一銘柄のビールであり、液温などの条件も統一されています。

参加者は、自身がどちらのグラスを使用しているかを知らされない状態で、味の評価を行いました。

その結果、中身は同一のビールであるにもかかわらず、飲み口が約3ミリの「厚いグラス」で飲んだときの方が、「甘みが強い」と評価される割合が統計的に有意に高いことが分かりました。

一方で、飲み口が約1ミリの「薄いグラス」で飲んだ際には、ビールの「苦み」がより際立つと答える人も多く、苦みが強く感じられる傾向が見られましたが、こちらは統計的な有意差にまでは達していません

このことから、味覚の評価は舌だけでなく、唇に触れるグラスの厚みといった触覚情報によって、影響を受けていることが示唆されます。

この知見は、ビールを飲むときの新たな楽しみ方を提供してくれます。

ビールはジョッキのような厚みのあるグラスを使った場合の方が、苦みが抑えられ、まろやかさが得られる可能性があります。

逆に、苦みやキレを味わいたい場合は、薄づくりのグラスが適している可能性があります。

高価なビールを選ばずとも、グラスを変えることで、好みの味わいに近づけられるというのは興味深い発見です。

しかし、なぜそのような違いが発生するのでしょうか?

脳における「触覚」と「味覚」の関係性

ではグラスの厚さが味覚評価に影響するのはなぜなのでしょうか?

この現象に関与していると考えられるのが、心理学で「感覚転移(Sensation Transference)」と呼ばれる現象です。

感覚転移とは、製品などを評価する際、ある感覚器官から得た情報が、無意識のうちに別の感覚の評価に影響を及ぼす心理プロセスを指します。

今回の研究が示したのは「実際に唇で触れる厚さ」の効果ですが、関連する研究では、「厚いグラスだと聞かされた」「厚そうに見える」といった情報だけでも、甘さや苦さの予想が変わるといった、情報ベースの感覚転移も報告されています。

今回の実験においては、唇で感じる「グラスの厚み」という触覚情報が、脳内での「ビールの味」という味覚判断に影響を与えたと考えられます。

具体的には、厚みのある飲み口は、唇に「丸み」や「柔らかさ」といった物理的感触を与えます。

この感触が、脳内でポジティブな感情や「甘み」のイメージと結びつきやすい性質を持つとされています。

その結果、実際の成分は変わらなくとも、甘みを強く感じやすくなったと推測されるのです。

反対に、薄い飲み口は、唇に対して「鋭さ」や「硬さ」といった感触を伝えます。

この触覚刺激が、ビールの持つ苦みなどの刺激的な要素と結びつき、結果として「苦み」を強調させたと考えられます。

ここで、物理的な条件に関する疑問が生じるかもしれません。

「厚いグラスの方がガラスの質量が大きいため、重量が増します。ならば味が異なるのは厚さではなく、重さの影響から来たのではないか?」という点です。

研究チームはこの可能性を確かめるために、飲み口の厚さは同じまま、おもりなどでグラスの重さだけを変えた別の実験も行いました

参加者には「重いグラス」と「軽いグラス」でビールを飲んでもらい、同じように味の評価をしてもらったのです。

その結果、重さだけを変えても、甘みや苦みの評価にはほとんど差が見られませんでした

この検証から、少なくとも今回の条件では、味の違いはグラスの重さではなく、主に「唇に触れる飲み口の厚さ」によって生じていると考えられます。

この研究成果は、食品・飲料分野において重要な示唆を含んでいます。

飲料の成分を変更せずとも、容器のデザインによって「美味しさ」や「満足感」を向上させられる可能性があります。

これは一般の消費者にとっても、有用な知見となり得ます。

自宅での晩酌において、料理や気分に合わせてグラスを使い分けることも、味わいを調整する一つの手段です。

飲食店においても、提供するビールの特性に合わせてグラスを選定するというのも、味の表現において重要になるかもしれません。

料理では彩りが重要しされるように、私たちが味を楽しむ感覚は、舌の刺激だけでなく事前に抱く印象も重要な役割を果たしているようです。それは唇に触れるグラスの感触さえ影響しているようです。

忘年会シーズンなど、ビールを飲む機会において、味だけでなくグラスの形状にも着目してみると、面白いかもしれません。

参考文献

厚いグラスは甘く、薄いグラスは苦く ~触覚がひらく新しいビールの楽しみ方~
https://www.chuo-u.ac.jp/aboutus/communication/press/2025/12/83457/

元論文

Tasting beer based on the tactile thickness of the glass lip
https://doi.org/10.1016/j.foodqual.2025.105801

ライター

相川 葵: 工学出身のライター。歴史やSF作品と絡めた科学の話が好き。イメージしやすい科学の解説をしていくことを目指す。

編集者

ナゾロジー 編集部

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