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「女性ウォッシュに惑わされず、政治を監視して」──政治学者の三浦教授は“女性首相”の誕生をどう捉えるか

  • 2025.12.13
Suffragettes Demonstrate in London Street, 1912

──三浦教授は女性議員を増やすことを目的とし、一般社団法人「パリテ・アカデミー」を立ち上げられています。政治学という大きなフィールドで、そのテーマに尽力されている背景をお聞かせください。

元々は福祉国家の研究をしていました。なかでも労働政策を国際比較で見ると、ジェンダーの視点はどうしても欠かせません。日本は他国と比べても性別分業がはっきりと残っているのに、それを改善するための政策が十分に整っていない。そう考えたとき、やはり国会に女性議員が少ないことが影響して、ジェンダー視点を取り込んだ政策が実施されづらいのではないかと考えるようになりました。そこで「誰が国会議員になりやすいのか」「なぜ女性がなりにくいのか」といった点を研究するようになったのです。

ですから、単に女性議員の人数が増えればよいという話ではありません。ジェンダー平等を本気で推進する女性が増えなければ、人数が多少増えてもジェンダー平等な政策にはたどり着きません。また政策が実現するとともに、社会全体の文化や規範も変わっていく必要があります。数はあくまで「通過点」であり、そこから確実に「質」や「目的」につなげていくことでジェンダー平等な社会に向かっています。

──「パリテ・アカデミー」や「FIFTYS PROJECT」などの活動によって、地方議会や国会で女性議員の数は徐々に増えています。実際に増加はどのような変化をもたらしていますか。

数が増えてきたのは、社会の意識変化の表れでもあります。パリテ・アカデミーは2018年設立で、ちょうど「政治分野における男女共同参画の推進に関する法律(候補者男女均等法)」が成立したタイミングでした。このころを分岐点に、選挙のたびに女性候補者・当選者の数が報道されるようになったのです。以前は、告示日はもちろんのこと、数日経ってようやく新聞の社会面に載るか載らないか、という状況でした。それが今はもう告示初日から各党ごとに女性の割合が報じられています。それだけ社会が注目しているということです。それによって政党にプレッシャーが働くようになりました。

地方選挙では、女性候補が上位当選することは珍しくなく、保守的なベテラン男性を破る事例が増えています。現代の社会は閉塞感が強く、物価高や暮らし向きに対する不満から、新たな政治家を求める有権者が増えている。その結果、男性主体な政界のなかで女性に対する期待が高まり、実際に当選につながるケースが見られます。ただし「女性」と一括りにしても経験や志向は多様ですから、どのように政策につながるかは個別に見ていく必要があります。男性中心でハラスメントが蔓延しがちな政界に女性が飛び込むには相当な思いが必要です。男性候補は若いうちから政治家を志していたり、資金や人脈を持っていることが多い一方、女性はそうした下支えが少ないことが多いです。そのため大きな動機として「女性であること」や「母親であること」を踏まえた政策を進めたい方が比較的多く見られます。

一方で、議会に入ると女性はどうしても周縁的な位置に追いやられてしまいます。そのなかで、“男性的”な振る舞いを身につけていく女性もいるでしょう。政治家は有権者に選ばれ、議会での既存勢力との関係のなかで活動する仕事ですから、本人の信念そして入っていく議会がどのぐらい女性フレンドリーかによって、政治家としての「育ち方」が変わり、立ち振る舞いが変化することがあります。初めは市民目線でも、旧来の作法やしきたりに染まっていってしまうことも。またその逆もあります。理想的には市民がその過程を見守り、成長を評価して再選につなげることが望ましいのですが、現状では市民側に議会をウォッチするノウハウが十分に広がっていないのが実情です。また、見えないところで地域をよくする活動をしている議員は多数いるのに、メディアや情報の偏りで必ずしも適切に評価されていません。結局は利権への関与が明らかな人物が再選されることもあり、最大の課題の一つだと考えています。

女性の「数」だけでなく、「質」に目を向ける局面

マーガレット・サッチャーはその強硬的な姿勢から「鉄の女」と呼ばれた。“男性よりも男性らしく”振る舞った女性首相の1人と言えるだろう。
Margaret And Denis Thatcherマーガレット・サッチャーはその強硬的な姿勢から「鉄の女」と呼ばれた。“男性よりも男性らしく”振る舞った女性首相の1人と言えるだろう。

──これまでの歴史を振り返っても、男尊女卑のなかで生まれた「男性よりも男性らしく」振る舞う女性議員像がありますね。さらに、女性議員が一括りに語られる一方、ソーシャルメディアの台頭とともに政治家が“人気商売化”し、知名度やキャラクター重視の傾向も見られます。

確かに、ファンダム的な支持を含め、ソーシャルメディアの発達とともに政治はより「人気商売化」しています。インターネットの世界で人気を得るために求められるのは“ネタ”です。炎上商法を含め、キャラが立った候補者が注目を浴びる状況が続いています。もちろん、そうした人が議会にいても構わないのですが、全員がそうなってしまうと政治が前に進まない。だからこそ、候補者をどう真っ当に評価するか、真剣に議論する必要があります。

ちょっと面白いことを言った人に振り回される状況を食い止めなければ、政策論争は置き去りにされ、劣化していきます。本当に恐ろしいことです。2018年以降は女性の数の増加が注目され、実際に人数は少しだけ増えました。だからこそ、次は「質」にも目を向けるステージに来ている。私はそう考えています。

──次のステージですね。

高市首相を含め、さまざまなポジションに女性が増えてきました。ただ、日本は首相1人で社会が変わるような独裁国家ではありません。野党や各省庁、委員会を見ていくと、意思決定の中枢に女性が十分にいるとは言えません。実際、閣僚も高市さんを含めて女性は3人にとどまっています。女性首相が誕生したから「達成」ではなく、そこで立ち止まらず「意思決定の要職に女性がいるのか」と批判的に問い続けることが必要です。ステージごとに期待値を上げていかなければならない。これからは、政治の重要ポストに女性がどれだけいるのかという、「質」と「数」の掛け算の議論です。

加えて、女性といっても多様ですから、社会の多様性に応じて議員も多様でないといけません。なんなら男性議員も多様じゃないんです。男女ともに本当の社会の多様性に応じてるんですか、政治がごく一部の人のものになっていませんか、と問いかけることでステージがアップしていく。それが必要だと思います。

男性が窮地を抜け出すための“カード”として利用される女性

高市内閣の顔ぶれ。首相を含め女性は3人に留まっており、数の面でも十分とは決して言えない。またこの日も、高市のファッションについての報道が多数。歴代男性首相では見られなかったことだろう。
Cabinet meeting of Japan's Prime Minister Sanae Takaichi in Tokyo高市内閣の顔ぶれ。首相を含め女性は3人に留まっており、数の面でも十分とは決して言えない。またこの日も、高市のファッションについての報道が多数。歴代男性首相では見られなかったことだろう。

──10月に日本初の女性首相として高市早苗氏が選出され、国際的にも注目を集めています。女性議員を増やす運動を続けてきた三浦教授は、それをどう受け止めましたか。

率直に言えば、ジェンダー平等を積極的に進めない人物が首相になったことで、女性にとっては厳しい時代になったと感じています。少数与党に転落し窮地に立たされた自民党が、それを挽回するための“カード”として女性を前面に打ち出した、その側面は否定できないと思います。

現代社会が女性リーダーを受け入れる空気に変わってきたからこそ、それが自民党にとって有効なカードになったわけです。しかしその“カード”が、党内でも特に保守的で、ジェンダー平等に消極的な人物だった。ジェンダー平等の前進ではなく、むしろそれを抑え込むために女性を使う。実際、選択的夫婦別姓や婚姻の平等といった論点は後退するでしょう。

一方で、「女性なのに、フェミニストなのに、なぜよろこばないのか」といった声が、女性の分断を煽るように広がる状況もあります。ですが、むしろフェミニズムの立場から支持しないという選択は当たり前だと思います。

──「カードを切る」という表現が印象的です。つまり、ジェンダー平等のためではなく、政界の中心にいる男性たちが選んだ“戦略的カード”だったということですね。

当然そうですよね。高い支持率を背景に、マスメディアも巻き込んで一気に盛り上げていく。話題の“ネタ”は尽きません。特に女性であることで、ファッション誌などの報道も過熱します。女性誌もこぞって取り上げる。キャラクターが立っていてメディア映えする要素が多い人ですから、とにかく“ネタ”が豊富なんです。

私はこれを、自民党による「女性ウォッシュ」、あるいは「さなえウォッシュ」だと見ています。重要な外交課題、特に日中関係などは極めて緊張した状態にあり、経済的には大打撃です。それを覆い隠すように“ウォッシュ”が行われている。そもそも彼女の就任自体が、「政治とカネ」の問題から世論の関心を逸らす役割も担っています。外交や政治資金といった本質的な論点から、「初の女性首相」という話題性で注意をそらす。その役割を期待されている側面は否めないと思います。ジェンダーや女性性が政治的に利用される構図は、今回に限らず繰り返されてきました。有権者はそれを読み解く力を持つ必要があるでしょう。

──外見やファッションに関する報道やソーシャルメディア上の反応が過熱し、キャッチーな“女性性”が先行することで、政権の実像が見えにくくなっていると。

政権にとってメディアキャンペーンは常に重要です。高市さんの強みは支持率ですが、いずれ落ちていきます。そのたびに新しい“ネタ”が投入されるでしょう。選挙に勝つための戦略の一環としてです。メディアもそうした話題に簡単に飛びついてしまうので、ある意味世論やメディアをコントロールすることが非常に容易な環境になっています。

女性性の“ソフトなイメージ”が政治戦略で作用するわけ

パパラッチに手を振るヒラリー・クリントン。特にファーストレディ時代は、アイコンとしてそのファッションやメイクアップに注目が集まった。
Celebrity Sightings In New York City - March 13, 2025パパラッチに手を振るヒラリー・クリントン。特にファーストレディ時代は、アイコンとしてそのファッションやメイクアップに注目が集まった。

──世界的にも同じような傾向はありますか。

あります。女性政治家の世界は、極端なまでにルッキズムが強調される空間です。ヒラリー・クリントンでさえ、新しい口紅の色や品番がファッション誌で報じられ、それが売り切れると再びニュースになる。化粧品業界は潤い、政治家にとっては一種の広報戦略になっていました。

メディア映えする人物、女性性やファッション性を強く打ち出せる人物は、メディアが放っておきません。その結果、「女性は外見が重要であり、男性に好かれる存在であるべきだ」というステレオタイプが繰り返し強化されてしまう。政界においても、その傾向は確実に強まっています。

──“ウォッシュ”に女性が利用されているのであれば、男性優位の構造はそのままですね。

その通りです。そのために高市首相は選ばれたのですから。今は支持率が高いから女性であることはプラスに作用していますが、それが下落してきたときには、社会に潜在するミソジニーが顕在化し「女だからダメだ」という攻撃が始まる可能性があります。今は持ち上げているメディアも簡単に態度を変え、“女性カード”そのものを使いにくくする方向に動くでしょう。次に自民党から出てくる総裁は男性でしょうから、「やはり男性でなければ」という言説が作られる可能性があります。

だからこそ、首相が女性であるという事実に過剰な意味を見出すのではなく、政治家個人として何をしてきたのか、首相として何を実行するのかで評価していくべきです。安易な報道やキャンペーンに流されず、批判的な視点を持つことが不可欠だと思います。

メディアは構造的にバイアスを抱えており、基本的には男性目線で設計されています。高市さんに対しては、歴代の男性首相ではほとんど見られなかったほど、外見に関する報道がなされている。ほかにも不倫などの不祥事についても、男性政治家は謝罪すれば復帰できるのに、女性の場合は政治生命を断たれてしまうケースが多いです。これは明らかに男性優位の二重基準です。

──高市首相の「さな活」や、小池都知事の「AIゆりこ」など、下の名前で呼ぶキャンペーンも顕著で、ある種の親しみやすさを生んでいます。これについてはどう見ていますか。

高市さんは軍事や武力に積極的な、いわゆる「タカ派」とされる政治家です。ただ、その硬さを“ソフトなイメージ”で包み込むのが特徴的なスタイルです。女性政治家は多くの場合、「男性性」と「女性性」を組み合わせて用います。強さと優しさを同時に演出することで、有能に見えるかつ好かれるというポジションを確立しなければならないからです。常に柔らかな笑顔を見せながら主張は強硬的。それが高市さんなりの政治的コンビネーションなのだと思います。

政治とは、広範な支持をどうやって獲得するかのゲームでもありますから、その点でジェンダー表現は非常に強力なツールになるのです。高市政権は、防衛費を増やすために医療費削減などの有権者(市民)に厳しい政策を進めようとしていますが、「親しみやすさ」や「柔らかさ」を併用することで反発を和らげる戦略を取っているように思います。

政治家を「見抜く眼」を養うことで捉える本質

イギリスのアンジェラ・レイナー副首相は政権初日から明るいパンツスーツ姿が話題を呼び、ファッション誌などがブランド名を含めてそのスタイルを報道した。
Keir Starmer Appoints His First Cabinet in Londonイギリスのアンジェラ・レイナー副首相は政権初日から明るいパンツスーツ姿が話題を呼び、ファッション誌などがブランド名を含めてそのスタイルを報道した。

──どうしてもビジュアルにスポットライトが当たりがちな女性政治家そして女性首相に、有権者はどのような視点を向けるべきでしょうか。

選挙ポスターを見るだけでも、多くの場合男性は活力や力強さ、女性は清廉さを打ち出す傾向があります。もちろんそれも政治的なメッセージで、政策だけでない人柄の部分を視覚的なメッセージで出そうとしているわけです。だけどそれが、「可愛い」「かっこいい」「綺麗」といった感想で終わってしまってはいけません。何を伝えようとしているのかを読み解く力を身につけていくことが重要です。ファッション誌では華やかなスタイルを見せつつ、有権者向けの場ではあえて素朴な装いを選ぶ。誰に向けたパフォーマンスなのかによって、表現が変わることもあります。これも戦略ですね。

すべては政治的戦略として「印象」が設計されており、メディアやファッション業界もそこに深く関わっています。有権者として重要なのは、それを見抜く目を持つことです。さもなくば、本質から目が逸らされてしまいます。話題としては面白くても、本当に重要なのは、物価対策、賃金、地価、外国人排斥をどう止めるかといった具体的な政策論です。そうした話題を逸らすための“ウォッシュ”に、常に警戒心を持つ必要があります。

──ウォッシュされないように読み解いていくことは本当に難しいと思います。その力はどうすれば身につけられるのでしょうか。

選挙ポスターを題材にしてみんなで議論するのは、いいと思います。ハーバード大学でカマラ・ハリスの専属フォトグラファーだった人物の講義を受けた際、撮影アングルによって権威づけの印象が変わることなどが解説されていました。下から撮影すれば権威的に見えるけれど、男性カメラマンの身長の関係で、女性政治家は上から撮られやすく、小さく見えてしまうそうです。ほかにも、顔のアップだけが使われやすい、といったバイアスも存在します。そうした視点で写真を見ていくと、メディアがどのような意図で画像を選んでいるのかが見えてきます。同じシーンでも、切り取り方ひとつで印象は大きく変わる。メディアもまた、自らの立ち位置に沿って使い分けているのだということが明確になってくるんですね。

そこから初めて、現政権や高市首相をどう見るかという視点も変わってくるはずです。より賢明な主権者として、目の前のイメージがどのようにつくられているのかを冷静に観察できる人が増えれば、政治をより真剣に評価できる社会に近づくと思います。

──その方が、投票にも手応えが生まれそうです。

そもそも大選挙区は非常に選びにくい制度です。数が多すぎて、そこから1人を選ぶのは容易ではありません。その結果、目立つための過剰な演出や、まるでTikTokの世界ような拡散競争に近づいています。キャラが立ち、物語性のある政治家が次々と当選し、本来の政治能力とは別の指標で評価されてしまう。

だから結局のところ、私たち自身が「見る目」をどう育てるかに行き着きます。政治を他人任せにするのではなく、自分の目で、耳で、判断する。その力を育てられるかどうかが、これからの民主主義の鍵になると思います。

三浦まり

上智大学法学部教授。専門は現代日本政治論、比較福祉国家論、ジェンダーと政治。主著に『さらば、男性政治』(岩波新書、石橋湛山賞、平塚らいてう賞)。2021年にフランス政府より国家功労勲章シュバリエ受章。

Interview & Text: Nanami Kobayashi

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