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「頻繁にぼんやりしてしまう」ADHDとは異なる「認知的離脱症候群(CDS)」とは?

  • 2025.12.13
Credit:canva

「授業中に立ち歩いたりはしないけれど、いつもどこか遠くを見つめている」「話しかけても反応がワンテンポ遅れる」「頭の中に霧がかかっているようで、ボーッとしている」

そんな症状に心当たりのある人はいないでしょうか? やる気がないわけではないのに、どうしても頭がスッキリせず、現実感を持てない。

これまで、こうした過剰に空想に没頭する、極度にぼんやりしている人は、性格がおっとりしているだけだと見過ごされたり、あるいは「不注意型のADHD(注意欠如・多動症)」と診断されたりすることが一般的でした。

しかし、現場からは「ADHDの薬を飲んでも、この独特な『ぼんやり感』は改善しない」という声も少なくありませんでした。

ではこの症状の正体は何なのでしょうか?

この長年の謎について、アメリカのワシントン州立大学(Washington State University)のG. レナード・バーンズ(G. Leonard Burns)教授や、シンシナティ小児病院医療センター(Cincinnati Children’s Hospital Medical Center)のスティーブン・P・ベッカー(Stephen P. Becker)博士らによる国際研究チームは、スペインに住む5,525名もの子供たちを対象とした大規模調査データを解析し、「認知的離脱症候群(CDS: Cognitive Disengagement Syndrome)」と呼ばれる概念が、ADHDとは明確に区別される可能性が高い独立した特性であることを、統計的に強く裏付けました。

これまで「単なる性格」や「ADHDの亜種」と認識されていた「ぼーっとしていて話を聞かない」という子どもの問題について、最新のデータは新たな理解の仕方を提示しています。

本研究の詳細は、2025年に科学雑誌『Journal of Attention Disorders』に掲載されています。

目次

  • 極端にぼんやりしてしまう「認知的離脱症候群(CDS)」の正体
  • CDSは覚醒レベルが低い?日中の強い眠気とも関連

極端にぼんやりしてしまう「認知的離脱症候群(CDS)」の正体

教育の現場では、以前から「妙にぼんやりしていて行動が鈍い」という子どもが報告されることがありました。

こうした子どもたちは、声をかけても反応が遅かったり、そもそもぼーっとして話を聞いていなかったりします。

医学的な調査による本人たちへの聞き取りでは、「頭の中に霧がかかっているようで、ボーッとしてしまう(Mental Fog)」という回答が特徴的です。

この症状は、「認知的離脱症候群(CDS:Cognitive Disengagement Syndrome)」と呼ばれます。(以前は「緩慢認知テンポ(Sluggish Cognitive Tempo: SCT)」という名称でしたが、「Sluggish(遅延)」に「のろま」という侮蔑的なニュアンスがあるため、「Disengagement(離脱)」という表現に変更されています)

これまでは、これらの症状は明確に疾患と認定できるレベルのものではなかったため、ADHDの「不注意優勢型」というタイプだと診断されたり、あるいは単に「性格がのんびりしているだけ」と片付けられたりしていました。

しかし、ADHDの治療薬を使っても症状があまり改善しなかったり、ADHD特有の「衝動性」が全く見られなかったりと、ADHDの診断とは噛み合わないケースが多く報告されたため、「これはADHDの一種などではなく、全く別の独立した症状なのではないか?」という疑問が指摘され始めていました。

この疑問を検証するため、研究チームはスペイン全土の一般家庭を対象とした大規模なオンライン調査を独自に実施しました。

対象となったのは、5歳から16歳までの子どもを持つ、5,525名の親(父親および母親)です。

この調査では、医師による診断記録を集めるのではなく、「CABI(Child and Adolescent Behavior Inventory)」と呼ばれる専門的なチェックリストを用い、親が子どもの日常的な行動を直接評価する形式がとられました。

親たちはこのリストに従って、我が子の様子について「空想にふけっている頻度」「ぼんやりしている頻度」といったCDSに関する15項目や、「落ち着きがない頻度」といったADHDに関する18項目などを、それぞれ点数で評価しました。

そして集められた5,500件以上の「評価データ」を分析して、研究チームは子どもたちを「CDS(認知的離脱)の傾向が強い子」、「ADHDの傾向が強い子」、「両方の傾向がある子」、そして「どちらもない子」の4つのグループに分類しました。

もしCDSがADHDの一部に過ぎないのなら、「CDSだけがある」というグループは存在しないか、極めて少なくなるはずです。

こうして研究チームは、実際の家庭内で起きている具体的な行動データを新規に収集・分析することで、これまで曖昧だった「症状の現れ方」を統計的に明らかにしようとしたのです。

CDSは独立して存在する

分析の結果、これまで議論が続いていた両者の独立性について、統計的な裏付けが得られました。

その中で「CDSの傾向が強い(臨床的に意味のあるレベル)」と判定された子どもたちのうち、およそ49%の子どもたちが、ADHDの判定基準には当てはまらなかったのです。

これは、約半数の子どもたちは「ADHDの特性を持っていないにも関わらず、強い認知的離脱の症状だけがある」ということを示しています。

もしCDSがADHDの付随的な症状であれば、ADHD傾向のない子どもにこれほど強く症状が出ることは説明がつきません。

「気が散る」と「離脱する」の違い

では、この二つは具体的に何が違うのでしょうか。

今回のデータ解析によって、そのメカニズムの違いも示唆されています。

ADHDの特徴が、外からの刺激に反応してあちこちに注意が飛んでしまう「散漫(Distraction)」にあるとすれば、CDSの特徴はそれとは対照的です。

CDSの子どもたちは、自分の内側の世界や空想に深く入り込み、現実世界から意識が離れてしまう「離脱(Disengagement)」を起こしている状態です。

ADHDの子が「窓の外の鳥が気になって授業を聞けない」のだとしたら、CDSの子は「頭の中の空想に没頭しすぎて、そもそも先生の声が耳に入っていない」状態だと言い換えられるでしょう。

この研究によって、「過度にぼんやりしている」という状態は、単なる性格の問題ではなく、ADHDとも異なる特性を持った「集中できない症状」であることが示されたのです。

さらに研究では、この他にも調査結果から、ADHDとCDSの違いについて分析を行っています。

これまで立ち位置が曖昧だったCDSは実際どのような特徴を持つ症状なのでしょうか?

CDSは覚醒レベルが低い?日中の強い眠気とも関連

CDS(認知的離脱症候群)はADHDとは別の特性であることがデータで示されましたが、研究チームがその違いをさらに詳しく見ていった結果、症状の現れ方が対照的であることがわかってきました。

ADHD、特に多動や衝動性が強いタイプの場合、行動上のトラブルが、自分以外の周囲や他者といった「外」に向かう傾向があります。

これを専門用語では「外在化障害(Externalizing disorders)」と呼びますが、具体的には、衝動的な行動が周囲との摩擦を生んだり、あるいは反抗的な態度(反抗挑戦性障害など)として表れたりする傾向が、CDSに比べて統計的に強いことが確認されました。

一方で、CDSの子どもたちが抱える問題は、エネルギーが自分の「内」へと向かうのが最大の特徴でした。

こちらは「内在化障害(Internalizing disorders)」と呼ばれ、強い不安感や抑うつ、あるいは頭痛や腹痛といった身体の不調として表れるリスクが高いことが今回の研究で確認されました。

この知見がなぜ重要かというと、その子に必要な支援のアプローチが変わってくる可能性があるからです。

もしその子がADHDであれば、衝動的な行動をコントロールする指導が必要かもしれませんが、CDSの子に必要なのは「行動を抑えること」ではありません。

むしろ、彼らが内側に抱え込んでいる「不安を軽減し、安心させてあげるケア」こそが、優先されるべきであると考えられるのです。

さらに、今回の研究では、メンタル面以外にもCDSに特徴的な傾向が2つ確認されました。

1つ目は、夜の睡眠時間に関わらず生じる「日中の強い眠気」です。

CDSの子どもたちは、夜に睡眠をとっていたとしても、昼間に覚醒レベルが低く、強い倦怠感を感じていることが多いと報告されています。

これはADHD単独の子どもたちにはあまり見られない特徴であり、彼らが単に「怠けている」のではなく、脳が慢性的に覚醒しづらい状態にある可能性を示唆しています。

2つ目の特徴は、周囲との関わり方、つまり「孤立のしかた」の違いです。

ADHDの子どもは、衝動的な発言や行動によって周囲と衝突し、結果として集団から「拒絶」されてしまうことが少なくありません。

しかし、CDSの子どもたちの孤立はこれとは異なり、特に小学生くらいの年齢では、自分から周囲との関わりを避けて離れていく「社会的引きこもり(Social withdrawal)」の傾向が強いことがわかりました。

彼らは誰かと喧嘩をするわけではなく、静かに集団から離れてしまうため、問題が周囲から見過ごされがちになると考えられます。

これまで見過ごされていた新しい症状

CDSは現時点では正式な医学的診断名として確立されたものでもありません。

この記事を読んだ人のために、この症状の医学的な位置づけについて整理しておくと、CDSは現時点では世界的な診断基準(DSM-5など)には記載されておらず、病院で正式な「診断名」として使われるものではありません。

つまり、病院に行っても「あなたはCDSです」という診断書をもらうことは、今の制度上はできません。

研究チームも結論において、「現時点の証拠だけでCDSを精神疾患(Mental Disorder)として概念化することはベストではないかもしれない」と慎重な見解を述べています。

しかし、これは「何も問題がない」とか「辛さは気のせいだ」という意味ではありません。 研究者は、「現時点で病気と認められないとしても、臨床的に重要でないという意味ではない」と強調しています。

これまでの研究や臨床現場では、「ADHDの治療薬(ドーパミンに作用する刺激薬)を使っても、CDSの症状は改善しにくい」という報告もなされています。

この「薬の反応の違い」は、CDSがADHDとは異なる脳の神経メカニズムを持つ可能性があると、一部の研究者が疑うきっかけになっています。

これを裏付けるように、今回の統計分析でも、CDSはADHD(行動のブレーキの問題)とは異なり、強い不安や覚醒レベルの低さと結びついている可能性が示されました。

ただ、新しい概念であるため、正式な病名として登録されるためには、まだ議論や手続きが必要です。

また「CDSはADHDとは別物」だからといって、「両方が同時に起きない」わけではないという点にも注意が必要です。

今回の調査データでも、CDSの傾向がある子どもたちの残り約半数(51%)は、同時にADHDの基準も満たしていることが確認されています。

これを専門的には「併存(Comorbidity)」と呼ばれますが、CDSとADHDの両方を持っている子どもたちは、どちらか片方だけを持つ子どもたちに比べて、より広範囲な困難を抱えやすい可能性が指摘されています。

研究チームは今回の結果から、CDSの傾向があることが「将来的なうつや不安のリスクが高い状態」となる可能性を指摘しています。

そのため「ぼんやりしがちな人」を、単に「やる気がない」「のんびり屋」と安易にレッテル貼りをして放置せず、CDSという症状に悩んでいる可能性を考慮して適切な支援について考えていく必要があるでしょう。

また「これは自分のことかもしれない」と感じる人にとっても、この特性について自分を責めないようにすることが大切です。

長年この症状は、「やる気がない」「怠けている」と周囲から誤解されていたと研究でも述べられており、自分でもそう思い込んでいる人は多いと予想されます。

しかしこれは今まで見過ごされてきた「症候群」である可能性があり、脳の特性である可能性があるのです。

今回の研究は、これまで見過ごされてきた問題に対して、精神論ではなく、適切なケアが必要な状態であることを示しています。

参考文献

New research differentiates cognitive disengagement syndrome from ADHD in youth

New research differentiates cognitive disengagement syndrome from ADHD in youth
https://www.psypost.org/new-research-differentiates-cognitive-disengagement-syndrome-from-adhd-in-youth/

元論文

Cognitive Disengagement Syndrome is Clinically Distinct from ADHD Presentations within Childhood and Adolescence
https://doi.org/10.1177/10870547251344719
Clinical distinction between cognitive disengagement syndrome and ADHD presentations in a nationally representative sample of Spanish children and adolescents
https://doi.org/10.1111/jcpp.14005

ライター

相川 葵: 工学出身のライター。歴史やSF作品と絡めた科学の話が好き。イメージしやすい科学の解説をしていくことを目指す。

編集者

ナゾロジー 編集部

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