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「嫁は他人!出て行け」母の形見を捨てた同居義母「3カ月前に出て行きましたが?」事実を告げ、絶望!

  • 2026.3.10

私は夫と結婚後、ひとり暮らしをしていた義母と義実家で同居を始めました。生活環境は、1階が義母、2階が私たち夫婦と分かれていましたが、そもそも義母とは生活サイクルがまったく違い、顔を合わせることはあまりありませんでした。
義母は昔からお酒が好きで、毎晩のように夕方から朝まで飲み歩く生活を送っていて……。

何の連絡もなく、何日も帰ってこない日も珍しくなく、同じ家に住んでいながら一緒に食事をしたのは数えるほどしかありませんでした。

義母と生活サイクルが違うことや何日も帰ってこないことは、なんの問題もないのですが、私たち夫婦にとっては、ひとつだけ大きな問題がありました。それは、毎月義母に要求される多額の生活費。義実家の固定資産税や修理代、義母のスマホ代や光熱費などもすべて私たちが負担しているにもかかわらず、義母は「住む家を提供しているのだから当然」と言い、渡したお金のほとんどを自分の娯楽代に費やしていました。

将来の貯蓄のために金額を見直したいと相談しても、義母はまったく聞く耳を持ちません。それどころか、フルタイムで働く私に対して「嫁のくせに家事を完璧にこなさない」「子どもも産まない役立たず」などと日常的に暴言を吐き、「嫁は他人! 文句があるなら出ていけ!」と、ことあるごとに怒鳴ってきます。

実母の他界と義母の非情な態度

同居から数年がたったころ、私にとってたったひとりの肉親である実母が息を引き取りました。深い悲しみに暮れる私に対し、義母は慰めるどころか「他人の葬式なんて行かない。香典も出さない」と放ちました。義母にとって私は「他人」で、その他人の身内などどうでもいいというのです。

決定的な事件が起きたのは、四十九日を終えた後のことでした。私が実母を偲んで、共有で使っているリビングの片隅に小さな遺影と形見の指輪を飾っていたところ、それらが忽然と姿を消したのです。

問い詰めると、義母は「辛気臭いから捨てたわ。他人の写真が家にあるのは嫌。あんな安物の指輪も、置いておいても仕方ないでしょ」と。あまりのひどさに、私はがく然としました。慌てて家の中を見渡すと、キッチンのゴミ箱の中に、無造作に放り込まれていた遺影と指輪を見つけました。すぐに気がついたので回収ができましたが、一歩間違えれば大切な母の形見を失うところでした。

「この家にあるものはすべて私のもの。言うことを聞かないから罰を与えたのよ」と悪びれもしない義母の姿に、私の中で張り詰めていた糸がプツリと切れました。

「それなら、お望み通り出て行きます」
私の言葉を、義母はいつもの口答え程度にしか受け取らず、「勝手にすれば?」と鼻で笑っていました。しかし、これまで義母との関係改善に努めてきた夫も、今回ばかりは私の決断を止めることはありませんでした。

3カ月後の真実

それから3カ月後。義母から突然、怒りの連絡が来ました。

「最近、家の掃除をまったくしていないじゃない! 私がアンタを家族と認めていないからって、嫌がらせのつもり!? 調子に乗るんじゃないわよ!?」

話をしようと「お義母さん……」と声をかけると、義母は私を遮って叫びます。

「家事をボイコットするなんて、何様のつもり? 私に逆らうな! 嫁は他人!今すぐ出て行け!」

相変わらずの剣幕でまくしたてる義母に私は、静かに事実を告げました。

「3カ月前に出て行きましたよ?」
完全に生活リズムが昼夜逆転しており、何日も帰ってこないことが日常の義母。加えて、私たちにまったく興味がなく、2階の様子など気に留めることもありません。そのため、私たちが週末を利用して少しずつ荷物を運び出し、こっそりと引っ越したことに3カ月間も気がつかなかったのです。

「へ?」
理解が追いつかないと言う様子で、あぜんとする義母に、さらに私は、夫と話し合い、家を出た月から生活費の振り込みも完全にストップしていることを伝えました。

慌てて口座を確認した義母から再び連絡があったとき、その声は小さく、震えていました。生活費の振り込みが途絶えた義母の口座の残高は、わずか数千円程度だったのです。

「どうやって生活すればいいのよ、家族でしょ、助けてちょうだい!」

「今まで散々私のことを他人だと言い、何度も出て行けと言ったのはお義母さんです。夫も何度も話そうとしてきましたが、耳を貸さなかったのはお義母さんです。私たちはあなたの望みどおり、家を出ただけです」

義母は泣きついてきましたが、私は冷静に事実を告げました。

身勝手な義母の末路

義母は自分のこれまでの行いを悔やみ、謝罪してきましたが、遅すぎたのです。もう私たちは、義実家に戻るつもりも、義母を援助するつもりもありません。

その後、義母は私たちの援助なしでは生活が成り立たなくなり、生活費を工面するため、渋々パートとして働きに出るようになりました。しかし、飲み歩く生活を変えることはできず、遅刻や欠勤を繰り返してしまい……。結局は維持できなくなった義実家を売却して借金を清算し、今は古いアパートでひとり細々と暮らしているそうです。

夫も義母の横暴な振る舞いに愛想を尽かして完全に縁を切り、今では夫婦2人きりで、誰の顔色をうかがうこともない穏やかな日々を送っています。

◇ ◇ ◇

嫁を他人と見下し、暴言を吐き続けたうえに大切な母の形見まで捨てた義母。最終的には、家も家族も、すべてを失ってしまいました。必要以上に生活費を負担してもらっているにもかかわらず、感謝するどころか相手を傷つけるような態度は決して許されるものではありません。家族であっても、お互いへの思いやりと敬意は不可欠です。一方的に尊厳を踏みにじられるようなことがあれば、早めに距離の取り方について考え、必要であれば縁を切るということも選べる勇気を持ちたいですね。

【取材時期:2026年2月】
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。


著者:ライター ベビーカレンダー編集部/ママトピ取材班

ベビーカレンダー編集部

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