1. トップ
  2. 恋愛
  3. 美しいと感じる画像は脳の「電気代」が安い――美とエネルギーの驚きの関係

美しいと感じる画像は脳の「電気代」が安い――美とエネルギーの驚きの関係

  • 2025.12.12
美しいと感じる画像は脳の「電気代」が安い――美とエネルギーの驚きの関係
美しいと感じる画像は脳の「電気代」が安い――美とエネルギーの驚きの関係 / Credit:川勝康弘

カナダのトロント大学(U of T)で行われた研究によって、人が画像を見て「美しい」と感じる背景には、脳が画像を処理するときのエネルギー消費の少なさが関連している可能性が示されました。

研究では日常の物体や風景などの写真およそ5,000枚(4,914枚)を用意し、1,118人に「見ていてどれくらい心地よいか」を評価してもらったうえで、別の参加者の脳スキャンのデータと比較しました。

その結果、処理が“重い”画像ほど評価が下がり、逆に“軽く”処理できる画像ほど評価が上がるという関連が見られたのです。

これは、美的な好みが脳の省エネ戦略と結びついている可能性を示唆する重要な発見です。

もし脳が判断する美がコスパ込みの評価だとしたら、私たちは今後、美についてどう向かえばいいのでしょうか?

研究内容の詳細は2025年12月2日に『PNAS Nexus』にて発表されました。

目次

  • 「脳の電気代」が美を制御している
  • なぜ「真っ白な壁」が最高の芸術品にならないのか?

「脳の電気代」が美を制御している

「脳の電気代」が美を制御している
「脳の電気代」が美を制御している / Credit:Canva

美しさを「脳の電気代」で語る――ずいぶん身もふたもない話に聞こえます。

しかし考えてみれば、脳は体重のごく一部なのに、全身のエネルギーの約2割を消費する“燃費の悪い臓器”です。

スマートフォンが動画で電池を減らすように、脳も「見る」だけでコストがかかります。

そして生き物は、得をするために損をしないという、当たり前の財布感覚のもとで生きています。

人類の進化にとってエネルギー効率は死活問題ですから、脳は何とか負担を減らそうと工夫を凝らしてきました。

もしかすると「楽に処理できる映像」を好むようにできているのかもしれません。

言い換えれば、「目に優しい(処理が簡単な)画像」を見るとき、私たちは快適さや美しさを感じるよう進化した可能性があるのです。

「そんなことはない」と言いたい人もいるでしょう。

しかし実際、私たちは“目が疲れる画像”と“なぜか落ち着く画像”を知っています。

派手な模様やごちゃごちゃした画面を見続けると、頭が重くなることがあります。

一方で、すっと形が入ってくる景色や、見やすいレイアウトには、理由は分からなくても好感が湧きます。

美がどこか高尚な感情だとしても、その入口には「見やすさ」という庶民的な関門が立っているようにも見えます。

数学の世界でも「シンプルな式ほど美しい」と言われるのを聞いたこともあるでしょう。

そこで今回、カナダ・トロント大学の研究チームは「脳のエネルギー消費」という観点から美の謎に切り込む実験を行いました。

彼らは日常的な物体や風景を写した約5,000種類の写真を用意し、インターネット経由で募集した1,000人以上の参加者に各写真の「見ていてどれくらい心地よいか(美的な好ましさ)」を5段階評価してもらいました(各画像あたり平均50人が評価)。

さらに同じ画像セットを視覚モデルとして訓練済みのAI(人工知能)に見せてモデル内で「処理の重さの目安」を計算し、加えて一部(4名)の被験者については機能的MRI(脳活動を計測する装置)の既存データで、脳がどれくらい強く働いたかを示す指標(BOLD信号)も調べました。

結果、まず人工知能モデルの解析では、学習済みモデルにおいて「多数の人が好んだ画像ほど、モデル内で活性化したユニット(計算の部品)の数が少ない」という負の相関関係が確認されたのです。

言い換えれば、モデルが「少ない活動量で処理できる画像」ほど人間の評価も高かったということです。

一方、未学習モデルではそうした関係が学習済みほど安定しては見られませんでした。

経験を積んでいない人工視覚では、画像の好み度と“脳の電気代”の関係がはっきりしなかったのです。

つまり、“節電美学”とも呼ぶべきこの傾向は、「見慣れた目」だからこそより強く現れやすいものだったのです。

人間の脳でも、ほぼ同じ傾向が観測されました。

被験者の脳画像を分析すると、視覚系の複数の領域で画像ごとの活動量と美しさ評価との間に負の相関が見られたのです。

具体的には、視覚野など低次レベルの領域から、高次の領域に至るまで、「美しい」と評価が高い画像ほど各領域の活動が低いという傾向が多くの領域で確認されました。

人がある画像を「とても好きだ」と感じているとき、脳の視覚処理エリアは意外にも静かに省エネ運転していたのです。

では、なぜ脳にとって負担の少ない映像を見ると私たちは「美しい」「好きだ」と感じるのでしょうか。

研究者たちは、この現象を「脳がエネルギーを節約するための情動ヒューリスティック(感情で素早く判断する近道)」だと考えています。

ヒューリスティックとは、私たちが無意識に使っているお手軽な判断基準のことで、脳は長い進化の中で「エネルギーをなるべく無駄遣いしない」よう報酬システムを調整してきた可能性があります。

言ってみれば、脳は大変な処理を強いられる映像よりも、「サクサク情報を処理できる映像」を見たときにご褒美を与えているのかもしれません。

その結果として、見るだけで楽に処理できる画像に対して私たちは「なんだか心地よい」「つい見とれてしまう」と感じるわけです。

「美しい」と感じる基盤には色彩や構図など様々な要素がありますが、今回そこに脳内エネルギー効率という一本の筋が通った形です。

この知見が社会にもたらすインパクトは大きいでしょう。

例えばデザインや芸術の分野では、「人間の脳が負担を感じない画像」が一つの評価基準になる可能性があります。

将来的には、視覚的に心地よい広告やインターフェースを作る際に、脳のエネルギー指標を用いて客観的にデザインを最適化することができるかもしれません。

また、人によって異なる「美の感じやすさ」を脳活動から読み取る技術が発展すれば、個人に合わせてリラックスにつながる可能性のある映像コンテンツを提供することも夢ではないでしょう。

ただ、ここで誰もが思う反例があります。

もし「省エネ=美」なら、真っ白な壁こそ究極の美になってしまうはずです。

なのになぜ私たちは白い壁を最高の芸術品と思わないのでしょうか?

なぜ「真っ白な壁」が最高の芸術品にならないのか?

なぜ「真っ白な壁」が最高の芸術品にならないのか?
なぜ「真っ白な壁」が最高の芸術品にならないのか? / Credit:Canva

なぜ私たちは白い壁を最高の芸術品と思わないのか?

今回の論文は、この矛盾を正面から扱っています。

著者らはこの点について、美を感じるには最低限の覚醒、つまり頭が目覚めている度合いや、興味が必要だと述べています。

つまり、美は「節電のご褒美」だけではなく、「そもそも見る価値がある」という点火装置が必要なのです。

この構図を、心理学の古いけれど強い言葉に翻訳すると、「逆U字」の話になります。

刺激が単純すぎると退屈で快が上がらず、複雑すぎると負担が重くなって快が下がります。

その中間に「いちばん気持ちいい帯域」がある、という考え方です。

では、その逆U字を「節電」の言葉で言い直すと、何が見えてくるのでしょうか。

論文が提示する答えは、かなり生々しい「損得勘定」です。

利益とは、見て分かることが増えることや、快の回路が動いて気分が上がることです。

白い壁はコストが安い代わりに、利益は小さくなりやすいです。

だから「お得感」が立ち上がりにくいのです。

逆に、ほどほどに情報があり、しかも脳がうまくまとめて処理できる刺激は、支払いが小さいのに得るものが大きくなります。

これが「適度な刺激が最も心地よく、美に至る」一つの筋道になります。

もう少しだけ、脳の側から言い換えるとこうなります。

白い壁は、視覚系にとって「処理が楽」というより、「処理が起きない」に近い刺激です。

脳の会計係はたしかに請求書を減らせますが、同時に、脳の中の「学び担当」に渡す仕事もありません。

何も起きない時間は、休息には向いても、快の点数にはつながりにくいのです。

逆に、自然画像のように要素がある程度まとまり、「意味のある全体」としてまとまって見える刺激は、脳の中で統合、つまりバラバラの情報を一つにまとめる処理が起きやすく、結果として効率の良い表現になりやすいと論文は述べます。

節電の快が鳴るのは、「何かを掴めたのに、コストが安かった」という出来事があるときなのです。

つまり「白い壁が勝てない」は、節電美学への反論ではなく、節電美学を裏から証明していることになるでしょう。

美は脳の処理が安いから起きるのではなく、得をするから起きるとも言い換えられるです。

もっとも、全ての美がこの「お得感」で成立するとまでは言い切れません。

美的感覚は個人差や文化差も大きく、本研究が扱ったのは主にカナダ・米国のオンライン参加者と日常的な写真画像です。

この範囲外(現代アートなど)でも同じ法則が成り立つのかは慎重な検証が必要でしょう。

それでも本研究は、美の感じ方に脳が画像を処理するときのエネルギー消費の少なさという生物学的な要素が関わりうることを「初の直接的証拠」示したものです。

これは「美とは脳にとって心地よい状態」という考えを支持する重要な手がかりであり、学術的にも価値の高い成果です。

もしかすると未来の世界では、芸術家やデザイナーが「美の感性」だけでなく、「脳の電気代」という見えない請求書も意識しながら作品を作る時代が来るのかもしれません。

美は空から降ってくる神秘ではなく、脳が必死に節約しながら世界を理解しようとする、その努力の副産物として立ち上がる……そう考えると、少しだけ景色の見え方が変わるかもしれません。

元論文

Less is more: Aesthetic liking is inversely related to metabolic expense by the visual system
https://doi.org/10.1093/pnasnexus/pgaf347

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

元記事で読む
の記事をもっとみる