1. トップ
  2. 24年前に放送された“前代未聞の朝ドラ” 批判的な意見もあった“当時のヒロイン像”とベテラン脚本家の絶妙な演出

24年前に放送された“前代未聞の朝ドラ” 批判的な意見もあった“当時のヒロイン像”とベテラン脚本家の絶妙な演出

  • 2025.12.27

2001年度前期に放送されたNHK連続テレビ小説(以下、朝ドラ)『ちゅらさん』は、おそらくもっともしあわせな気持ちになることができる楽しい朝ドラではないかと思う。

以下本文には放送内容が含まれます。

undefined
国仲涼子(C)SANKEI

本作は、沖縄が本土復帰した1972年5月15日に沖縄の小浜島で生まれたえりぃこと古波蔵恵里(国仲涼子)の物語。

物語はえりぃの幼少期から高校時代までを描いた沖縄編と、えりぃが上京して一風館というアパートで一人暮らしを始める東京編の二部構成となっている。
高校卒業後、幼少期に出会い結婚の約束をした初恋の人・上村文也(小橋賢児)と再会するため、えりぃは東京に向かう。

彼女の初恋が成就するかという恋の物語がドラマの主軸となっているが、ラブストーリーと言うよりはホームドラマとしての側面の方が強い。

まず沖縄編では、貧乏だがいつも明るく楽しい古波蔵家の愉快な日常が描かれる。
何より印象深かったのは、第2週で描かれたゴーヤーマンをめぐるエピソード。
久々に戻ってきた長男の恵尚(ゴリ)の儲け話に乗った古波蔵家は、マスコット人形・ゴーヤーマンを大量生産して沖縄で売ろうとするが、まったく売れずに大量の在庫と借金を抱えてしまう。
経済的に豊かではない古波蔵家にとっては洒落にならない話だったが、売れると信じているえりぃ達の姿が可笑しすぎて、何度観ても笑ってしまう。
この第2週以降、『ちゅらさん』は家族で楽しく笑えて、ちょっとだけしんみりとするコメディタッチの朝ドラとして広く認知されるようになり、その後は回を重ねるごとに国民に愛される朝ドラへと成長していった。
そして、舞台が東京に移ると、えりぃが暮らす一風館の住人たちとの交流が描かれる。
沖縄と違い東京の人間関係はドライで一風館も住人同士の交流がほとんどなかったのだが、えりぃが引っ越してきたことをきっかけに、住人同士の交流が活発になり、やがて家族のような付き合いに変わっていく。

楽しいファンタジーに振り切った朝ドラ

本作の脚本を担当した岡田惠和は『ちゅらさん』の大ヒットによって国民的作家として広く知られるようになった。
『ちゅらさん』の後も、2011年度前期の『おひさま』、2017年度前期の『ひよっこ』という朝ドラを手掛けており、岡田惠和と言えば朝ドラの脚本家というイメージが今では完全に定着している。
だが放送当時の『ちゅらさん』は、朝ドラとしては異色作で、ここまでコメディに振り切ったファンタジーテイストの朝ドラは前代未聞だった。

2001年に放送された『ちゅらさん』は、当時の岡田惠和にとっては集大成と言えるドラマだったが、『イグアナの娘』や『おそるべしっっ!!!音無可憐さん』といった、90年代に岡田が書いてきたファンタジーテイストのアイドルドラマのフォーマットが活かされていた。

主人公のえりぃは、初恋の人に会いたいという思いだけで東京に向かうヒロインで、どこか浮世離れしたところがある。
彼女の性格は純粋で優しいが、楽観的過ぎるところがあり、もうちょっと将来のことをちゃんと考えて行動しろよと、思わずツッコミを入れたくなる。

朝ドラヒロインに厳しいツッコミを入れる裏ヒロインとしての真理亜

近年はだいぶ変わってきたが、朝ドラヒロインというと、純真無垢で真面目で明るい老若男女から愛される優等生的な女性というイメージが強く、だからこそ逆に嘘くさくて嫌いだと批判されることが多かった。

そのため、朝ドラヒロインの持つ優等生的なイメージをどうやって解除するか、もしくは優等生的な少女であることに物語上の説得力をしっかりと持たせるかが、朝ドラに挑む脚本家にとっての大きな課題だった。
当時の岡田惠和はそのことにとても自覚的で、えりぃを漫画のキャラクターのようなピュアな存在として描く一方で、彼女の行動や振る舞いが絶対的に正しいと視聴者に思われないように注意を払っていた。

それが最もよく表れているのが、一風館で暮らす絵本作家・城ノ内真理亜(菅野美穂)の存在だ。

彼女はメルヘンチックな絵本を書いているが性格が悪くて毒舌で、ピュアな思いを抱えたえりぃに対しても厳しいことを言う。
物語上の役割はツッコミ役で、夢みたいなことばかり言うえりぃに対して厳しいツッコミを入れるのだが、素直で天然ボケな所があるえりぃは真理亜の苦言を優しさだと受け止める。
そのため真理亜は逆にえりぃに振り回されてしまうのだが、そんな二人のやりとりはとても愛おしいものとして描かれていた。

真理亜は『ちゅらさん』における裏ヒロインとでも言うような存在だが、彼女の厳しい目線がドラマ内にあることの意味はとても大きく、本作の優しい世界に苦手意識を感じる人も真理亜の目線を通して、少し引いた距離から『ちゅらさん』を楽しむことができる。
純真無垢なヒロインに対して、いけすかない感情を抱いている真理亜のような女性を岡田惠和はアイドルドラマの中に配置し、批判的な台詞を言わせてきた。
それは作者自身による、ヒロインに都合の良い世界に対するツッコミだが、そのツッコミを経由するからこそ『ちゅらさん』のような優しい世界をファンタジーとして安心して楽しめる。

何より、真理亜のような存在を配置することで、ヒロインと敵対して衝突する人の存在もドラマの中に包み込むことが可能となり、多様性のある理想郷を描けるのだ。

何も考えずに観ていても、楽しい時間を満喫できる『ちゅらさん』だが、ヒロインの行動や発言に厳しい真理亜を岡田惠和が配置した意味を考えると、より深く本作の世界が楽しめるのではないかと思う。


ライター:成馬零一
76年生まれ。ライター、ドラマ評論家。ドラマ評を中心に雑誌、ウェブ等で幅広く執筆。単著に『TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!』(宝島社新書)、『キャラクタードラマの誕生:テレビドラマを更新する6人の脚本家』(河出書房新社)、『テレビドラマクロニクル 1990→2020』(PLANETS)がある。