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「圧巻の脚本」「文句なしの一年」NHK大河ドラマ“だからこそ”描けた、たった5分の“名場面”

  • 2025.12.26
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『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』1月19日放送 (C)NHK

“江戸のメディア王”蔦屋重三郎(横浜流星)の生涯を描いたNHK大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』が、ついにその幕を下ろした。文化を信じ、人を信じ、“書を以って世を耕す”を体現した破天荒な男の物語は、時代劇の枠を軽やかに飛び越え、現代の視聴者にも深い余韻と笑いを届けてくれた。脚本、演出、俳優陣、すべてが“粋”に満ちた一年間。最終回放送を機に、この作品の魅力をあらためて紐解いてみたい。

※以下本文には放送内容が含まれます。

「書を以って世を耕す」蔦重の信念が今なお響く理由

江戸の町におもしろいことを巻き起こし続けた男、蔦屋重三郎。2025年の大河ドラマ『べらぼう』は、その破天荒な出版人の生涯を描きながら、日本の表現文化と権力のせめぎあいを軽やかに、しかし力強く映し出した。最終回放送に対してSNS上でも「圧巻の脚本」「文句なしの一年でした」と声が飛び交っている。

脚本を手がけたのは森下佳子氏。『JIN-仁-』『ごちそうさん』『おんな城主 直虎』など、過去作でも人情とユーモアを織り交ぜた人物描写に定評のある森下氏だが、本作ではさらに一歩踏み込んだ。戯作や錦絵、黄表紙など、現代人には馴染みの薄い江戸文化を、あたかも週刊誌やSNSに例えるような語り口で、現代を生きる視聴者の心にすっと届けてみせた。

蔦重の信念でもある、「書を以って世を耕す」は、ただの理想論ではない。為政者たちの思想統制に抗いながら、ときに笑い、ときに煽り、ときに涙させる本を作り続けるその姿は、現代に通じる“表現の自由”への強いメッセージでもあった。

とくに、後半の敵役として立ちはだかる松平定信(井上祐貴)との対決は、おもしろいことと、正しいことの価値がぶつかり合う、白熱の構図として描かれた。

歌麿、京伝、源内……江戸クリエイターたちの群像劇

蔦重の周囲を彩った登場人物たちの魅力もまた、『べらぼう』の根幹を支えていた。喜多川歌麿(染谷将太)、平賀源内(安田顕)、山東京伝(古川雄大)、大田南畝(桐谷健太)、葛飾北斎(くっきー!(野性爆弾))……。誰もが一癖も二癖もある才人たち。

彼らと蔦重の間に芽生える信頼と裏切り、嫉妬と敬意、情と理。その濃密な人間関係は、まさに“江戸クリエイター群像劇”だった。

なかでも、性や恋愛、男色といった“タブー”に果敢に切り込んだ描写は、多くの視聴者にとって新鮮だったはずだ。それは単なる話題性のためではない。その時代、その土地で生きる人々の欲望や愛情のかたちを真正面から描くことこそが、文化を耕すことだと、作品全体が語っていた。

主演・横浜流星の熱演も忘れてはならない。蔦重というキャラクターは、ただ破天荒なのではなく、繊細さと聡明さ、そして誰よりも“人間が好き”という眼差しを持った人物だ。その複雑さを、横浜は抑制された演技と瞬発力で見事に体現。浮世離れした存在でありながら、なぜか近くにいるような現代性を与えてくれた。

最終回では、その蔦重の最期の瞬間すら、エンタメとして昇華された。脚気に倒れ、布団の上で仲間たちに看取られながら迎えたその瞬間、鳴り響く昼九つの鐘。そして「呼び戻すぞ!」の掛け声とともに始まる“屁”踊り。

『べらぼう』が一年かけて培ってきた笑いと涙と粋が、たった5分に凝縮されたような名場面だった。まさに、最期すらも物語に変えた男にふさわしいフィナーレだ。

一年かけて描き切った、文化の力

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『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』1月19日放送 (C)NHK

そしてこの作品が真に大河ドラマたる所以は、蔦重の“人生”だけではなく、“時代”を描いた点にあるのではないか。

田沼意次(渡辺謙)から松平定信へ、政治の潮流が大きく揺れ動くなか、町人文化と幕政の緊張感が交錯する描写は圧巻だった。個人の情熱が時代の奔流とどう交わるのか。蔦重を通して見えてきたのは、時代の寵児の物語ではなく、江戸という舞台そのものの躍動だった。

また、大河ドラマという1年スパンの構成だからこそ、描けた成長や熟成も大きい。幼少期に夢を語っていた少年が、やがて大勢の仲間と“写楽”という企てを成し遂げ、晩年には命を賭して文化を守ろうとする。その積み重ねの時間が、最終回の感動を何倍にも膨らませていた。

制作面でも、江戸の風俗や言葉遣いの考証、文化財級の美術セットなど、NHKならではの丁寧な時代再現が物語の世界観を豊かに支えていた。しかし、それらに頼ることなく、あくまでおもしろい物語として昇華できたのは、作品全体に通底する粋な視点があったからだろう。

『べらぼう』は、歴史を描くための作品ではなかった。歴史に生きた人間たちの滑稽さや欲望、痛み、そして愛しさまで描いてみせたのだ。だからこそ、視聴者は笑って泣いて、そしてまた明日、おもしろいことをしようと思えたのではないか。

蔦重のように、どんな時代でも「書を以って世を耕す」精神を忘れずに。この令和の時代に、『べらぼう』という大河が残した耕された土壌は、きっと新たな物語を芽吹かせてくれるはず。


NHK大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』 
NHK ONE(新NHKプラス)同時見逃し配信中・過去回はNHKオンデマンドで配信

ライター:北村有(Kitamura Yuu)
主にドラマや映画のレビュー、役者や監督インタビュー、書評コラムなどを担当するライター。可処分時間はドラマや映画鑑賞、読書に割いている。X(旧Twitter):@yuu_uu_