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“彼のために用意された役”NHK特集ドラマで新境地へ 菅田将暉らと物語を支える“モデル俳優”

  • 2025.12.22

火星と地球をめぐるSF群像劇『火星の女王』。第1話から密かに強い印象を残したのが、栁俊太郎演じる“タグレス”と呼ばれる青年・コーンだった。鋭い視線と沈黙の奥に宿るのは、奪われ続けてきた者の怒りと哀しみ。そして、誰よりも深く世界を見つめる眼差しだ。栁が体現する、美しさと泥臭さの同居は、火星という舞台に強度を与えるだけでなく、今後の物語における不確かな未来すら予感させる。

※以下本文には放送内容が含まれます。

管理されない者たち、その象徴

未来の火星には、“タグ”と呼ばれる個人識別チップを体内に埋め込まれた人々と、それを拒否する“タグレス”たちが存在する。栁俊太郎が演じるコーンは、そんな管理社会に抵抗するタグレスの一員であり、火星の最初の入植地『コロニーゼロ』で生きる採掘作業員。彼は、チップ(岸井ゆきの)やポテト(米本学仁)らとともに、火星の裏側に生きる存在だ。

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栁俊太郎 (C)SANKEI

チップの埋め込みを拒否した理由は劇中で明言されないが、ISDA(火星を統治する地球発の国際組織)に対する強い不信感が、その沈黙の端々ににじむ。まるで、見えない檻に囲まれながらも、それでもなお拳を固く握りしめて立っている男。コーンはそんな存在として描かれている。

栁の演技は、いわゆる熱量では語りきれないタイプだ。多くを語らず、笑わず、叫ばない。それでも彼が画面に現れた瞬間、その妙な柔らかさに視線は自然と引き寄せられる。それは彼の纏う空気が、役の過去や痛みを雄弁に語っているからかもしれない。
地球から来た特権階級の人間とは明らかに違う、現地に根を張って生きてきた者の凄み。それは、彼が演じるコーンという青年そのものの存在感だった。

モデル出身の“美しさ”がもたらす逆説的なリアリティ

栁といえば、端正なルックスとスラリとした長身で知られ、モデルとしても活動している。にもかかわらず、今作で彼が演じるのは、汗にまみれた労働者であり、社会から疎外され続けた“持たざる者”だ。

ところが、このギャップが物語にリアリティをもたらしている。たとえば、整った顔立ちと無骨な作業服の組み合わせは、あまりに不釣り合いに見えるかもしれない。しかし、それが逆に、生まれながらにして支配される側に生きることになってしまった人間としての悲哀を、どこまでも際立たせる。

栁の持つ美しさや佇まいは、ここでは“恵まれなさ”を照らす鏡であり、むしろ彼が演じるコーンの報われなさや抗えなさを、一層痛切に感じさせる。俳優という職業の強みが、本人の属性が物語を逆照射する瞬間にこそあるとしたら、まさにこの役は、栁俊太郎という俳優のために用意されたポジションだったのかもしれない。

リリとの邂逅が見せた、優しさという“ほころび”

第1話において、地球に帰還予定だったリリ-E1102(スリ・リン)が誘拐され、コーンらタグレスの元に連れてこられる。そこで見せたコーンのある行動が、SNSで「ほんとは良いヤツ?」と、ちょっとした話題となった。なんと彼は、リリの逃走を助けてしまうのだ。

彼のなかには、支配される側としての怒りと、それでも誰かを救いたいという優しさが、矛盾したまま共存しているのかもしれない。このほころびが、コーンという人物を単なる反体制の象徴ではなく、感情や意見を持つひとりの人間として浮かび上がらせる。
リリとの関係性の進展次第で、彼のなかにある迷いや揺らぎが、物語の核へと変貌する可能性すら秘めている。

全3話構成の『火星の女王』は、壮大な舞台と群像劇的なストーリーテリングで、新しい未来の可能性を描き出そうとしている。栁が演じるコーンは、もっとも過去に縛られた男であり、同時にもっとも現在に踏みとどまっている男でもある。
つまり、火星が抱える格差や支配構造といった問題を、もっとも生々しく、かつリアルに体現しているキャラクターと言える。スリ・リンや菅田将暉が演じる中心人物たちが未来を語るとき、その足元で“過去を忘れるな”とも言いたげな存在感を静かに放つコーン。その対比が、実は物語全体のバランスを支えているのではないか。


ライター:北村有(Kitamura Yuu)
主にドラマや映画のレビュー、役者や監督インタビュー、書評コラムなどを担当するライター。可処分時間はドラマや映画鑑賞、読書に割いている。X(旧Twitter):@yuu_uu_