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つなぎたい「最後の温泉メロン」。南伊豆町が挑む地域と資源の未来【サーキュラーキッチン】

  • 2025.10.10

南伊豆の特別な果実、地球のエネルギーから巡る「温泉メロン」

「さとう温泉メロン」の品種はマスクメロン。公式ホームページやふるさと納税でも購入できる。
「さとう温泉メロン」の品種はマスクメロン。公式ホームページやふるさと納税でも購入できる。

伊豆半島の南端にある南伊豆町は、透明度の高い海に、急峻な山地が海岸線まで迫り、ハワイを彷彿とさせるダイナミックな風景が広がることで知られる。東京からわずか3時間ほどの距離でありながら亜熱帯性気候に近く、古の火山活動に由来する類まれな自然環境は、ユネスコ世界ジオパークにも認定されている。町には100℃を超える熱い湯が湧き出す源泉が数多くあり、温泉施設はもちろん、その熱を利用した農業や養殖業が伝統的に行われてきた。

この町で、40年以上前から温泉熱による極上のメロンを栽培する佐藤晴史は63歳。南伊豆町で最後の「温泉メロン」栽培農家だ。自身の農園内に湧き出す源泉を6つのビニールハウスに配湯し、冬場の暖房を賄う。化石燃料に頼らない農法から生まれる温泉メロンは、高糖度でとろけるように甘い。都内の有名フルーツパーラーでも一級の贈答品として高い人気を誇るほか、このメロンを使ったパフェや菓子を提供する南伊豆町のパティスリーには、国内外から押し寄せる客が連日行列をつくるほどだ。だが、佐藤の栽培技術や施設を継ぐ担い手は今のところいない。

温泉熱を利用した栽培が、なぜ存続の危機にあるのか。この地に湧く温泉は塩分を多く含み、配湯管の経年劣化に対するメンテナンスが必須。時代とともにその費用が負担となり、かつては自宅に源泉を引いていた住民や事業者の多くがそれをやめつつある。結果、150以上あった町内の源泉は現在50程に減少し、温泉熱を利用した産業も縮小傾向だ。そんな中で、佐藤は自身の農園内に源泉を持つため配湯管が短くて済み、栽培したメロン全てを直接販売することで値崩れを防ぎながらメンテナンス費との折り合いをつけ、温泉メロンを継続させてきた。

町は地域の天然資源である温泉の維持のため、以前、温泉熱のエネルギーとしての利用を試みたこともあった。熱による発電で利益を生み、維持管理費に充てる構想だ。しかし南伊豆町の源泉は居住区に密集しており、構想の現実化は困難と判断された。

一方で、新しい風もある。町外から参入した事業者が、使われなくなっていた既存の温泉設備を活用し、温泉熱を用いたオニテナガエビの養殖事業を近く開始する予定だ。地域の宝であるはずの温泉や、そこから生まれる産業・産物をいかに未来へ引き継ぐのか。源泉は住民や事業者の個人所有とはいえ、個別の努力だけでこの課題を越えていくのは極めて困難だ。

地球温暖化の課題に取り組みながら、町の持続可能性を高めるために

メロンハウスの横に湧く天然温泉。
メロンハウスの横に湧く天然温泉。

南伊豆町の町長 岡部克仁もまた、佐藤の温泉メロンを引き継ぐ若手が現れることを期待する者の一人である。しかし課題の本質は、温泉熱を利用した農業の存続だけに留まらない。日本の多くの地方と同じく少子高齢化と過疎化が進む中、南伊豆町そのものの存続が問われているのだ。地域の自然エネルギーの積極的な利用により地球全体で緊急性が増す気候変動対策へ貢献しながらも、限られた財源の中で、足もとの町の持続可能性を高めなければならない。

岡部は南伊豆町の厳しい舵取りに果敢に挑み続けている。「現在、町は風力や太陽光などの自然エネルギーを、南伊豆の自然の景観を壊さぬよう厳密なルールを設けながら積極的に導入し、エネルギーの地産地産を目指しています。災害時に東海地区からの送電が途絶えた場合も、地域内でエネルギー供給ができるよう、防災の観点においても重要な取り組みです。また、先進技術を使った使用済み紙おむつの資源化の実証実験も行っています。環境への貢献と同時に、移住者を呼び込むための子育て支援を手厚くし、未来へ残っていくための努力を続けています」

温泉という地域資源は大切だが、それだけを守れば良いわけではない。多面的に町の持続可能性を高めながら、豊かな自然環境やそれに基づく産業、人々の暮らしを守っていく必要がある。努力の成果か移住者はじわりと増え、2024年、南伊豆町は消滅可能都市から抜け出した。「何よりもまず南伊豆町を知っていただくことが重要」と、岡部は自ら町のPRに奔走する。その手土産として携えていく機会が多いのが、佐藤の温泉メロンだと話す。食べた人に感動的な体験をもたらし、町を好きになってもらう。網目模様も美しい佐藤の温泉メロンから、地方の町が抱える葛藤と、それでもなお営みを未来へつないで行こうと奮闘する姿が見えてくる。私たちが食卓から失くしたくないものの背景を感じて。

Text: Maiko Morita Special Thanks: Emi Sugiyama Editor: Mina Oba

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