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「なんでも楽しめる自分が好き」なでしこジャパンを支える北海道出身・熊谷紗希選手の故郷での原点は

  • 2025.9.12

サッカー女子日本代表「なでしこジャパン」。
2011年、FIFA女子ワールドカップで歴史的な世界一になったことを覚えている方も多いのではないでしょうか。
そのピッチに、若干20歳で立った北海道出身の選手がいます。

熊谷紗希選手。

2008年、高校2年生で日本代表に初めて選出されてから代表メンバーに定着。
あの世界一を決める決勝戦でもスタメン出場し、優勝を決めるペナルティキックを成功させました。
翌年2012年のロンドン五輪でも銀メダルを獲得。

その後キャプテンとなった熊谷選手は数々の世界大会で日本代表を牽引していきました。
日本代表としての試合出場数は162と歴代2位となっています(2025年6月27日現在)。

北海道から世界へ。
この言葉をスローガンに掲げ、努力していくこと、理想や目標に近づいていくことは簡単ではありません。
気負い過ぎず、現実と向き合いながら、自問自答したり自分なりの生き方を模索し、十人十色な人生を描いていくことがそれぞれの生き方に繋がっているはずです。

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HBCラジオ「過ゲキにコンサドーレ」のスタジオに来てくださいました!

今回は、「北海道から世界」を体現したサッカー・なでしこジャパンの元キャプテンで、現在イングランド・ウィメンズ・スーパーリーグのロンドン・シティ・ライオネスに所属する熊谷紗希選手(34)にHBCラジオ「過ゲキにコンサドーレ!」(毎週金曜よる10時30分~11時00分)に出演していただき、お話を聞きました。

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【連載】こう生きたっていい

いろいろな生き方・働き方をしている北海道の女性へのインタビューを通して、自分らしく生きるヒントを見つけるための連載です。
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熊谷紗希選手は、2025年9月6日、サッカー・イングランドのトップリーグ「イングランド・ウィメンズ・スーパーリーグ」のピッチに立ちました。

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これでドイツ、フランス、イタリアに続いて、欧州5大リーグの4か国目のリーグに出場。
海外リーグ15シーズン目、出場試合数を276に伸ばしています。

そんな彼女には故郷・北海道での「原点」がありました。

サッカーも勉強も…原点は「文武両道」

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サッカー少年団に所属していたころの当時9歳の熊谷選手(本人提供)

サッカーをはじめたきっかけはお兄さん。
当時チームのエースだったお兄さんと一緒に8歳でサッカーをするようになり、熊谷家はサッカー一色になりました。

小学校のサッカー少年団に女子唯一のプレーヤーとして所属。
大勢の男の子たちとともにサッカーに明け暮れました。

当時のチームメイトは「小学校のときも今と同じように背も高くて、サッカーテクニックもあって、チームで1番、2番を争う上手さでした」と話します。

中学校に入ると、女子サッカーのクラブチームに所属しますが、一方で通学する中学校の男子サッカー部にも所属。
「サッカーの二刀流」で更に技術に磨きをかけました。

ですが、その一方で教師だった両親からは「好きなことをするからにはやるべきことをやりなさい」と教え込まれたといいます。

「どんなにサッカーで疲れていても、塾を休むことは許されませんでした。でも時間のない中での勉強の仕方や、集中力はそんな中で身についたものだと思います」と熊谷選手は振り返ります。

高校は女子サッカーの強豪校である宮城県の常盤木学園にサッカー留学で進学。学年の成績トップだけが集まる特別クラスに入りました。
寮生活をしながら、文武両道をきわめて、筑波大学に進学します。

高校2年生で日本代表にも選出され、高校卒業と同時に浦和レッズレディースに入団を果たしました。

2011年のワールドカップ後、ドイツのフランクフルトよりオファーを受けて、苦渋の決断の末、筑波大学を中退して世界に羽ばたきました。

両親から伝えられた「文武両道」が今の熊谷選手のベースにつながっています。

まずは今を真剣に考える

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熊谷選手の「これから」は2027年にまっすぐ!先のことはまだ「空白」です

まもなく35歳を迎える熊谷選手。
アスリートとしてはベテランと言われるポジションです。

17歳で代表に選ばれて倍の歳を重ね、チームの核として日本に欠かせない選手と歴代の監督から厚い信頼と人望があります。

選手キャリアもまさに熟してきた熊谷選手の今後の目標を聞くと…

「ブラジルで開催される2027年のワールドカップの優勝だけを考えてこれからのシーズンを過ごしていきたい」

翌年2028年のロサンゼルス五輪も考えていないとハッキリ。

「2027年ブラジルワールドカップを優勝してから考えます、そのあとのことは」

オフはアクティブに充実

「休みの日は誰かしらと会っている」と話す熊谷選手。

「今しかできないと思ったら結構どこにでもいっちゃう。でもこれでも若いときよりはゆっくりしている方なんです」

2025年6月のオフシーズンは札幌市内の実家になでしこジャパンのチームメイトが北海道旅行を兼ねて勢揃い!
海外組も含めて多くの選手が熊谷選手の実家にお泊りしたそうですよ!

「地元を案内して回転ずしを食べて…私たちらしいなと思ったのがすごくアクティブで、ずっとアウトドア。アトラクションなど外で動き回ってましたね(笑)」

北海道を満喫するメンバーをみて、地元を楽しんでくれたことに誇らしい気持ちになったそう。
改めて北海道の良さを感じて、また世界での戦いに挑みます。

2025シーズンは

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そんな熊谷選手の2025年シーズンが開幕。

9月6日(土)、今季よりイングランド・ウィメンズ・スーパーリーグに昇格したロンドン・シティ・ライオネスは開幕戦で強豪アーセナルと敵地で対戦しました。

結果は残念ながら1‐4で敗れてしまいましたが、熊谷選手は背番号8を背負いフル出場。
欧州4か国目、イングランドのトップリーグデビューを果たしました。

なでしこジャパンは目指す未来に「誰もが自分らしく挑戦できる未来」を掲げます。

そして熊谷選手自身が今自分で掲げるテーマは「感謝の心と、何事も楽しむ努力をすること」です。

何でも楽しめる自分の生き方が好き

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自分の生き方で好きなところを熊谷選手にたずねてみました。

すると「 なんでも楽しめる性格 」と一言。

世界の強豪リーグに足を踏み入れ、ヨーロッパ各国のチームに飛び込んできた熊谷選手。

「好奇心旺盛でワクワクする選択を決断してきたのもこの性格だからかなー」と振り返ります。

壁にぶつかったときは…「振り返りすぎない」

小さなときからサッカーを通じて「男性社会」で共存してきたこと。
試合にも、そして自分にも勝つ方法を考えてきたこと。
両親の教えから「文武両道」を実現してきたこと。

そんな経験の数々が熊谷選手にとって「世界のプレーヤーと渡り合う上での礎になった」といいます。

「ときには落ち込むこともあるし、悔しい気持ちになることもあります。でも終わったことは変えられないので。今を生きることがすべてだと思っています」

そんな熊谷選手に、壁にぶつかったとき、悩んだり迷ったりするときに意識することを聞いてみると「いい意味であんまり振り返りすぎないこと」と教えてくれました。

振り返るよりも、今すべきことに集中する。迷っていても決断すべきときはくるので、自分の決断に自信を持って、その責任を全うするためにやることをやる。やるしかない状況になったら、やるだけです

でも実は、20代のころの座右の銘は「粉骨砕身」だったのだとか。

「30代になったら砕け散ってる場合でもなくなったので(笑)、『健康第一』を考えて日々過ごしています」と茶目っ気たっぷりに話してくれました。

プライベートでは7月に、結婚も発表。
なでしこジャパンのチームメイトに祝福され、公私ともに新たな1年が始まりました。

2027年のワールドカップに向けて、熊谷選手の挑戦は続きます。

編集:Sitakke編集部あい

※掲載の内容は取材時(2025年6月)の情報に基づきます。

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