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「難しそう」と思った人こそ知ってほしい!北海道の自然とアイヌ文化のつながりを学んだら、いつもの景色が少し違って見えた

  • 2026.3.13

Sitakkeでは、自分が住む地域の魅力や課題を「自分の言葉」で発信したい人に向けたライターワークショップを開催しました。

研究者や観光業、地域で活動する人など、ふだん文章を書く仕事をしていない参加者たちが、取材から制作までに挑戦しています。
ここからは、参加者のみなさんが執筆した記事をご紹介します。

***

Sitakke読者の皆さん、はじめまして。北海道立総合研究機構林業試験場で森の生き物について研究している速水将人といいます。

日々の研究の中で、北海道の自然のすばらしさや、それが身近にあることの大切さをもっと多くの人に知ってもらいたいと思う一方で、最近「どう伝えたらいいんだろう?」と悩むこともあります。

そんな思いから、Sitakkeライターワークショップに参加しました。少しでもわかりやすい言葉で、興味の『きっかけ』づくりができればと思います。

北海道の豊かな自然をもっと深く知ってもらうために

雪に包まれた原野、冬の流氷、雄大な川や防風林がつくる奥行き。北海道の自然が作り出す景色は、眺めるだけでも人の心を動かします。

けれど、その土地の成り立ちや資源、そこで生きる人びとの工夫を知ると、景色を単なる背景としてではなく、暮らしの物語として見ることができるのでは?

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イメージ:pixta

ワークショップのメンバーとともに、北海道に生き続ける文化と自然のつながりを知ろうと考えました。

そこでキーワードとして挙げたのが、アイヌの人々の伝統的な生活と紡いできた知恵を知ること。

私たちはアイヌの人々の暮らしをさまざまな資料とともに伝えているオホーツクのマチ、美幌町の美幌博物館に向かうことにしました。

今回お話を聞かせてくれたのは、美幌博物館の学芸員の城坂結実さんと、ピポロアイヌ文化協会会長の河本真由子さんのお2人です。

「足元の自然」が原点だった

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左から、美幌博物館の学芸員:城坂結実さん、ピポロアイヌ文化協会:河本真由子さん

美幌町は、「ぺポロ=水が多い」というアイヌ語が由来とも言われています(※1)。
その名の通り町にはなんと60本ほどの川が流れています。

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美幌町ロマンチック街道のシラカバ並木 (撮影 青山秀行氏)

館内には、そんな土地の成り立ちを示すさまざまな資料のほか、アイヌの暮らしに関わる道具などが数多く並びます。

過去を振り返るためだけではなく、いま目の前の自然へ目を向けるきっかけにもなりました。
展示室を出たあと、町の景色が少し違ってみえる…そんな気づきを与えてもらうことができました。

城坂さんがこの地の自然について伝える学芸員となった原点は、子どものころの身近な景色にありました。

家の前に広がっていた田んぼの畦道が舗装され、色とりどりの草花が消えていく。
利便性を求めて当たり前のように変わっていってしまう姿をみて、きれいな自然やこの景色が残ってほしいという気持ちが芽生え、、学びの道を選ぶ背中を押したそうです。

もう一つの転機は、大学生のとき、屋久島での研修で出会った海外参加者の言葉でした。
そこで出会ったコンゴ共和国からの参加者に、「日本には森がほとんどないと思っていた」と言われたといいます。

日本が木材を輸入しているのは、国内に森がないからだと思っていた――。

その言葉に驚きつつも、日本には豊かな森が広がっていることを伝えると、「まずは自分の身近な自然を大事にしてほしい」という返事が返ってきました。

「目の前の自然を守ることが、結果的にコンゴの森を守ることにもつながるのかもしれないと感じました」

地球の裏側からの視点が、足元の自然の価値を見つめ直すきっかけになったと、城坂さんは話します。

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美幌博物館の展示室(撮影:城坂結実氏)

美幌町もまた、6割以上が森に囲まれ、林業が町の産業の一つでもある場所です。

城坂さんにとって、現職の美幌博物館での経験に加え、前職の帯広百年記念館での出会いや、アイヌ文化を専門とする方々との出会いにも恵まれたことが、学びを深めるきっかけになったそうです。

「北海道の自然を知るなら、アイヌ文化を知っていた方が絶対に楽しい!」 と感じるようになり、その魅力をもっと多くの人に知ってもらいたいと思うようになったということです。

暮らしの一部だったあの経験が、文化だった

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エゾイラクサ(イメージ):pixta アイヌ文化では、若芽は食用に、頑丈な茎は織物などに使われていました

河本さんの話も、知識より先に体験がありました。ピポロアイヌ文化協会会長を務める河本さんですが、大人になるまで自身がアイヌのルーツを持っていることを知らなかったといいます。

けれど、子どものころに祖母に連れられて自然の中での体験を重ねるうちに、季節や場所、採り方の加減を身体で覚えていきました。

当時はただの『暮らしの一部』だったその時間も、ルーツを知り、言葉や文化について学んだあとに振り返ると、 「あの時間そのものが文化だった」 と気づいたそうです。

知識として学ぶ前から、文化はすでに生活の中にありました。
自然との関わりは、特別な場所ではなく、日々の足元にあったのかもしれません。

近年は大ヒット作品「ゴールデンカムイ」で社会的な注目も上がっているアイヌ文化。
でも、北海道に暮らしている私たちでも、情報を探しに行かなければアイヌ文化に触れる機会は多くありません。
足元の自然と暮らしを結び直す手がかりを、手の届く距離で渡してくれる美幌博物館の展示は、改めて私たちが暮らす北海道の文化を知る『きっかけ』になりました。

言葉と地名は、その土地の説明書

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知床半島:pixta

北海道の地名にはアイヌ語を由来とするものが数多く残っています。
城坂さんによると、ふだん何気なく使っている地名には、川や地形のようす、周辺に多い植物など、その土地の情報が詰まっているといいます。

例えば美幌町には、イリリㇷ゚(エゾイラクサ)やキキンニ(エゾノウワミズザクラ)(※2)のように植物の名前を持つ川があり、その周辺には今でもその植物がたくさん見られます。

一方で、観光向けの訳が先に広まり、本来の意味がずれて伝わってしまうこともあります。

例えば、知床はアイヌ語の「シリエトコ」から付けられた地名とも言われています(※1)。
その意味は「地の果て」と紹介されることがありますが、本来アイヌ語の「シリ・エトコ」は「突き出た大地」、つまり岬を指す言葉なのだそうです。
海へと突き出た地形は、暮らしの目線で見れば、行き止まりではなく海と接する場です。

一度広く知られてしまった解釈はその後に訂正するのが難しいこともあります。
アイヌ語がもつさまざまな解釈を、自分でも調べながら、身の回りの自然や地域の環境についてあらためて知るきっかけにしてもらえたら、と城坂さんは話していました。

博物館では、こうした地名や言葉に関する資料も展示されています。意味を知ったうえで外に出て歩くと、同じ道でも見えるものが少し変わってくるかもしれません。

アイヌ語を知った上で北海道の地名を確かめることは、自然を見る目を育てることにもつながります。

後編の記事では、共に取材を行ったワークショップメンバー視点も含め、アイヌ文化の奥深い魅力をご紹介します。

※この取材は、Sitakkeが主催するワークショップの一環で行っています。

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※1 出典:山田秀三(1984)北海道の地名、北海道新聞社
※2 出典:知里真志保(1976)知里真志保著作集 別巻Ⅰ 平凡社

取材・文:ワークショップ参加の速水将人さん
編集:Sitakke編集部YASU子

※掲載の内容は、取材時(2026年1月)に基づきます。

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