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「とにかく楽しんでいます」──エリアの新クリエイティブ・ディレクター、ニコラス・アバーンにインタビュー

  • 2025.9.11

老舗メゾンの新任デザイナーが15人もデビューコレクションを発表する今シーズン。そのほとんどは名の知れた人物だが、うち何人かは謎のベールに包まれている。ニューヨーク発のブランド、エリアAREA)の新クリエイティブ・ディレクターのニコラス・アバーンがそのひとりだ。10年余り前に、現在もCEOを務めるベケット・フォッグと共同でブランドを創業したピオトレック・パンスチクから手綱を引き継いだアバーンは、エリアを華やかでファンタジーあふれる、アメリカングラマーを支点とするブランドに変えた。まだなじみの名前ではないかもしれないが、37歳のアバーンはこれまでトム フォードTOM FORD)、アレキサンダー ワン(ALEXANDER WANG)、そして最近ではバレンシアガBALENCIAGA)のクチュールスタジオで、10年以上経験を積んできた。その上、彼はエリアのファンだ。それがおそらく最も重要なポイントだろう。

「私がこのブランドをとても気に入っていることを知っていた友人が、私のことをベケットに薦めてくれたんです」と、アバーンはトライベッカにあるエリアの仮スタジオで語った。「『ちょっととんでもない話があるんだけど、興味ある?』という感じで、友人から話を持ちかけられました」。そして今年2月、アバーンが新クリエイティブ・ディレクターに就任したことが発表され、その1カ月後、彼はコレクションの制作に取りかかっていた。「すべて変えたいわけではありません。キャラクターを重ね入れて、現実に根差したものにしていくことの方が大事だと思っています」。そして考えをまとめるために一拍置き、こう続けた。「何せニューヨークは、現実世界として面白いですからね」

エリアの新クリエイティブ・ディレクターに就任したニコラス・アバーン。
エリアの新クリエイティブ・ディレクターに就任したニコラス・アバーン。
2026年春夏コレクションでふんだんに取り入れられているクリスタル素材。
2026年春夏コレクションでふんだんに取り入れられているクリスタル素材。

彼が見ているニューヨークという現実世界は、明らかに少しバラ色に染められている。メリーランド州で育ったアバーンは、成人してからはほとんどロンドンパリで過ごし、現在はエリアの制作拠点の大部分が置かれているミラノに住んでいる。「当初から1年の半分はニューヨーク、もう半分はミラノという具合に、ふたつの拠点を行き来する計画だったんですが、実際はいつもフィッティングやら何かしらがあるので、ニューヨークにはあまり行けていません。これまでかなりの回数訪れていますが、自分はヘミングウェイみたいに、“遠く離れているところから、ニューヨークという街と繋がっているアメリカ人”だという感じがしますね」

自分に正直であり続けたからこそ開けた道

8月、エリアはアバーンが思い描くビジョンをひと目見せた。インスタグラムに「Area is reconsidering everything, in the meantime consider…(ただいま、エリアを再考しています。それまでの間、こちらについて思いを巡らしてください)」というメッセージに続いて、過去30年に活躍したアイコニックな女性たちの画像が100枚以上投稿された。80年代ごろのデビ・メイザー、90年代初頭のリアーナ、90年代ごろのグウェン・ステファニーリリー=ローズ・デップベラ・ハディッドテイラー・スウィフトといった現代のクールガールたち。膨らんだシルエットとジュエルトーンがこの上なく美しいとっておきの衣服に身を包み、パーク・アベニューを闊歩する女性たちの写真と並んで、シンガーソングライターのオーケイ・カヤ、スタイリストのヘレナ・テヤドール、アーティストのジャミアン・ジュリアーノ=ヴィラーニやジュリー・ヴァーホーヴェンといった知る人ぞ知る面々、その他多くの女性の画像があげられた。インスタグラム上で投稿をひとつひとつ見ていくと、「ニューヨークのダウンタウンに出没するパーティーガール」という特定のイメージの女性を、エリアはインスピレーションにしているように思う。だが、いくつかの巨大なムードボードに貼り付けられた状態で同じ画像をスタジオで総覧すると、そこに写っている女性たち(と何人かの男性)は、皆それぞれ譲れないこだわりとセンスを持ち合わせていることがわかる。そして全員、自分らしさをどこまでも大切にし、周りに流されることを嫌っている。

エリアのスタジオでのプレビュー。
エリアのスタジオでのプレビュー。
エリアの主力商品のひとつであるデニム。
エリアの主力商品のひとつであるデニム。

アバーン自身も、我が道を進んできた。メリーランド州で育った彼は、エルザ・クレンシュが司会を務めるCNNの番組がきっかけで、ファッションを好きになった。「母がよくエルザの番組を観ていて、私も一緒に観ていました。番組が終わると、母の服やスカーフを妹に着せて、ファッションショーをやっていました」と、彼は振り返る。しかし、いざ進学のときが来ると、彼がファッション以外の道に進むことを両親は望んだ。「私にアイビーリーグの大学を受けさせたかったみたいですが、こっそりセントラル セント マーチンズCENTRAL SAINT MARTINS)に出願しました」と説明する。結局、アイビーリーグの大学にはひとつも受からなかったが、セントラル セント マーチンズには合格した。「『ここだったら、一番になれる』と言いましたし、ロンドンの大学に進学する方が安いことはわかっていました」。それでも両親は納得しなかった。「『自分で学費を出す気があるんだったら、自分で出せばいい』と言われたので、仕事を見つけました。在学中はずっと、プラダPRADA)の店舗でフルタイムで働いていて、文字通り、プラダの制服を着てボンド・ストリートの店から大学まで走って通っていましたね。そんな格好をしていたので、クラスメイトとは対立していましたが、一歩下がったところから周りを観察することができたので、よかったです。仕事に対しても、ファッションに対しても真剣になれました」

2010年にアバーンは同学を卒業。そのまま生徒に対して厳しく、多くを要求することで有名だった名物教授のルイーズ・ウィルソンが教鞭を取る修士課程に進んだ。彼女のもとで学べたはいいが、ウィルソンは最終的にアバーンを見切った。「彼女は本当に私を気に入ってくれて、奨学金もくれたのですが、私はリアルな服や物、少なくともどこか現実に根差しているものが作りたかったんです。それに彼女は難色を示して、そこから関係が変わっていきました」と、彼は当時のことを振り返る。「展示スペースの奥の目につかない場所」ではあったが、それでも幸い、卒業コレクションを発表することはできた。その卒業制作展で、彼はトム フォードのウィメンズウェアのデザイン・スタジオ・ディレクターを長年務めたデヴィッド・バンバーの目にとまった。「『ルイーズは優秀な学生の作品は、奥の目立たないところに置く』と彼は私に言いましたが、ただの社交辞令だったと思います」とアバーンは笑う。修士制作は不合格だったが、クラスで最初に働き口を見つけたのは彼だった。「『不合格』と書かれた紙は今でも持っています。不合格をもらったことが、なぜか誇らしいんです」

ニューヨークの雰囲気が漂うアイテムも揃う。
ニューヨークの雰囲気が漂うアイテムも揃う。
クリスタルのディテール。
クリスタルのディテール。

トム フォードで、アバーンはVIPデザイナーとして4年間働き、レッドカーペットやプレミアでセレブが着用する特注ドレスの一部を手がけた。「ウィメンズの責任者が私の仕事ぶりを見て、『コレクションのために何かやってみない?』と聞いてきたんです。もちろんやりますと答えました」。こうして彼は、自分の本来の仕事を終え “退勤”した後、早朝までメインラインのスケッチを描くようになった。「どうしてもやりたかったんです」

「トムとデヴィッドからは、本当に多くのことを学びました。『服を本当の意味で着る』というのはどういうことか。ふたりはいつもそれについて話していました。見栄えする服を作るということは、単にヒップラインを不恰好に強調しないデザインにすることではない、とトムはよく言っていましたね。どんなに美しいドレスでも、トレーンが引っかかりやすくて、座るたびにいちいち整えなければならないものはシックではない、という考えです」と語る。「『責任感』というと重く聞こえるかもしれませんが、自分が作ったものに対して責任を持つという心構えは、しっかり身に付きましたね。自分が作った服を着ている人には、楽しい時間を過ごしてほしいんです」

無論、「楽しいひとときを過ごす」というのはエリアの軸にある考えだ。アバーンが手がける2026年春夏コレクションは、デニム、大量のクリスタル、スパンコールなどの装飾、レッドカーペット向けのインパクト大の幻想的なピースといった、従来のエリアならではの基本的な要素を取り入れている。その一方で、テーラリングやヴィンテージTシャツ、アメリカンスポーツウェアの影響も見られ、パンスチクのよりコンセプチュアルなコレクションを、アバーン自身のリアルクローズをベースにしたアプローチと要領よく掛け合わせている。そしてブランドのかつてのファンタジー感も健在だ。

スタジオは、コンフェッティやポンポン、パーティーの残骸で見るような、ありとあらゆるものを再利用して作ったものであふれている。「楽しさや輝きといった、ブランドの真髄を除けてしまっては意味がありません」とアバーンは言う。「こういう目にも楽しい、キラキラした素材がブランドの言語に組み込まれていることって、そうないじゃないですか。なので、それを思う存分活かして、楽しんでいます」

Text: Laia Garcia-Furtado Adaptation: Anzu Kawano

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