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“しあわせ”の裏に潜む違和感… “印象的な食事シーン”に潜んだ得体のしれない生々しさ【新・木曜ドラマ】

  • 2025.7.24
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『しあわせな結婚』第1話(C)テレビ朝日

夏クールのドラマで一番の期待作だった『しあわせな結婚』だが、前評判を上回る見事な第1話だった。
本作は元検事の弁護士・原田幸太郎(阿部サダヲ)が謎めいた女性・鈴木ネルラ(松たか子)と結婚したことから始まるマリッジ・サスペンス。

50歳の幸太郎はタレントとしてテレビ番組にも出演する弁護士として、気ままな独身ライフを謳歌してきたが、病院で出会ったネルラと電撃結婚し、彼女の家族が暮らすマンションで同居することになる。
ネルラの父・寛(段田安則)は日本最大の缶詰メーカー「カンツル」の創業社長だが会社を追い出されて、今は働いていない。
寛の弟でネルラの叔父・考(岡部たかし)はゴルフのティーチングプロ。
ネルラの弟・レオ(板垣李光人)はアイドルグループ・超特急の衣装を手がけるデザイナー兼スタイリスト。
そしてネルラは高校で非常勤の美術教師として働いている。15年前は絵画修復師として働いていたネルラだが、画家の婚約者を何者かに殺害され、警察にはネルラが容疑者として疑われていたことが、第1話の終盤で明らかとなる。

ネルラを中心としたミステリアスな鈴木家を舞台にしたホームドラマと考察要素のあるミステリーで引っ張る巧みな脚本に一気に引き込まれた。
脚本を担当する大石静は一年間に渡って放送された大河ドラマ『光る君へ』を2024年に書き上げたばかりだが、わずか半年で新作ドラマを執筆していることに驚かされる。
チーフ演出は連続ドラマ『セカンドバージン』で大石と組んだ黒崎博。 最近ではNetflixドラマ『さよならのつづき』を手掛けた黒崎の演出は重厚で見応えがあり、落ち着いたトーンでじわじわと物語が迫ってくる。
そのため、作品全体から王者の風格のようなものが漂っており、ゆっくりと丁寧にドラマを味わいたくなる。
第1話ラスト。Oasisの主題歌「Don't Look Back In Anger」が流れる中、おそらく幸太郎が想像したものだと思われる「ネルラが恋人を殺害する過去の姿」が描かれる。その後、反対方向を向いてベッドで眠る幸太郎とネルラの姿に『しあわせな結婚』というタイトルが表示される演出が決まっており「これは最終回まで絶対に観なければ!」と思った。

様々なカップルを演じてきた阿部サダヲと松たか子の新境地。

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『しあわせな結婚』第1話(C)テレビ朝日

主演の阿部サダヲと松たか子は様々な作品でカップル役を演じているが、個人的には『しあわせな結婚』と同じテレビ朝日で2020年に放送された坂元裕二脚本のSPドラマ『スイッチ』のカップルが記憶に残っている。
『スイッチ』の二人は元恋人で、阿部サダヲは検事で松たか子は弁護士だったが、実は松たか子が演じる弁護士はある秘密を抱えており、その秘密ゆえに二人は離れられない関係にあった。
幸太郎が元検事の弁護士で、謎に包まれたネルラが犯罪に関する秘密を抱えている『しあわせな結婚』を観ていると『スイッチ』の二人のその後を観ているようである。

また、表向きは楽しいホームドラマを展開しながらも、妻のネルラの背後に犯罪の気配が漂う物語は、坂元裕二の連続ドラマ『カルテット』を彷彿とさせる。
大石静は80年代から活躍するベテラン脚本家で、『セカンドバージン』のような不倫を題材にしたメロドラマを書かせたら右に出るものがいない強い作家性の持ち主だ。同時に、その時々の流行に敏感で、話題のドラマや旬の脚本家の影響を受けて、自作に取り込むことに対して、とても積極的だ。
例えば『ケイゾク』や『TRICK』の演出で映像作家・堤幸彦が勢いに乗っていた2001年には医療ドラマ『ハンドク!!!』でいっしょに仕事をしており、2023年のNetflixドラマ『離婚しようよ』では宮藤官九郎と共同脚本で組んでいる。
堤も宮藤も大石の資質とは正反対のクリエイターで本来なら相容れない存在だが、大石は積極的にコラボをすることで、そのセンスを自作の中に取り込んでいった。
『しあわせな結婚』で幸太郎が、テレビ番組に出演している場面の描き方は、堤と宮藤が得意とする虚実を混濁させるバラエティ的な見せ方だと言える。 また『ハケンの品格』や『家政婦のミタ』のような機械のような話し方をする仕事のできるヒロインが活躍するドラマがヒットすると『家売るオンナ』を執筆し、三谷幸喜脚本の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』がピカレスクテイストで評価されると、同じ大河ドラマ『光る君へ』で、熾烈な権力闘争を取り入れている。

お互いに影響を与え合うことで作品の強度を高めていくクリエイターたち

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『しあわせな結婚』第1話(C)テレビ朝日

大石の取り入れ方はとても巧みで、作家性を保った上でうまく咀嚼し、自作の中に溶け込ませていくため違和感がない。
テレビドラマに限らず、あらゆるクリエイターはお互いに刺激を与え合うことで自作の強度を高めようとする。たとえば坂元裕二作品の松たか子が魅力的だと感じたなら、自分なら松たか子にどういう役を演じてもらうか? と考えて企画を練る。
『しあわせな結婚』のネルラは大石作品にはあまり登場しないタイプの女性で、『カルテット』、『スイッチ』、『大豆田とわ子と三人の元夫』といった坂元裕二作品に出演している松たか子のイメージに寄せているように見える。
物語も『カルテット』以降の坂元裕二作品から漂うおしゃれな雰囲気を積極的に取り入れており、本作自体が坂元裕二作品に対する優れたオマージュとなっているのだが、近づけようとすればするほど、逆に大石の個性が際立っていくのが、また面白い。

たとえば幸太郎とネルラのクロワッサンの食べ方の違いを通して双方の性格の違いを見せる手法は坂元裕二が多用する食べ物を用いた関係性の描き方だが、千切って少しずつ丁寧に食べる幸太郎に対し、豪快にかじりついて食べるネルラの姿には、得体のしれないギラギラとした欲望が彼女の中に眠っていることを示しており、幸太郎にネルラが抱きつく際に足の動きが強調される描写を筆頭に、肉体性が強調された生々しい女性として松たか子が描かれている。
この肉体性は坂元作品には希薄なもので、大石静ならではの女性の描き方だと言える。

謎に満ちた物語の続きが気になる『しあわせな結婚』だが、松たか子にネルラを演じさせることで大石静が坂元裕二の世界をどのように取り入れるのかにも注目である。


テレビ朝日系『しあわせな結婚』毎週木曜よる9時
TVerで見逃し配信中
https://tver.jp/live/simul/le4dymrn4o

ライター:成馬零一
76年生まれ。ライター、ドラマ評論家。ドラマ評を中心に雑誌、ウェブ等で幅広く執筆。単著に『TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!』(宝島社新書)、『キャラクタードラマの誕生:テレビドラマを更新する6人の脚本家』(河出書房新社)、『テレビドラマクロニクル 1990→2020』(PLANETS)がある。