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世界遺産シドニー・オペラハウスで挙式。日本とオーストラリア、それぞれのルーツを称えるルックで迎えた特別な1日

  • 2025.6.21

ロス・コルバッチの母は、彼が幼いころから自分の着る服の多くを自作していた。そして服をすぐにサイズアウトしてしまう育ち盛りの息子が3人いたため、いつも何かしら編んでいたという。まだ子どもだったロスにはブリンキー・ビル(オーストラリアで人気のコアラのキャラクター)のセーターを編み、大人になってからも彼のために服を作り続け、10年前には彼が友人の結婚式に着ていくためのゼロウェイストのスリーピーススーツを、ジェニファー・ホウィッティ(JENNIFER WHITTY)が考案したオープンソースのデザインをベースに作った。

「大切な人が作ってくれた服には物語があります。そしていろいろな思い出ができていき、自分の一部となっていく。そういったところが好きです」と、オーダーメイドのファッションを初めて知ったときのことをロスは語る。そんな“大切な人が作ってくれた服”に惹かれるロスだが、自身のウエディングルックは、親しい間柄どころか全く接点のなかったクチュールスタジオのヨルダネス・スピリドン・ゴゴス(IORDANES SPYRIDON GOGOS)を率いる、オーストラリア人デザイナーのジョーダン・ゴゴス(JORDAN GOGOS)に託した。カスタムルックを依頼するまでは、顔見知りですらなかったふたり。にもかかわらず、まるで大切な人が作ったかのような美しい1着が生まれた。

念願叶って作った、とっておきのデザイン

ロスとパートナーの加藤壮が、シドニーのアイコニックなオペラハウスで小さな結婚式を挙げたのはつい2カ月前のこと。だが、ロスが当日着用したカラフルで立体的なカスタムスーツの制作は、そのずっと前から始まっていた。そして当初から、オペラハウスをオマージュしたデザインにする予定だったという。

「ジョーダンの作品を知ったきっかけは覚えていませんが、だいぶ前からフォローしていました」とロスは振り返る。「サステナブルなデザインが大好きで、彼のはぎれを使った物づくりにとてもインスパイアされたんです。シーズンに縛られない、着るアート作品のような一点ものを作っているところにも惹かれましたね」。機能性と美しいフォルムを融合させ、型にはまらないアプローチで服を制作するゴゴスは、晴れの日の衣装を手がけるのにうってつけのデザイナーだ。だが、ルックのデザインそのものを固めたのは式会場だった。

「昔からオペラハウスをイメージしたデザインを作ってみたかったんですが、タイミングを見計らっていたんです」とゴゴスは説明する。「オペラハウスから着想されたデザインはすでに存在しますし、普段からコラボレーションをしているジェニー・キー(JENNY KEE)やリンダ・ジャクソン(LINDA JACKSON)といったアイコニックなデザイナーたちが手がけてきたものはどれも申し分ないです。僕は服を作るとき、その背景や文脈を大切にするので、(関係のない)ランウェイでオペラハウスからインスパイアされたデザインを展開しようとは、思ったことがありませんでした。筋が通っていないと意味がないので。なので、ロスから結婚式はオペラハウスで挙げると聞いたときは、考えるまでもありませんでしたね。『オペラハウスをかたどったスーツを着て、オペラハウスで挙式する。これ以上のアイデア、ある?』と、振り返ってほとんど間をおかずしてロスに言ったんです。これしかないと思ったので、そのままデザインに取りかかりました」

スーツのパターンメイキングと組み立てを担当したドレスメーカーのメアリー・アルギュロプーロスとともに、ゴゴスはルックに着手した。まず考えたのは生地感だ。「みんながハマったスマホ向けアプリゲーム、『ビジュエルド』にかなりインスピレーションを受けました。あのいろいろな音が出て、画面がカラフルでチカチカするやつです。あと、クラシックな白いシルク地も縫い込みました。“永遠”と“永久”の象徴として、生地には瓶の栓で作った丸のスタンプを押しています」。そして大のテキスタイル好きのロスの母へのオマージュとして、スーツにははぎれを鎖編みにした装飾が刺繍されている。

カラーパレットに使用したのは、シルバーと3つの異なる色合いのホワイト。スーツには光沢のあるメタリックの塗料も塗られており、新郎が祭壇に向かって歩く際に光を受けて、優美に輝くようになっていた。「子どものころ、ギリシャ正教会に行っていたんです。そして教会に飾られていたビザンティン様式の聖像画にはメタリック系の塗料がふんだんに使われていて、それがとても厳かな雰囲気を醸し出していたのを覚えています」とゴゴスは言う。「今回はそんな聖像画から漂う厳かさを、クィアカップルのための結婚式に再解釈して、ウエディングピースにも落とし込みたかったんです」

「当初はもっといろいろな生地や質感、プリーツや刺繍を取り入れた、かなりボリュームのあるデザインを目指していたんです」とロスは制作過程を振り返る。「でもそうするとかなり重くなってしまう上に、機能性を損なってしまうことにわりと早い段階で気づきました。そこで煌びやかな生地を、純白ではないけれど、ウエディングの伝統的なホワイトカラーにインスパイアされた要素と掛け合わせるという、とびきりのアイデアをジョーダンが思いついたんです」

オペラハウスを感じさせられるデザインになるかどうかは、帆のような形をしたアイコニックな屋根のシルエットをどう落とし込むかにかかっていた。「オペラハウスのシルエットはものにするのがとても簡単で、同時にとても難しいです」とゴゴスは言う。「すごくシンプルで、それぞれの形を切り取ることは簡単なのですが、形を簡素化しすぎると、アニメのキャラクターの髪型みたいに、ただ好き放題にとんがっているフォルムに見えてきてしまうんです。パンツコートはオペラハウスの曲線的なラインを取り入れていたのですが、あまり直接的な表現にならないように、もととなったフォルムを少しだけ拡大しました。でもなんといっても主役は襟ですね。パッと広がる感じがショルダーを大きく見せてくれて、この上ない出来栄えです」

コーデの仕上げとなったのは、スーツとお揃いのシューズ。4年前からゴゴスとコラボレーションをしているフットウェアデザイナーのダレン・ビショフ(DARREN BISCHOFF)が手がけた1足だ。「ダレンのことはジョーダンが紹介してくれたんです。最初の打ち合わせをセッティングして、使う生地も提供してくれたんですが、あとはすべて僕とダレンに任せてくれました」と言うロス。「ダレンはオペラハウスの形そのものをブーツに落とし込もうと試行錯誤したんですが、構造的に無理だったので、スパッツにするというアイデアが出てきたんです。スパッツにすれば、スーツ以外の服に合わせて、ディナーパーティーなどでも履ける華やかな1足に仕上がるので」とロスは続けた。ビショフはこの日のために、ほかにもアクセサリーを制作。ロスがアフターパーティーで身につけたオペラハウスをかたどったティアラも、ビショフによるものだ。

ふたりのように、お互いを引き立て合うルック

すべての要素が重なり合った結果、ルックはロス自身を完璧に体現するものに仕上がった。そしてロスが思い描いていた、皆の記憶に残り、会話のきっかけになるようなものになったという。また、スーツはこの上なく“オーストラリアらしい”1着で、壮のルックは彼の日本のルーツを反映している。それがまた、映えていた。

ドーバー ストリート マーケット ギンザで、このコム デ ギャルソンCOMME DES GARÇONS)のドレスにひと目惚れしたんです。それをルックの中心にして、お気に入りのリック オウエンスRICK OWENS)のシューズと、トゲトゲの形が特徴的なミカゲ シンMIKAGE SHIN)のグローブを合わせました」と、壮はロスのルックとは対照的なオールブラックのアンサンブルについて語った。「祖父の青いイタリア製のスカーフを巻いて、母から借りたパールのネックレスとブレスレットでルックを完成させました。スカーフが“サムシング・ブルー(何か青いもの)”、ネックレスとブレスレットが“サムシング・ボロード(何か借りたもの)”です」

ヨルダネス・スピリドン・ゴゴスのスタジオへは何度も足を運び、3カ月かけてロスはゴゴスとアルギュロプーロスとともにスーツを完成させた。壮と自身の両親も、1回ずつスタジオを訪れたという。「制作の依頼を直接受けることはあまりないんです。だからこそ、今回はロスにも一連の制作プロセスに加わってほしかったのです。このような人生の特別な一瞬を飾るルックだったのでなおさら」とゴゴスは言う。

新郎たちは個性豊かなルックに身を包み、ゲストたちは“メットガラMET GALA)”というドレスコードに沿った装いで参加したふたりの結婚式。ゴゴスによるスーツは、そんな結婚式にまさにぴったりだったとロスは言う。「とてもパーソナルで密接なコラボレーションの末に生まれたデザインだからこそ、着た瞬間から心地が良いと感じられる1着になったんだと思います。新しい服をおろしたとき、慣れるまでに時間がかかるときがありますよね。でもこのルックは僕のために作られただけでなく、僕自身を完璧に体現していたので、すごくしっくりきたんです。壮のルックが僕のものとは正反対だったのもよかったですね。ふたりともそれぞれに合ったものを着たのですが、なぜかペアとしても成り立っていました。僕たち自身の相性が良いからかもしれないですね」

Text: Nina Miyashita Adaptation: Anzu Kawano

From VOGUE.COM.AU

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