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朝ドラで静かに増えた“ひとつの遺影” 戻ってきた姿が痛ましいほどの現実を突きつけた“悲しい朝”

  • 2025.6.27
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『あんぱん』第13週(C)NHK

戦争が終わり、街に少しずつ日常が戻り始めるなか、『あんぱん』の物語も大きな転換点を迎えている。第13週「サラバ 涙」は、嵩(北村匠海)の帰郷、そして大切な人を失った者たちが、それでも生きていくために踏み出す姿が描かれた週だった。そこには、戦争という巨大な喪失のあとを生きる人々の痛みと、再生のきっかけが丁寧に表現されていた。

家族の風景を壊した戦争

物語は、満州から命からがら帰還した嵩が、ぼろぼろの軍服姿で柳井家の縁側に立つところから始まる。戦闘帽をかぶり、風呂敷ひとつの彼を出迎えたのは、伯母・千代子(戸田菜穂)と、長年家に仕えてきた宇戸しん(瞳水ひまり)だった。再会の涙を流す千代子に、嵩が最初に口にしたのは「千尋は?」という問い。だが、その返事は無言だった。

家に入った嵩が目にしたのは、遺影となった父・寛(竹野内豊)と、白い海軍服姿の弟・千尋(中沢元紀)の写真。隣に置かれているのは、「海軍中尉 柳井千尋霊位」と書かれた木片のみ。戦地から戻ったのは、千尋ではなく自分だった――その事実に、嵩は苦悩する。

「父さん、僕なんかよりずっと優秀な千尋を守ってくれればよかったのに」とつぶやく嵩に、千代子は「そんなことを言ったら叱られます」と声を震わせながら諭す。しんもまた、「うちは戻りたいがです」と、寛、千尋、嵩、そしてのぶが笑いあっていた日々への郷愁を口にし、静かに涙を流す。戦争は、人の命を奪うだけでなく、確かにあった家族の風景も壊してしまう。

「死んでいい命なんて一つもない」

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『あんぱん』第13週(C)NHK

そんな嵩が、ふたたび心を動かされるのが、4年ぶりに再会したのぶ(今田美桜)との対話だった。夫・次郎(中島歩)を病で亡くし、教師を辞め、生きる意味を見失っていたのぶは、「うちは生きていていいがやろうか」と嵩に問う。戦争を生き抜いた者として、嵩が返したのは、実感を持った一言だった。

「のぶちゃん、死んでいい命なんて一つもない」

それは、数々の死と向き合ってきた嵩だからこそ、真に響く言葉だった。生きて帰ってきた者には、生きる意味を問い直す責任がある。のぶにとってその言葉は、亡き次郎の声と重なったのかもしれない。

やがて、のぶは次郎が遺した速記ノートを手にする。そこには、こう記されていた。

「自分の目で見極め、自分の足で立ち、全力で走れ。絶望に追いつかれない速さで。それが僕の最後の夢や」

この「速記」というテーマは、のぶが本作で記者の道へ進む重要な布石となっている。教師、パン屋、疎開と、史実にはない多様な道を歩んできたのぶだが、ここにきて初めて、モデルである小松暢の“言葉を記録する人”としての姿と重なり始めた。

のぶの背中を押すもの

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『あんぱん』第13週(C)NHK

そして迎える、運命の出会い。闇市で速記の練習をしていたのぶに声をかけてきたのは、「高知新報」編集局主任・東海林明(津田健次郎)だった。好奇心、探求心、しぶとさ、図々しさ。すべてを備えたのぶに、東海林は「採用!」と即決するが、翌日新聞社に向かったのぶを彼はまるで覚えていないという“ズッコケ展開”に。

それでも、のぶは立ち止まらない。夫の言葉が、速記ノートが、そして嵩の「生きることへの肯定」が、のぶの背中を押しているのだ。ここから彼女が記者として、命の記録者として歩き始めるのだという予感が強く残る。SNS上でも、のぶの人生が再生していく予感に「新聞記者編はじまる?」「のぶ頑張れ」とエールを送る声が多い。

今週描かれたのは、「いない人」が「いる人」の生き方に大きく影響を与えるという連鎖だった。次郎の遺した言葉、千尋の死の意味、そして寛の記憶。戦争がもたらした喪失のなかで、登場人物たちは、なぜ自分が生きているのかを一人ひとりが問い、答えを探し始めている。

『あんぱん』という作品は、やなせたかしの人生を下敷きにしている。その原点にあるのは「逆転しない正義」、つまり、たとえ報われなくても、人を救うことをやめない意思だ。千尋はその象徴であり、次郎はその意思を引き継ぐ存在だった。そしていま、それを実際に行動に移そうとしているのが、のぶなのだ。

命は理不尽に奪われる。しかし生き残った者には、その命をつなぐ責任がある。『あんぱん』13週「サラバ 涙」は、そうした命の問いに正面から向き合う、静かで強い物語だった。


連続テレビ小説『あんぱん』毎週月曜〜土曜あさ8時放送
NHKプラスで見逃し配信中

ライター:北村有(Kitamura Yuu)
主にドラマや映画のレビュー、役者や監督インタビュー、書評コラムなどを担当するライター。可処分時間はドラマや映画鑑賞、読書に割いている。Twitter:@yuu_uu_