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朝ドラが見つけた“演技歴わずか2年”の原石 セリフよりも“佇まい”で魅せた新人女優に注目が集まる

  • 2025.6.16
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『あんぱん』第10週(C)NHK

まだほんの数年前まで、進路に迷うごく普通の女子高校生だったひとりの若者が、いま、全国放送の“朝の顔”としてカメラの前に立っている。演じているのは、昭和初期の地方都市にある診療所を支える、健気で誠実な女中。台詞は少なくとも、その佇まいだけで空気を変えるような静かな存在感がある。朝ドラ『あんぱん』は、やなせたかしとその妻・暢をモデルにした人生の再生と挑戦の物語。女中役の彼女の出番は、決して多くはない。しかし、多くの視聴者が「この子、誰だろう?」と心を掴まれたのではないだろうか。

朝ドラで見つけた居場所。夢の“その先”へ歩き出す

今回の役は、柳井家で働く女中・宇戸しん。登場シーンこそ多くはないが、その佇まいと素朴な存在感が物語のなかで重要な役割を果たしている。彼女はこの役をつかむため、地元の言葉である土佐弁を交えて、オーディションで「高知への想い」と「家族への感謝」を100%以上で伝えた。

「これだけは誰にも負けない」と信じて伝えた地元愛が、キャスティング担当者の心に響いたのだろう。

地元の電車、バス、お土産屋にまで染み込んでいるやなせたかしの文化。その恩恵を受けて育った彼女だからこそ、“物語の一部”として、自然と『あんぱん』の世界観に馴染む存在になれたのかもしれない。

朝ドラ『あんぱん』において、柳井家の女中・宇戸しんを演じる瞳水ひまりの演技には、若手ながらも確かな説得力がある。物語の舞台である高知県出身の彼女は、地元の言葉や風土を身体に染み込ませるようにして芝居へ落とし込む。その結果、宇戸しんという存在が「つくられた役柄」ではなく、物語のなかで実際に息をしている人間として立ち上がってくるのだ。

演技歴わずか2年ながら、瞳水の芝居にはどこか“演じよう”という意識を超えた、無意識的な没入が感じられる。たとえば、寛(竹野内豊)や千代子(戸田菜穂)との何気ない会話にも、眼差しの柔らかさや立ち居振る舞いに、柳井家の一員として培われた時間の重みがにじむ。

それはきっと、台詞の読み方を超えて、日々の積み重ねを信じて役に寄り添っているからこそだろう。

名優たちに囲まれて感じた“プロの背中”

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『あんぱん』第4週(C)NHK

また、印象的なのは「感情の振り幅の自然さ」だ。怒りや涙といったわかりやすい表情ではなく、揺れ動く心を一瞬の呼吸やまばたきに滲ませるような演技は、視聴者に想像の余白を与え、より深い感情の共鳴を呼ぶ。SNS上でも「めっちゃハマってる!」「良い演技してる」と評判だ。

彼女の芝居からにじむ“真っすぐさ”は、自己を見せつける派手さではなく、作品や共演者との関係性に丁寧に身を委ねる姿勢から生まれている。そしてその姿勢は、俳優としての“根っこ”のようなものを強く感じさせる。

本人は「命ってなんだろう」という問いをずっと心に抱いてきたと語る。演じることを通して、人の人生を生きる。その覚悟を、まっすぐに持っているからこそ、彼女の演技は“新しい誰かの人生”を観る者に届けるのだ。

瞳水ひまりは、いま、まさに芽を出したばかりの女優だ。だが、その芽はきっと、観る者の記憶にしっかりと根を張っていく。朝ドラ『あんぱん』の宇戸しんとして生きた時間は、彼女にとっても、私たちにとっても、確かな“はじまり”として刻まれていくだろう。


NHK 連続テレビ小説『あんぱん』毎週月曜〜土曜あさ8時放送
NHKプラスで見逃し配信中

ライター:北村有(Kitamura Yuu)
主にドラマや映画のレビュー、役者や監督インタビュー、書評コラムなどを担当するライター。可処分時間はドラマや映画鑑賞、読書に割いている。Twitter:@yuu_uu_