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朝ドラで描かれた若者の静かな“死への選択”… 聞きなじみのある名言に視聴者から“賛同の声”

  • 2025.6.13
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『あんぱん』第11週(C)NHK

朝ドラ『あんぱん』第11週の副題は「軍隊は大きらい、だけど」。この言葉には、戦争という巨大な波に抗いながらも、呑み込まれていった若者たちの切実な葛藤がにじんでいる。物語の舞台は昭和のはじめ。漫画家・やなせたかしと妻・小松暢の人生をモデルにしたこのドラマでは、まだ何者でもなかった二人が戦争の影に翻弄されながら、自分自身と向き合い、“逆転しない正義”を体現していく姿が描かれていく。第11週では、のちにのぶの夫となる柳井嵩(北村匠海)と、彼の弟・千尋(中沢元紀)が、戦争という“容赦のない時代”のなかでどう立ち向かい、どう傷ついていったかが描かれる。

軍隊で再会した親友・健太郎

過酷な軍隊生活を送る嵩の前に、思いがけない救いが訪れる。かつての親友・辛島健太郎(高橋文哉)との再会だ。

連日の訓練、暴力的な指導、理不尽な上下関係に耐える日々のなか、旧友の存在は心の支えとなった。二人が思い出を語り合うシーンには、軍服姿であっても少年時代の面影が重なり、どこかほっとする。

一方で、嵩は中隊長の推薦で陸軍幹部候補生試験を受けることになる。試験勉強のために当番を免除されるという特別待遇が、まわりからの嫉妬や敵意を生む。そんな嵩に対し、八木上等兵(妻夫木聡)は「これで落ちたら古兵から何倍も仕返しされる」「退くも地獄。お前には受かるしか道はない」と冷たくも現実的な言葉を投げかける。

八木の態度は一見厳しいが、そこには“軍の外で生きろ”という含意も感じられた。なぜ八木は嵩を特別に目にかけているのか? それはまだ明かされていないが、彼自身の“戻れなかった人生”が投影されているのかもしれない。

戦争が引き裂く兄弟……千尋の選択ににじむ静かな覚悟

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『あんぱん』第11週(C)NHK

そして今週、もっとも胸を締めつけたのは、嵩と弟・千尋の再会だった。嵩が入隊してから2年。久しぶりに会った弟は、すでに海軍の士官となっていた。

兄として、千尋だけは戦地に行かせたくなかった。しかし千尋は「もう後戻りはできん」と淡々と語る。自ら志願し、人間魚雷となる道を選んだ弟の瞳には、恐怖やためらいを隠した“達観”がにじんでいた。

千尋は嵩に、古びた手帳を渡す。それは、彼の覚悟と遺言にも似た贈り物だった。彼の言葉である「戦争さえなければ、国のためじゃなく、大切な人のために生きたかった」は、現代に生きる私たちに重くのしかかる。

のぶ(今田美桜)と三人でシーソー遊びをした日々は、千尋にとって色褪せることのない大切な記憶だった。戦争がなければ、彼はその記憶のなかの人と、日常の延長線で未来を築いていたかもしれないのに。千尋が絞り出すように口にした「なんのために生まれて、なんのために生きるか」という、モデルのやなせたかし本人の名言でもある言葉に対し、SNS上でも「よくぞここで言ってくれた」「心打たれた」と声が挙がっている。

やなせたかし氏の実弟もまた、海軍で命を落としている。その事実がどこか抽象的に感じられていた視聴者にとって、この週で描かれた千尋の心の揺れは、“特攻隊の誰か”ではなく、“誰かの弟”としてのリアルを持って迫ってくる。

色褪せない記憶と、変わってしまった現実

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『あんぱん』第11週(C)NHK

千尋の回想に登場した“幼少期の風景”は、この物語が描こうとしている核心を象徴している。戦争は、国のためという名目で多くのものを奪う。けれど人々の心には、誰かと笑った記憶、誰かを想う気持ち、愛された日々が確かに残っている。

嵩も千尋も、“大人になる”ことを強いられた少年たちだった。「俺の自慢は弟だけだよ」と語った嵩の言葉には、弟に対する誇りと無念が込められていたように思える。弟の命が失われたあと、嵩はのぶと再会し、自身の人生を見つめ直すことになるのだろう。

戦後、やなせたかしが生み出した「アンパンマン」というヒーローには、“逆転しない正義”と“無償のやさしさ”が詰まっている。あのヒーローは、戦争で弟を失った一人の兄が、自責と祈りを込めて描いた“もう一つの救済”だったのかもしれない。

朝ドラ『あんぱん』はいま、戦争のただ中を描いている。けれどそこで描かれるのは「兵隊の物語」ではない。人生の岐路で誰かを思い、誰かに背中を押され、やがて何かを失っていく、そんな“人間の物語”だ。だからこそ、見ていて胸が痛むのだ。

そして願わずにはいられない。どうか、嵩と千尋の記憶が、誰かの未来を照らす光でありますように。


NHK 連続テレビ小説『あんぱん』毎週月曜〜土曜あさ8時放送
NHKプラスで見逃し配信中

ライター:北村有(Kitamura Yuu)
主にドラマや映画のレビュー、役者や監督インタビュー、書評コラムなどを担当するライター。可処分時間はドラマや映画鑑賞、読書に割いている。Twitter:@yuu_uu_