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なぜ人間だけが老化と死を恐れるのか?【「火の鳥」展を通して福岡ハカセと考える、生命と美:前編】

  • 2025.5.6

漫画家 手塚治虫がライフワークとして約35年にわたり執筆を続け、未完の大作となった漫画『火の鳥』。過去と未来を交互に行き来しながら、超生命体である「火の鳥」を中心に据え、生と死という深遠なテーマを描き出している。作品のなかで印象的なのは、不老不死になれるという火の鳥の生き血を求めて、呆気なくもこの世から去っていく多くの人間たち。生命の営みをメタ視点で見つめ続ける「火の鳥」は、死を恐れ、老いに抗い続ける人間とはなにか、という大きな問いをもたらしている。

手塚治虫とハカセの共通点は、昆虫愛を通じた生命観

――今回、ハカセ(著書でも「福岡ハカセ」と自称されており、私NOMAも親しみを込めてそう呼んでいる)が故・手塚治虫さんの「火の鳥」展の監修をされると聞き、両者のファンである私はお二人のコラボレーションに感激しました。ハカセは手塚さんのどのようなところに共感をしていらっしゃるのでしょうか?

漫画の神様と私自身を比べるのはおこがましいですが、“虫を通った人”であるというのはひとつの共通点です。手塚先生は戦争時代に10代の少年期を送り、軍国主義や同調圧力に息苦しい思いを抱きながら、そこから自身の繊細さを守るために虫の世界に逃避していた方だと思います。

私もどちらかというと内向的な少年で、学校での周囲からの同調圧力から逃れたくて、昆虫の世界に癒しを求めました。蝶の幼虫がさなぎになり、成虫へと羽化していく自然の精妙なさまに触れて、「繊細な自我を守った」という気持ちが私にはよくわかります。虫を通して世界に出会うと、基本的な生命観が決まってしまうんですよね。今回の展示では手塚先生の蝶のデッサンと、私が先生のデッサンを元に集めた標本コレクションを展示しています。

手塚治虫の想いとリンクする「鳳凰編」

――私自身も、幼少期に一人で過ごす時間が多かった時期もあり、そのときに自然との距離が近くなったと感じた記憶があるので、お二人の経験にとても共感します。『火の鳥』は未来と過去が交互に描かれているのが印象的ですね。

SF的な未来と、歴史絵巻調の過去を交互に往復し、その振幅が次第に小さくなっていくのが特徴です。特に、「鳳凰編」は『火の鳥』のエッセンスがすべて凝縮されている章で、とてもインパクトがありますね。端正な容姿のエリート仏師 茜丸と、鼻が大きい異形のルックスで荒んだ人生を送る我王という、極めて対照的なキャラクターが登場します。我王は、作品のなかで輪廻転生を重ねて度々登場し、特に手塚先生に愛されたキャラクターといえるでしょう。両手を失ったり、女性にモテなかったり、宇宙に飛ばされたりと悲惨な目にあいはするものの、誰しもが持つ人生に対するネガティブな要素を象徴しており、時には火の鳥に救済されることもあります。

私の分析では、手塚先生自身に二面性があったと思うのです。彼自身が芸術家であり、世界から称揚されるような『鉄腕アトム』『ジャングル大帝』といった作品で国民的作家となる一方、もっと異形の世界を描きたいという欲求もあり、その表れとして、哲学的な死生観とともに、本作や我王というキャラクターが描かれたのではないでしょうか。

人間だけが老化と死を恐れる

ドレス /アキコアオキ(03-5829-6188) ピアス/カレワラ(info.japan@kalevala.fi) その他/本人私物
ドレス /アキコアオキ(03-5829-6188) ピアス/カレワラ(info.japan@kalevala.fi) その他/本人私物

──本作では、火の鳥や美を神聖にとらえながら、一方で命や若さに執着する人間の性も記憶に残りました。ハカセはご著書で「秩序あるものは必ず無秩序に向かう」という“エントロピー増大の法則”について触れていますが、多くの動物と異なり、人間は唯一「死」というエントロピーに特殊な抗い方を行い続けてきた生き物です。なぜ人間だけが命や若さに執着し、死を恐れるのでしょうか。

言語を生み出し、世界を構造化したからです。もちろん利点もあり多くの恩恵を受けましたが、逆に生に執着したり、死を恐れたりするようになったのです。お金なども言語の産物です。本来であれば貯めずに必要な分だけ使って手渡すのが、利他的な生命としての自然な行動なのに、人間は言語の力によって、貯めると増え、豊かになると思うようになりました。それが逆に、人間の生命を苦しめているというわけです。人間以外の生物はすべて、いつ死ぬかを意識せず“今を生きている”のに、人間だけが自分の生命の終わりを知り、逃れようとジタバタしています。

――確かに、現代の再生医療に対する過度な期待などを見ると、「死」への神聖さを保てていないように感じてしまいます。

>>後編「ルックスを超越した美しさ──そこに宿る生命の輝き」へ続く。

Information

手塚治虫「火の鳥」展

―火の鳥は、エントロピー増大と抗う動的平衡(どうてきへいこう)=宇宙生命(コスモゾーン)の象徴―

会場:東京シティビュー(東京都港区六本木6-10-1 六本木ヒルズ森タワー52F)

開館時間/10:00〜22:00(最終入館21:00)

https://hinotori-ex.roppongihills.com

Profile

福岡伸一

生物学者。京都大学卒。ハーバード大学医学部研究員、京都大学助教授などを経て青山学院大学教授。ロックフェラー大学客員研究者。分子生物学者としてのキャリアに裏打ちされた科学の視点と、平易で叙情的な文章でサイエンスの魅力を伝える書き手として人気を博し、『生物と無生物のあいだ』がベストセラーに。近著に『動的平衡は利他に通じる』、『君はいのち動的平衡館を見たか 利他の生命哲学』など。『火の鳥』展では企画監修および会場限定公式ブックの執筆を手がけ、現在開催中の“大阪・関西万博 福岡伸一「いのち動的平衡館」”パビリオンの監修を務める。

NOMA(ノーマ)

佐賀県出身のモデル。幼少期より生命や宇宙の神秘に惹かれ、ファッションからサイエンスまで幅広い分野で活動。モデル業のかたわら世界各国の自然豊かな辺境の地を巡る。2021年に書籍『WE EARTH ~海、微生物、緑、土、星、空、虹、7つのキーワードで知る地球のこと全部~』を出版。植物と宇宙を中心とした自然科学の案内人、環境省森里川海アンバサダーとしても活動し、講演会やプロジェクト監修など多岐に渡る活動を行っている。@noma77777

Photos: Kaori Nishida Text: Kiriko Sano Editor: Rieko Kosai

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