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一流の「囲われ者」は別宅で社長専属、二流は狭い借家、三流は5人ローテの「パパ活」…江戸の愛人業の格差

  • 2025.3.22

NHK大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」で吉原の花魁・瀬川(小芝風花)が落籍されたように、大金持ちの専属となった遊女は、どんな暮らしをしていたのか。作家の永井義男さんは「当時の資料を読むと、囲い者、つまり妾の生活にも経済的格差があった」という――。

※本稿は永井義男『江戸の性愛業』(作品社)の一部を再編集したものです。

吉原の花魁が身請けされ、優雅な愛人ライフを満喫する物語

囲い者とは、妾めかけのこと。たんに「囲い」や、「てかけ」ともいった。

図版1は、画中に「志賀山、囲われている所」とある。

吉原の花魁おいらん志賀山が年季の途中、富裕な商人に身請けされ、囲い者となって暮らしている様子である。女中が志賀山に声をかける──

「お茶を入れ、おまんまにいたしましょう」
「なんぞ、おいしい物はないかえ」

──という具合で、志賀山は本を読みながら、のん気なものだった。

戯作『磯ぜせりの癖』(十返舎一九著、文化10年)の設定では、志賀山は女中ひとりと、下女ふたりの四人暮らしだった。

図版1の左の台所で仕事をしているのが、下女のひとりであろう。

身請けに大金がかかったのは言うまでもないが、妾宅を維持していくのにもかなりの金がかかる。

旦那である商人は、まず戸建ての家を借り、3人の奉公人を雇い、さらに月々の生活費も渡さねばならない。かなりの出費だった。

かつて、「妾は男の甲斐性かいしょう」という言い方があった。逆から言えば、甲斐性のある男でなければ、妾など持てなかった。

図版1のように、吉原の花魁を囲い者にした旦那は、まさに甲斐性のある男と言えよう。

図版1:「上」クラスの妾の家の様子[十返舎一九ほか『磯ぜせりの癖 3巻』1813年(文化10)。国立国会図書館デジタルコレクション]
裕福な商人の「旦那」が求めているのは性的なサービス

いっぽう、囲い者になった志賀山にすれば、なんとも安楽な暮らしだった。

女中と下女がいるので、自分は家事労働や雑用はいっさい、しなくてよかった。

風呂に入り、化粧をし、あとは三味線を弾いたり、本を読んだりしながら待機する。旦那が来れば、性的に満足させてやればよい。旦那が求めているのはずばり、性的な快楽だった。

しかも、大店の主人ともなれば、店の業務全般に目を配らなければならないし、得意先や同業者との付き合いもあろう。また、本妻へ遠慮もあるので、とても毎日のように妾宅に来るなどはできない。

それこそ、たまに来るだけである。そのとき、旦那がとても本妻には望めないような、濃厚な性的サービスをしてやればよかった。

図版1のような囲い者はけっして戯作の誇張ではないのは、文政末から天保初期の世相を描いた『江戸繁昌記』(寺門静軒著)でわかる。なお、同書は漢文で記されているので、現代語訳して簡略に紹介する。

二流の「囲い者」は門や庭のない借家住まいだった

表通りからはいった新道にある、格子戸の仕舞屋に住まわせ、婆やひとり、下女ひとりを付けてやる──これは「中」である。

「上」になると、高い板塀で囲まれた門構えの家に住まわせ、庭には石灯篭と松の木があり、奉公人も複数人、付けてやる。こうした妾宅を維持するには、旦那の負担は1カ月に25両(当時の米価などで換算し150万円相当)を越えた。

図版1は、黒板塀で囲まれており、いちおう庭もあるようだ。また、奉公人は3人いる。「上」の囲い者の例といえよう。

なお、「下」については、後述する。

金のある男にとって月額150万円の出費は惜しくなかった

図版2は、画中に「湯上りに寄する囲者」とあり、夏の妾宅の光景である。

旦那は富裕な商人のようだ。この女も「上」の囲い者といえよう。湯から上がった旦那と囲い者は、縁側で涼しい風を受けながら、女上位の体位である茶臼ちゃうすでしている。

これこそ、高い金を出しても囲者を妾宅に住まわせる醍醐味だった。

というのは、自宅ではとても図版2のような行為はできない。女房子供のほか、多くの奉公人がいるからだ。それに、当時の日本家屋は防音効果が皆無に近く、プライバシーは守れなかった。

もちろん、妾宅にも奉公人はいるが、みな心得ているため、旦那と囲い者の房事が始まりそうな気配を見ると、気をきかせて湯屋などへ行く。あとは、旦那は妻とは日頃できないような性行為を妾として、思い切り楽しむわけである。

金のある男にとって、1カ月に25両の出費は惜しくはなかったろう。

図版2:裕福な商人と妾[渓斎英泉画『狂歌恋の道草』(部分)、1825年(文政8)ごろ、国際日本文化研究センター蔵]
大名が17歳の町娘を妾として選ぶという春画の本

大名が、町娘など、庶民の女の中から妾を求めることは少なくなかった。

図版3は、春本『絵本開中鏡』(歌川豊国、文政6年)の中の絵で、画中に「御中奥御妾目見之図」とある。

殿さまが簾越しに、妾候補の女の見分をしているところである。そばにいる女は、奥女中。

図版3:大名が妾候補の娘たちを見ている様子(歌川豊国『絵本開中鏡』文政6年、国際日本文化研究センター蔵)

彼らの視線の先が、図版4である。

図版4で、恥ずかしそうにしている女が、妾候補の町娘。

そばの高齢の女は、「老女ろうじょ」と呼ばれる最高位の奥女中。

ふたりの遣り取りは――

老「いくつえ」
娘「十七でござります」
老「よし、よし」

――という具合である。

背後に琴と三味線があるので、どちらか、あるいは両方の実技試験もおこなわれたのであろう。

このあと、娘は妾に採用されたのはいいが、殿さまが房事に熱中し、ついには腎虚じんきょになるという、春本らしいオチになっている。腎虚とは、房事過多、つまりセックスのし過ぎで虚弱化すること。

図版4:奥女中と、大名の妾候補の娘(歌川豊国『絵本開中鏡』文政6年、国際日本文化研究センター蔵)
大名の妾になって後継者を産むのは「玉の輿」だった

しかし、大名が庶民の女の中から妾を求めるのは、けっして春本の誇張でも虚構でもなかった。

戯作『根南志具佐』(平賀源内著、宝暦13年)に、大名に妾を取り持つ男、いわば仲人なこうどが登場する。

仲人が、娘の両親に向かって言う─―

「お娘むすは、いよいよ、やらしゃるつもりに相談はきまりましたか。一昨日も言う通り、向こうは国家のお大名、お妾の器量えらみ、中背で鼻筋の通った……(中略)……支度金したくきんは八十両、世話賃を二割引いても、八八、六十四、五両の手取り、もし若殿でも、産んでみやしゃれ、こなた衆は国取のじいさま、ばあさまなれば、十人扶持ぶちや二十人扶持は、棚に置いた物取るよりはやすいこと。いよいよ、やらしゃる合点か」

――と、雄弁である。もちろん、夫婦は娘を妾に出すのを快諾した。

大名家から娘の親に支度金として80両(※500万円相当)が渡される。仲人が手数料として2割引くので、親元に渡るのは64両。

娘を大名の妾に差し出せば500万円相当が支払われた

娘はあくまで大名の妾だが、もし子供を産むと、しかも男の子を産むと、たちまち側室となる。

というのは、大名家では(将軍家も同じだが)、正室が子供を産むことはほとんどなかった。そのため、側室が男の子を産めば、その子が将来、次の藩主になる可能性は大きかった。

その場合、庶民の娘は、大名の実母になる。大出世だった。

また、娘の両親は、大名の実の祖父母になる。とはいえ、藩主の実の祖父母が庶民で、裏長屋などに住んでいては世間体が悪いので、大名家は二十人扶持くらいの家禄をあたえ、体裁をととのえさせた。こうして、両親も大出世だった。

大名の妾は、『江戸繁昌記』の囲い者の上・中・下でいえば「上」、いや「極上」と言ってよかろう。

図版5は、大名と、寵愛する妾である。妾は周囲の奥女中にいじめられると訴え――

妾「わたくしは、どのようにいじめられましても、いつまでも御前のお側に、おりとう存じます」
殿「おお、俺も、どのようなことがあっても、そちばかりは一生、側へ置くぞ」

――と、大名はますます夢中になっている。

妾は見事、大名を篭絡したと言えよう。

図版5:大名と妾[歌川国虎『男女寿賀多おとめのすがた』1826年(文政9)、国際日本文化研究センター蔵]
「下」ランクの愛人は親と同居のまま、男が通ってきた

では、『江戸繁昌記』が上・中・下にランク分けした囲い者の中で、「下」の実態はどうだったのであろうか。同書によると、

とても戸建ての借家などは用意してやれないので、女にはそれまでの住居に親と一緒に住まわせておき、旦那が通う方式だった。二階建ての家の場合、女は二階で旦那を迎え、両親は一階で平常通りの生活を続ける。

というものだった。親にしてみれば、自分の娘のもとに男が通ってくるわけである。

しかも、当時の木造家屋では、2階と1階であれば、行為の様子こそ見えないが、物音や声は筒抜けだった。

もちろん、近所にも、「あそこの娘は囲い者になって、男が通ってきている」と、たちまち知れ渡った。

愛人業で稼ぎたい女と、妾を求める男がマッチング

これが、『江戸繁昌記』のランクで、「下」の囲い者の実態だった。

親と同居している娘が囲い者になり、そこに旦那が通ってきたのである。

要するに、親としては娘に稼がせ、自分は養ってもらうつもりなのだ。

囲い者は、当時としては高収入が得られる女の職業、つまりセックスワーカーだった。

図版6は、画中に「うらすまい」とある。また、右端の箒を使っている女は「かこいもの」と記されている。つまり、裏長屋に住む囲い者の姿である。『江戸繁昌記』の分類によれば、「下」の囲い者になろうか。

図版6:裏長屋に住む囲い者(右下)[歌川豊国画『絵本時世粧』1802年(享和2)。国立国会図書館デジタルコレクション]

囲い者は社会的に認知されたセックスワーカーだったのが、図版7でわかる。

口入屋くちいれやは、職業紹介所である。

さて、図版7は口入屋の入口付近の光景。看板には、

「きもいりや 御奉公人口入仕候」

と書かれている。

仲介人に頼み「ひと月だけでも」と妾を求める男もいた

肝煎屋は口入屋のことである。

人物にはそれぞれ説明があり、右端の立っている女は、「月きわめのかこいもの」、つまり、月ぎめ契約で囲い者をしている女、右から二番目の高齢の女は、「きもいりかゝ」、つまり、口入屋の女房、床几に腰をおろしている女は、「めかけの目見え」、つまり、囲い者になりたくて、口入屋の面接を受けにきた女、左端は、「子もり」、つまり子守の奉公人、という具合で、口入屋で囲い者の紹介をしていたのだ。

囲い者がほしい男は、自分の好みや期間、予算などを告げて、口入屋に登録しておく。いっぽう、囲い者になりたい女も自分の要望などを登録しておく。口入屋はふさわしい組み合わせだと思うと、両者を引き合わせ、おたがいに納得すると、契約となる。

囲い者は仕事であり、当時の言葉では「妾奉公」だけに、口入屋があいだにはいって、きちんと証文を作成し、たがいに取り交わした。

なお、図版7から、月契約の囲い者もいたことがわかる。

これは男の側からすれば、金に余裕がないので、せめて1カ月間だけでも囲い者を持ちたいという念願であろう。また、1カ月単位で次々と女を代えて楽しみたいという男もいたろう。

いっぽう、女の側からすれば、時にはいやな男もいる。そんな場合、月契約なら、1カ月間だけ我慢すればいいので、リスク回避の意味もあったろう。

図版7:妾の斡旋をする仲介業「きもいりや」(左)[歌川豊国画『絵本時世粧』1802年(享和2)。国立国会図書館デジタルコレクション]
老人に添い寝すればいいと思ったら、精力絶倫だと嘆く妾

図版8は、口入屋でとんだ旦那を引き当てた女の嘆きである。

年が年だけに、ほとんど添い寝をするだけで、楽ができると高を括くくっていた。ところが、老人は精力絶倫だった。毎晩、しかも複数回、求める。

女はぼやく――

「年寄のくせに豪儀に達者だよ。毎晩毎晩、こんなにされては、どうも続かねえ。そのくせに、ただでもすることが曲取りだのなんのと、色々様々な真似をされるのには困るぞ」

――と、旦那は変わった体位や、変態行為も要求していた。

曲取りは、正常位以外の体位で、変態の意味合いもある。

ともあれ、口入屋で旦那を決める囲い者は、『江戸繁昌記』のランク付けでは「中」と「下」にあたるであろう。

図版8:老人の囲い者になった若い娘[歌川国虎『祝言色女男思』(部分)1825年(文政8)、国際日本文化研究センター蔵]
日替わりで5人の男をローテーションした「安囲い」の女

なお、『江戸繁昌記』によると、「下」のなかには、ひとりで5人の旦那を持つ囲い者もいたという。

これは、男が共同でひとりの女を囲う方式で、「安囲やすがこい」と言った。

その仕組みは、5人の男がそれぞれ「一の日(一日、十一日、二十一日)」、「三の日」、「五の日」、「七の日」、「九の日」という具合に、日を決めて均等に女の元に通うというもの。

これだと、男は女を独占こそできないが、1カ月に3回、旦那気分を味わいつつ、負担は普通の場合の5分の1ですむ。

いっぽう、女の側からすれば、たとえば五の日の男が終了して欠員ができた場合、口入屋に行き、

「五の日に空きができたのですがね」と、募集をすればよい。

永井義男『江戸の性愛業』(作品社)

ところで、戯作『好色一代女』(井原西鶴著、貞享3年)に、妾を抱えたい男が、希望を述べる場面があり──――

「まず歳は十五より十八まで、当世顔は少し丸く……(中略)……足は八文三分に定め、親指反そって裏すきて……」

――と、注文は細かい。

注目すべきは足の注文である。八文三分は足袋たびの寸法。

足の親指が反るのは、陰部が名器である証拠と考えられていた。足の裏がすいているは、偏平足ではないという意味。

まさに、商取引で品質に注文を付けるのと同じだった。

永井 義男(ながい・よしお)
小説家
1949年生まれ、97年に『算学奇人伝』で第六回開高健賞を受賞。本格的な作家活動に入る。江戸時代の庶民の生活や文化、春画や吉原、はては剣術まで豊富な歴史知識と独自の着想で人気を博し、時代小説にかぎらず、さまざまな分野で活躍中。

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