仕事のやる気がでないときは、どうしたらいいのか。『世界は行動経済学でできている』(アスコム)を書いた橋本之克さんは「仕事は“区切りのいいところ”で終わらせてはいけない。休憩や休日に入る前に、心理的な効果を利用した良い方法がある」という――。(第5回)
“キリよく終わらせる”ことの落とし穴
みなさんは、1日の仕事を始めるとき、あるいはお昼などの休憩後のタイミングで、すぐに「よしやるぞ!」「今日も(午後も)がんばろう!」というスタートダッシュを切ることができますか?
また、1日の仕事を終えるとき、あるいはお昼休みなどの休憩を取る直前、「キリのいいところまでやってしまおう」「この作業を終わらせてから帰ろう(あるいは休憩しよう)」と考えたりしないでしょうか?
行動経済学には、「オヴシアンキーナー効果」という心理効果があります。これは、一度始めたものは未完成で中断したままではなく、完了するまでやりたくなる、コンプリートしたくなるという心理です。みなさんが行う作業が、「一度完結したら、二度とやらずに済むもの」であれば、この心理をうまく使い、勢いをつけて完了まで進めばいいでしょう。
ところが、日常の仕事や作業は、「一度だけ」「今日だけ」ではなく、毎日、あるいは何週間、何カ月、場合によっては何年も続けて取り組まなければならないものが多くあります。そうなると必ずどこかで「仕事の区切り」が生まれます。
仕事を区切りの良いところで終わらせて、「午前中の仕事は終わった!」「今日の分の仕事をやりきった!」というスッキリした気持ちで休憩に入ったり帰路についたりすると、気分的にも落ち着きますし、生産性も上がる気がしますよね。しかし、実はここに落とし穴があります。
「スッキリ感」がその後のやる気を削ぐ
「キリのいいところまでやった」という状態は、「仕事がいったん終わった」という達成感や解放感につながります。実は、その「スッキリ感」が翌日や休憩後の再スタートを阻んでしまう可能性があるのです。
いついかなるときでも、スタートダッシュをスムーズに決められる、すぐに切り替えて集中できるという方には無縁な話かもしれませんが、この「なかなか仕事のやる気が出ない」「集中モードに切り替えられない」「休憩気分から抜け出すのに時間がかかる」という問題の解決は、行動経済学にヒントがあります。
そのヒントとなるのは、「エンダウド・プログレス効果」です。「エンダウド・プログレス効果」とは、ゴールに向かって少しでも前進したと感じると、モチベーションが高まり、進み続けたくなる心理です。
この心理を理解する、わかりやすい実験をご紹介しましょう。
南カリフォルニア大学のジョセフ・C・ヌネスらは、一般の洗車場を使って実験を行いました。来場者は、1回の利用で1つのスタンプがもらえます。そこで、次の2種類のスタンプカードのうちどちらかを、それぞれ150人に配布しました。
スタンプが“先に押してある”と意欲が高まる
A 8個スタンプが貯まれば1回洗車無料になるカード
B 10個スタンプが貯まれば1回洗車無料になるカード(ただし、事前にスタンプが2個押してある)
つまり、AもBも1回分の洗車無料を獲得するまでの回数は、「8回」で同じです。その後3カ月間で、最後までスタンプを集めた人の割合は、Aが19%だったのに対し、Bは34%と、明らかな違いが生まれました(図表1)。スタート時にスタンプが2個押してあるだけで、スタンプがゼロの状態から始めた場合よりも、集める意欲が高まったことになります。
カフェやクリーニング店などで、最初からボーナススタンプが押されたポイントカードをもらったことはないでしょうか。
実質同じ特典であっても、あらかじめスタンプが押してあることで、顧客は「スタンプが2個も無料でもらえた」という心地のいい感情を抱きます。いわゆる「ポジティブアフェクト(前向きなプラスの効果)」が働きます。これにより、スタンプを集めよう=その店やサービスを利用し続けようという意欲が高まるのです。
また、ゴールが近づいたり、終わりが見えてきたりすると、やる気や行動などに弾みがつくことを「目標勾配効果」と呼びます。これも、同じような効果と言えます。
進捗がわかると、やる気が出る
どこまで進んでいるのかが可視化されたとき、思っていたよりも進んでいると感じると、やる気が出てきます。この点を上手に利用しているのが、学習アプリやアンケート、ネット上の会員登録などで使用されている「プログレスバー」です。
「プログレスバー」とは、タスクやワークの進み具合を可視化して、現在どのあたりにいるのかを示したもの。あと少しで完了だとわかると、そのタスクやワークを最後までやり遂げられる可能性が高まります。
ネット上の会員登録などでは、項目が多かったりすると、途中で入力するのが面倒になって離脱してしまう顧客がいますが、入力のスタート時点で、以前に入力した名前などが自動的に書き込まれ、プログレスバーが少し進んだ状態になっていれば離脱の可能性は格段に下がるのです。
「エンダウド・プログレス効果」は、さまざまな場面で「初期の行動を勢いづける」ために活用できます。本記事の冒頭の仕事の例であれば、ちょうどいい切れ目や区切りの良いところで仕事をやめるのではなく、わずかでもいいので次の仕事に取りかかっておくということですね。
仕事は「中途半端に終わらす」ほうがいい
「キリのいいところ」ではなく、あえて「中途半端なところ」までやっておくわけです。仕事Aと仕事Bをやらなければいけない場合、仕事Aが終わってすっきりした気分で昼休みに入るのではなく、5分だけでも仕事Bに取りかかってから休憩をしましょう。それだけでまったくのゼロ状態から仕事Bを始めるよりもモチベーションが高まり、休憩から戻ってからもスムーズに仕事に取り組めるというわけです。
この方法は、1日の終わりにも使えます。明日すべき仕事に少しだけ取りかかっておくことによって、翌日の朝、スムーズなスタートダッシュを決められます。
次の仕事に取りかかるのが難しい場合は、次回やるべきことを「タスクメモ」的にまとめておくだけでもいいでしょう。あるいは最低限、次の仕事の概要をざっと把握しておくだけでも違いが出るでしょう。
仕事以外では、例えばスポーツジムや英会話などの習い事でも使えます。最初はやる気まんまんだったのに、だんだん面倒になって腰が重くなり、いつの間にか通うのをやめてしまった……という状態を防ぐためには、その日のレッスンが終わるときに次回の予約をしておくのです。
継続に必要なのは「次回予告」
レッスンに通ってもらう企業側の立場であれば、レッスンの最中に「これは次にやるテーマなんですが……」などという形で、次回の内容を「ちょい見せ」しておくといいでしょう。それが次回予約や次回の予定を決める行動につながり、継続して通うモチベーションになります。
仕事においても、相手先への訪問時などに次回の提案内容を少しだけ話しておいたり、次回の約束を取り付けておいたりすると、関係性を継続していくことにつながるでしょう。
また、他の人に新たな仕事を頼むときに、最初の作業だけ一緒に行うのも有効です。相手も一人でゼロから始めるより、取りかかりやすくなるでしょう。
恋愛でも、一度のデートで終了しないためには、「次はここに行ってみようか? いつにする?」という、関係を途切れさせないような話ができるといいかもしれませんね(もちろん、相手次第ではありますが)。
テレビなどの連続ドラマの最後で流れる、思わせぶりなシーンばかりの次回予告も、視聴を継続させるための手法です。次につながるような「気になる」ことをつくるのが、継続のためには、とても重要だということです。
橋本 之克(はしもと・ゆきかつ)
マーケティング&ブランディングディレクター
昭和女子大学現代ビジネス研究所研究員。東京工業大学工学部社会工学科卒業後、大手広告代理店を経て1995年、日本総合研究所入社。1998年、アサツーディ・ケイ入社後、戦略プランナーとして金融・不動産・環境エネルギー業界等多様な業界で顧客獲得業務を実施。2019年、独立。現在は行動経済学を活用したマーケティングやブランディング戦略のコンサルタント、企業研修や講演の講師、著述家として活動中。著書に『9割の人間は行動経済学のカモである 非合理な心をつかみ、合理的に顧客を動かす』『9割の損は行動経済学でサケられる 非合理な行動を避け、幸福な人間に変わる』(ともに経済界)、『世界最前線の研究でわかる! スゴい! 行動経済学』(総合法令出版)、『モノは感情に売れ!』(PHP研究所)などがある。