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「ほとんど汁に」孤独死の悲惨さも容赦なく描いた“NHKの異色ドラマ” 笑えない現実をコミカルにした『ひとりでしにたい』

  • 2025.7.25

綾瀬はるか主演のNHKドラマ『ひとりでしにたい』は、「死」という、誰もがいつかは迎えるものでありながら、普段は目を背けがちな重いテーマを、あえて軽やかな語り口で描いた注目作だ。叔母の孤独死をきっかけに、独身女性が、ひとりできちんと生きてきちんと死ぬためにはどうすればいいのかと悩む主人公を、その重い題材とは裏腹な明るいコメディタッチで描く異色作だ。

※【ご注意下さい】本記事はネタバレを含みます。

「ほとんど汁に…」叔母の孤独死が突きつけた、あまりにも残酷な現実

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『ひとりでしにたい』6月21日放送 (C)NHK/テレビマンユニオン

物語は、美術館の学芸員として働く39歳の独身女性、山口鳴海(綾瀬はるか)が、憧れの存在であった叔母(山口紗弥加)の悲惨な「孤独死」を目の当たりにするところから始まる。発見が遅れ「ほとんど汁になっていた」という遺体の状況や、それに対する父(國村隼)の「結婚せずに好き勝手生きてきた罰」という辛辣な言葉は、孤独死という事象そのものの過酷さと、それを取り巻く社会の冷ややかな視線を容赦なく描き出している。

鳴海は自分も叔母と同様に独身人生を謳歌しているが、このままでは自分もいつか孤独死することになるかもしれないと危惧する。そこから婚活アプリの登録をしてみるものの、39歳という「売れ残り」では訳アリ男性しかマッチしないと辛辣なことを言われるなど、社会における独身女性に対する不当な風当たりの厳しさも描き出す。

そうした不当な扱いにも腹が立つ鳴海だが、そもそも結婚したいわけではないという自分の本心にも気が付く。ならば、現在の社会制度の中で、いかにひとりで生きて、ひとりできちんと死ぬことができるのか。鳴海は婚活をやめ終活をし始めることにするのだ。

物語はさらに、個人の死の問題に留まらず、家族との普遍的な課題へと切り込んでいく。鳴海が自らの「終活」を意識し始めた矢先に立ちはだかるのは、自分よりも先に亡くなる「親の終活」という切実な壁だ。介護負担が女性に偏りがちな旧態依然とした価値観や、死について語ることをタブー視する家族間のコミュニケーションの難しさ、そして母(松坂慶子)が長年の不満の末に突きつける「熟年離婚」の問題。これらは、多くのミドル世代が直面するであろう現実の縮図であり、本作が単なる個人の物語ではなく、現代の家族や社会が抱える歪みそのものを問う射程の広い作品であることを示している。

重いテーマを明るく見せる綾瀬はるかの“ハッピーオーラ”

これほどまでに重厚なテーマを扱いながら、本作は、全編を貫く明るさとコミカルさが特徴となっている。深刻なテーマを深刻なまま描くのではなく、絶妙なユーモアで包み込むことで、視聴者が敬遠することなく、自分事として受け入れられるエンターテインメントへと昇華させているのだ。

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『ひとりでしにたい』7月19日放送 (C)NHK/テレビマンユニオン

叔母の死に衝撃を受け、「ひとりで死にたくない」という恐怖から婚活アプリに登録し、あからさまな国際ロマンス詐欺にときめいてしまう鳴海の姿は、痛々しくも滑稽で愛おしい。また、鳴海の心に巣食う孤独や不安が、名優・麿赤兒の姿となって具現化し、寄り添うというシュールな演出は、本作のユニークさを際立たせている。さらに、母親の熟年離婚を阻止するため、母が通うヒップホップ教室に乗り込み、最終的には自らもラッパーのスタイルで母と対峙する展開は、思わず笑ってしまう。なにより、アイドルオタクを隠さずに前向きに人生を送っている鳴海は、推しについて語る時が何よりも楽しそうで、見ているこちらも励まされる。

この絶妙なバランス感覚を支えているのが、主演・綾瀬はるかの存在である。彼女が持ち前のハッピーオーラで演じることで、主人公・鳴海の迷走やドタバタ劇は、悲壮感よりも人間臭い魅力として映る。困難な現実に直面しながらも、どこか憎めない彼女のキャラクターが、重いテーマとコミカルな作風とを見事に繋ぎ合わせ、物語全体の推進力となっているのである。

孤独死時代の希望の光? ドラマが肯定する『推し活』の力

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『ひとりでしにたい』7月12日放送 (C)NHK/テレビマンユニオン

こうした明るい作風は、なにも意表を突く意図でやっているわけではないだろう。

本作は、単に社会問題を提示するだけでなく、これからの時代を生き抜くための具体的なヒントを提示している。「ひとりで死にたくない」という恐怖からの逃避ではなく、「ひとりで、きちんと死にたい」という主体的で前向きな決意へと至る鳴海の意識の変化は、本作の核となるメッセージだ。

それは孤立を選ぶことではなく、尊厳ある最期を迎えるために、元気なうちから社会との繋がりを確保し、助けを求める術を学び、他者に過度な迷惑をかけないための、極めて理性的で社会的な選択だ。つまり死について考えることは、人生を豊かに生きるためなのだ。

この「社会との繋がり」のあり方として、本作が「推し活」をポジティブに肯定している点は特筆に値する。年下の同僚・那須田(佐野勇斗)は、孤独死を回避するために最も重要なものは「希望」であり、アイドルの「推し活」もまた、生きる意欲を繋ぎとめる「希望」になり得ると語る。血縁や地縁といった旧来の共同体が揺らぐ現代において、趣味や共通の関心事が新たな生の支えとなる可能性を示唆しており、多様な生き方を力強く肯定している。

さらに、「多少ポンコツでも家族はリフォームして使った方が賢い」という鳴海の言葉に象徴される「家族のリフォーム」という考え方も新しい。崩壊しつつある関係性を嘆くのではなく、対話を通じて更新し、再構築していく。このドラマは、独身者が自らの人生を主体的に設計していくための「終活」の指南書であると同時に、変化する家族観の中で、新たな関係性を模索する全ての人々にとってのライフプランの参考書となり得る作品だ。


NHK 土曜ドラマ『ひとりでしにたい』 毎週土曜よる10時放送

ライター:杉本穂高

映画ライター。実写とアニメーションを横断する映画批評『映像表現革命時代の映画論』著者。様々なウェブ媒体で、映画とアニメーションについて取材・執筆を行う。X(旧Twitter):@Hotakasugi