1. トップ
  2. エンタメ
  3. 歌声はない。だけど強烈なイントロを誰もが口ずさんだ【F-1テーマ】といえば?“速さの代名詞”になった歌のない一曲

歌声はない。だけど強烈なイントロを誰もが口ずさんだ【F-1テーマ】といえば?“速さの代名詞”になった歌のない一曲

  • 2026.10.18
undefined
T-SQUAREの安藤正容と伊東たけし(左)-2000年10月撮影(C)SANKEI

鍵盤の旋律が階段を駆け上がり、すぐ後ろをギターが鋭く追走する。音が重なった瞬間、バンド全員のアンサンブルがひとつに束ねられ、小気味よい連打が畳みかけられる。歌声はない。それでも最初の数秒で全身が目覚め、体が先にスタートの合図を待つ姿勢に入ってしまう。

T-SQUARE『TRUTH』(作曲:安藤まさひろ)ーー1987年4月1日発表

イントロから、真っ先にテレビのF1中継を思い浮かべる人は今も多いはずだ。グリッドに並ぶマシンの列と、これから始まる長い夜。あの映像と重なり合った音は、そのまま「速いものが始まる」合図として、耳の奥深くに住みついている。

この曲は1991年発売のシングルより前、アルバムの表題曲として世に出た一曲なのだ。中継の音として覚えた旋律をバンドの曲として聴き直すと、なぜこの曲が速さの代名詞になれたのか、その理由が楽曲の作りのなかに鮮やかに見えてくる。

中継の開始より先に店頭へ届いていた

曲が世に出たのは1987年4月1日。当時のバンド名はTHE SQUAREで、同名のアルバム『TRUTH』の表題曲として収録されていた。

フジテレビがF1の全戦放送を始めるのは、その11日後となる4月12日深夜、開幕戦ブラジルGPの録画中継からだ。1987年は、F1が日本の茶の間に本格上陸した年でもある。中嶋悟が日本人として初めてフル参戦を果たし、ホンダのエンジンが黄金期を迎えていた。秋には鈴鹿サーキットで日本GPが開かれる。深夜の画面からなだれ込んでくる未知の興奮の入り口に、このイントロが置かれた。

幕開けの合図として独り歩きした表題曲

フジテレビスポーツスペシャル『F-1グランプリ』のオープニングテーマとして、この曲は1987年から1998年まで10年以上にわたり流れ続けた。

中継の顔に据えられた表題曲は、バンドの名前より先に独り歩きを始める。バンド名も曲名も知らぬまま、イントロだけは口ずさめる。その聴かれ方こそ、この曲にはいちばん似合っていた。

数十秒のオープニング枠に切り取られても、曲は少しも欠けた感じがしない。冒頭の駆け上がりから主旋律までの展開が、それだけでひとつの物語として完結しているからだ。

歌がないことも強みに働いたのかもしれない。言葉を持たない旋律は実況の声とぶつからず、映像に特定の意味を押しつけない。見る人それぞれの期待を、そのまま乗せて走らせてくれるのだ。

人の息が電子音を走らせる

主旋律を吹くのは伊東たけし。手にするのはウインドシンセと呼ばれる電子楽器で、サックスのように息を吹き込んで音を鳴らす。

電子音らしい抜けのよさがありながら、音の端々には吹き手の息づかいがそのまま乗る。機械の正確さと人間の体温が、一本の旋律のなかに同居しているのだ。エンジンの唸りと、ステアリングを握る人間の張りつめた呼吸。その両方を、ひとつの音色が同時に思い起こさせる。

Bメロに入って旋律が長い音に落ち着いても、ドラムは前へ前へと押し続け、速度を緩めない。そこからサビへ飛び込んだ瞬間、視界が一気に開けてストレートへ飛び出す快感が広がる。

間奏では、ギターとキーボードのソロが続き、バトンを渡すように主旋律へ戻ってくる。全員に見せ場がめぐるリレーのような設計は、抜きつ抜かれつのF1レースの風景と呼応するかのようだ。

名前が変わっても鳴り続けた同じ旋律

作曲はギターの安藤まさひろ(現・安藤正容)。ギタリストが書いたキャッチーな旋律を、吹き手の息が歌う。書いた本人は主旋律を預け、自分は間奏のソロで前に出る。一歩引いて全体を支えながら要所を締める役割分担が、このバンドの音楽的な成熟度そのものだった。

安藤はのちに、ゲーム『グランツーリスモ』シリーズのテーマ『MOON OVER THE CASTLE』も作曲した。F1中継の音と、クルマを走らせるゲームの音が同じ人の手から生まれた。

1987年当時のバンド名はTHE SQUAREだったが、1989年にT-SQUAREへと改名する。看板が変わったあとも、中継の幕開けにはまったく同じ熱量でこの曲が流れ続けた。

新旧の吹き手が一枚に並んだ秋

1991年10月、T-SQUAREは『TRUTH』を8cmシングルとして発売した。1曲目は1987年の原曲で、主旋律は伊東たけしのウインドシンセ。2曲目の『TRUTH 1991』では、後任の本田雅人がソプラノサックスで同じ旋律を吹いている。名前もフロントマンも変わったバンドが、新旧ふたつの息づかいを1枚のディスクに収めたのだ。

1991年は、中嶋悟が引退を表明し、最後の日本GPを走った年でもある。日本人ドライバーの挑戦が一つの区切りを迎える秋に、中継を彩ってきた旋律があらためて手元に置ける形になった。

電子の息でも、生のサックスの息でも、旋律が走り出す勢いは変わらない。速さは音色だけに宿っていたのではなく、旋律そのものに書き込まれていたのだ。2つの名演を続けて聴くと、その事実がはっきりと胸に迫ってくる。

いまも、あの駆け上がる鍵盤が鳴れば、テレビの前で息をのんでスタートを待っていた夜の気分が音とともによみがえる。中継の音として出会った人も、バンドの曲として聴き直した人も、きっと同じ最初の数秒で胸が高鳴るはずだ。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。

の記事をもっとみる

注目コンテンツ