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50代からの学びは「師匠探し」で変わる。和田秀樹さんがすすめるSNSでの見つけ方と注意点

  • 2026.9.19

50代からの学びは「師匠探し」で変わる。和田秀樹さんがすすめるSNSでの見つけ方と注意点

終活は、人生の「終わり」に向けて始めるもの——そう思っていませんか? 和田秀樹さんが提唱する終活は、そんなイメージをちょっと裏切ります。大切なのは、身辺整理や「片づけ」よりも、これからの人生をどう楽しむか。『死ぬまで楽しく生きる本』(エクスナレッジ刊)から、いまを整える「終活リスト」をご紹介します。第4回は、“師匠”の見つけ方。

【新常識】勉強するなら師匠を見つける → SNSから師匠が見つかることもある

もうひとつ、勉強の新常識と私が考えているのが、「師匠」を持つということ。自分が勉強している知識や技術についてよく知っていて、何でも気軽に相談できる人が、ここでいう師匠です。

別に自分よりも年上である必要はありません。親切に教えてくれて、尊敬できる人であれば、若い人でも師匠たりえます。

もちろん、若い人に対し「師匠!」と呼ぶ必要はありません。自分がそう思うだけでよいのです。

私の受験勉強のときの師匠は、学校の先生ではありませんでした。受験勉強での師匠といえば、普通は学校の先生を思い浮かべるのではないでしょうか。

でも、「東大に入れなかった先生に習っても東大には入れない」と、当時の私は考えました。実際、東大に合格した人に教えてもらわなければ、東大には入れないでしょう。

私の受験の師匠は、東大に合格した先輩やまわりの人でした。彼らに「どうやったら合格できるのですか?」とたずねると、「合格者の最低ラインを超えればいいんだよ」とか、拙著のタイトルにもなった「数学は解かずに解答を暗記せよ」など、いろいろ教えてもらうことができました。

どんな勉強でも、上手な人に習わないとうまくはなりません。ゴルフでも、ヘタな人に教えてもらっても、上達はしませんよね。

健康法にも師匠はいます。もちろん、それは医者ではありません。なぜなら、医者だからといって長生きしているわけではないからです。むしろ実年齢より老けて見える医者のほうが多いと思います。そんな「師匠」から学ぶことなどあるでしょうか。

私なら、実年齢よりも見た目がすごく若い人に出会ったら、「何を食べているの?」とか「睡眠はどうしているの?」とか、質問すると思います。

どんな分野にも師匠はいます。若く見えることを教えてくれる師匠もいれば、勉強を教えてくれる師匠もいます。もしかしたら、異性にもてるコツを教えてくれる師匠が近くにいるかもしれないのです。

ではどうやって師匠を見つければよいのでしょうか。自分のまわりには師匠と呼べるような人が見当たらないという人もいます。

師匠は直接話ができる人とは限りません。今ならインターネット上から探し出せるかもしれません。世の中には自分が持っている知識や技術を人に伝えたくてしょうがない人が、SNSで発信しています。

SNSで、この人なら自分の学びに役に立つと思ったら、フォローしてみましょう。そして、「この人に師匠になってもらいたい」と思うなら、メールしてみてはいかがでしょうか。直接やりとりができる師匠になってくれるかもしれません。

もちろん、SNSの中にも怪しい人はいるので、金銭を要求してくる人に対しては警戒する必要があります。なお、最近では生成AIに聞くという手もあります。

【新常識】勉強のアウトプットはSNSで → 文章は飽きられない工夫をする

勉強の成果のアウトプットも、今ならSNSでできます。私の年代では、みんな定年して時間がいっぱいあるのか、フェイスブックなどで好き放題に自分の関心のあることを書いています。

そうした投稿は、私もときどき読んでいます。玉石混淆ですが、たまにおもしろいものもあります。

フェイスブックの投稿では、けっこう長い文章のものが多いようです。真剣に書いていることの表れでもあると思います。ただ、長い文章は若い人には人気がありません。フェイスブックやブログに書かれるような長い文章は、若い人は苦手です。だからX(旧ツイッター)とかインスタグラムが人気なのでしょう。

動画サイトも、ユーチューブは長いものが多いからといって、ティックトックのほうが若い人には人気のようです。

自分の書いたものを若い人にも読ませたいのなら、文章でも動画でも短くする工夫が必要かもしれません。

ただ、私はそこまで若い人たちに迎合する必要はないと思っています。自分の考えをしっかり知ってもらいたいと思って書いた文章が、結果的に長くなったのであれば、それは人に伝えるために必要な長さなのだと思います。

ただ、途中で読むのが嫌になってしまうような文章に出会うことが多々あります。それは、文章そのものや展開の仕方がヘタだからでしょう。

私は映画監督の仕事もしていますから、ネタ探しに長編小説を読むことがあります。でも、あまりに長い小説は苦手です。

公言していることですが、私はもともとADHD(注意欠如多動症)です。そのため、一定以上の長い文章を読むことがむずかしいのです。

そんな私でも、引き込まれて読んでしまう長編小説があります。そのレベルに達するのは、誰でもできることではないので、やはり作家の才能なのでしょう。

とはいえ、どういう書き方をすれば、最後まで読んでもらえるのか、工夫しながら書くことは必要です。

話すことでも同じです。私は講演会を開いていますが、だいたい1回の講演会では、1時間半くらい話をします。

1時間半、聴衆を飽きさせずに話すのは、やってみればわかりますが、とても大変なことです。みなさんが、「これから1時間半、何か話してください」といわれて、できるでしょうか。

私も経験を積みながら、1時間半飽きさせずに話すということを、毎回苦労してやっています。それを何年も続けていると、どんな話をすると聴衆にウケるのか、だんだんわかってくるものです。

SNSでは、どんな無名の人が書いたものでも、内容がおもしろければ、けっこう読んでもらえたりします。

その際、チェックしてほしいのが、「いいね」の数よりもコメントの内容です。これは、師匠を見つけるときの参考にもなります。

SNSのコメントを読むのも、勉強になります。ただし、私の場合は批判的なコメントが多いので、あまり読みたくないですけどね。

でも人から、「すごくバズっていますよ」(「バズる」は投稿が短時間で急速に拡散され、多くの人の注目を集める現象)といわれたことがあるので、たくさんの人が読んでくれてはいるのでしょう。

※この記事は、『死ぬまで楽しく生きる本』和田秀樹著(エクスナレッジ刊)の内容をウェブ記事用に再構成したものです。

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